十三人の合議制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
十三人の合議制(じゅうさんにんのごうぎせい)
源頼朝の死(1199年)の後、2代将軍となった源頼家の専制がひどく、それを抑えるために1200年に訴訟権限が幕府の有力御家人十三人の合議制に渡された。
十三人の人選は、一説には北条時政の策だと言われている。
北条氏の他氏族排斥の過程で、崩壊した。1200年には、すでに梶原景時が追放されている。1225年、評定衆がその機能を継ぐ。
[編集] 十三人一覧
- 足立遠元
- 安達盛長(1200年死去)
- 大江広元(吏僚)
- 梶原景時(1200年追討に遭う)
- 中原親能(吏僚)
- 二階堂行政(吏僚)
- 八田知家
- 比企能員(1203年謀殺、比企能員の変)
- 北条時政(1215年死去)
- 北条義時
- 三浦義澄(1200年死去)
- 三善康信(吏僚)
- 和田義盛(1213年和田合戦にて敗死)