台北市立建国高級中学

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台北市立建国高級中学
Taipei Municipal
Jianguo High School
ChienkuoRedHouse.JPG
概要
通称 建国高中
住所 台北市中正区龍光里1鄰南海路56号
北緯25度1分50.8秒東経121度30分44.3秒
分類 市立 高級中学
構成 高中部
設立年 1898年
校訓 勤、樸、誠、勇
外部リンク 公式サイト
職員・生徒
校長 陳偉泓
教師数 237人
生徒数 3699人 (2013年)
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台北市立建国高級中学(たいぺいしりつ けんこくこうきゅうちゅうがく、Taipei Municipal Jianguo Senior High School)は、台湾台北市にある全日制公立高級中学日本高等学校に相当)である。男子校であり、1898年に創立され、台湾最古の公立高校である[1]

第二次世界大戦の日本では、「台北一中」の略称と共に、台湾の筆頭中学校として知られていた。 ノーベル賞受賞者、チューリング賞受賞者、中華民国大統領、各県市知事が輩出し、自由な学風を持ち、最難関のエリート男子校として台湾に知られている。

台湾全国一斉高校入学試験(國民中學學生基本學力測驗)の実施以来、全科目の得点がPR値99(日本の偏差値に相当)、すなわち全国にて上位1%以内の成績の男子しか入学できないため、台湾の最難関高校とは言える[2]

体育の面も、第17回・第23回の全国中等学校蹴球大会(現在の全国高等学校ラグビーフットボール大会)優勝校として知られている。

現在は台湾大学への入学者数は台湾一であり続け、「台湾の一中」ないし「天下の建国中学」の矜持を永らく保持してきた。

沿革[編集]

月日 事跡
1898年 - 国語学校第四附属学校増設尋常中等科として開校
1916年 - 台北中学校と改称
1920年 - 台北州立台北第一中学校と改称
1945年 - 台湾省立台北建国中学と改称
1967年 - 台北市立建国高級中学と改称

組織[編集]

歴代校長[編集]

区分 氏名 期間 備考
日本統治時代 第一代 町田則文 1898年 - 1902年
第二代 田中敬一 1902年 - 1907年
第三代 本庄太一郎 1907年 - 1908年
第四代 本庄太一郎 1908年 - 1911年
第五代 廣江萬次郎 1911年5月25日[3] - 1912年5月28日 総督府中学校長事務取扱
第六代 土屋員安 1912年5月28日 - 1916年3月20日
第七代 松村傳 1916年3月20日 - 1925年
第八代 濱武元次 1925年 - 1931年
第九代 十倉精一 1931年 - 1934年
第十代 高橋隆 1934年 - 1938年
第十一代 渡邊節治 1938年 - 1942年
第十二代 森長整 1942年 - 1944年
第十三代 志波俊夫 1944年 - 1945年
中華民国統治期 第一任 張耀堂 1945年 - 1946年
第二任 陳文彬 1946年 - 1947年
第三任 孫嘉時 1947年 - 1948年
第四任 梁惠溥 1948年 - 1949年
第五任 賀翊新 1949年 - 1955年
第六任 凌孝芬 1955年 - 1957年
第七任 賀翊新 1957年 - 1967年
第八任 崔德禮 1967年 - 1972年
(代理) 王蕪先 1972年 - 1973年
第九任 黃建斌 1973年 - 1986年
第十任 李大祥 1986年 - 1989年
第十一任 劉玉春 1989年 - 1996年
第十二任 李錫津 1996年 - 1999年
第十三任 吳武雄 1999年 - 2008年
第十四任 蔡炳坤 2008年 - 2010年
(代理) 徐建國 2010年 - 2011年
第十五任 陳偉泓 2011年 -

著名な出身者[編集]

戦前(台北一中時代)
戦後

脚注[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]