即成院

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即成院

即成院(そくじょういん)は、京都府京都市東山区にある真言宗の寺院。真言宗泉涌寺派総本山・泉涌寺の山内にある塔頭(たっちゅう)である。山号は光明山。毎年10月に行われる「二十五菩薩練供養」の行事で知られ、山内には那須与一の墓がある。通称は那須の与一さん

目次

[編集] 歴史

即成院は明治時代以降は泉涌寺山内にあるが、創建当初は伏見桃山(京都市伏見区桃山)にあった。近世の地誌には正暦3年(992年)、恵心僧都源信によって建立された光明院を始まりとするとあるが、これは伝承の域を出ず、創立者は藤原頼通の子で歌人、風流人として知られる橘俊綱と考えられる。縁起によれば寛治元年(1087年)に、伏見の橘俊綱の山荘に、持仏堂として建立されたもので、伏見寺または即成就院と称した。現存する阿弥陀如来像及び二十五菩薩像(国の重要文化財)は俊綱の没年である寛治8年(1094年)頃の制作と推定される。

伏見にあった即成院は豊臣秀吉伏見城築城に伴い強制的に移転させられ、文禄3年(1594年)大亀谷(京都市伏見区深草大亀谷)に移った。

明治初年の廃仏毀釈の影響で即成院は明治5年(1872年)にいったん廃寺となり、仏像は泉涌寺に引き取られた。明治20年(1887年)に泉涌寺大門付近に仮堂が建設されてようやく復興し、明治32年(1899年)には泉涌寺塔頭の法安寺と合併、明治35年(1902年)には、大門前から総門近くの現在地に移された。明治44年(1911年)には阿弥陀如来及び二十五菩薩像が「法安寺」の所有として重要文化財(当時の国宝)に指定された。「即成院」の寺号が復活するのは昭和16年(1941年)のことである。

[編集] 文化財

重要文化財

  • 木造阿弥陀如来及び二十五菩薩像 26躯-阿弥陀如来を中心とする計26体の群像で、本堂内のひな段状の仏壇に4段に分けて安置されている。阿弥陀如来の左右には亡者を乗せるための蓮台を捧げ持つ観音菩薩像と合掌する勢至菩薩像が位置し、その他の23体の菩薩像の多くは楽器を演奏する姿で表される。阿弥陀如来と25体の菩薩が、亡者を西方極楽浄土へ導くさまを表現したもので、この種の像は絵画作品としては多数造られているが、等身大の立体像で表したものは珍しい。26体のうち、阿弥陀如来像を含む11体のみが平安時代の作で、残りの15体は江戸時代の補作であるが、平安彫刻の様式を忠実に模して造られている。

[編集] 年中行事

  • 二十五菩薩練供養(10月第3日曜)

[編集] 外部リンク

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