中村書店

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有限会社中村書店
種類 有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
東京都台東区浅草橋2-8-1
設立 1899年前後
業種 情報・通信業
事業内容 書籍等の出版
代表者 中村惣次郎
関係する人物 小熊秀雄(編集顧問)
大城のぼる
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有限会社中村書店[1][2](なかむらしょてん)は、かつて存在した日本の出版社である。昭和期の戦前・戦後の赤本漫画(貸本漫画)の版元として[3]、幼少時の手塚治虫ら巨匠を魅了した「ナカムラマンガライブラリー」、戦後の「ナカムラマンガシリーズ」で知られる。前身は中村日吉堂(なかむらひよしどう)、菅谷與吉の「日吉堂」から分離した版元である[4]

略歴[編集]

  • 1880年代明治10年代後半) - 菅谷與吉が東京に「日吉堂」を創業する[4][5]
  • 1899年(明治32年)ころ - 同社は菅谷の「日吉堂本店」、中村惣次郎の「日吉堂」に分離し、後者はやがて「中村日吉堂」となる[4][6]。これが「中村書店」の前身である[4]
  • 1924年(大正13年) - 同年2月1日、「トモエ文庫」第1巻として『天下三馬術』を発行する[7]。定価15銭[7]
  • 1933年(昭和8年) - 「ナカムラマンガライブラリー」(のちの「ナカムラ繪叢書」)刊行開始。
  • 1947年(昭和22年)ころ - 有限会社化[2]
  • 1948年(昭和23年) - 「ナカムラマンガシリーズ」刊行開始。
  • 1959年(昭和34年)ころ - 活動停止する。

概要[編集]

オオトモヨシヤス『午前0時』(1956年6月30日刊)の表紙。表紙原画が著者オオトモ本人によるものであるとは限らない。
関すすむ『逃亡五分前』(1956年6月刊)の表紙。表紙原画が著者関本人によるものであるとは限らない。

「中村書店」の源流となる「日吉堂」を菅谷與吉が東京府東京市(現在の東京都)に創業したのは、1880年代(明治10年代後半)とされる[4]国立国会図書館蔵書によれば、1884年(明治17年)3月に発行された『撰名本朝二十四功』、あるいは同年5月の『絵本太閤記』等がもっとも古い「日吉堂」による出版物であり、いずれも菅谷が編集・発行している[5][8][9]

菅谷の「日吉堂」から分離、中村惣次郎が「中村日吉堂」を名乗るのは「明治末年」とされるが[4]、国立国会図書館蔵書によれば、1899年(明治32年)6月、揚名舎桃李口演・加藤由太郎速記による、実在するとされる江戸時代の侠客・腕の喜三郎を描いた講談本『侠客腕の喜三郎』等がもっとも古い「中村日吉堂」による出版物である[6][10]。当時の「中村日吉堂」は東京府東京市浅草区馬道町1-5-14に所在していた[11]。1912年(大正元年)11月3日に発行された三原天風の『探偵奇談 白髪夜叉』の奥付には、発行者に菅谷と中村が連名で、発売元に東京市下谷区和泉橋通り徒町の「日吉堂書店」と、東京市浅草区旅籠町(現在の柳橋)の「中村書店」が連名で記されており、この時期は、すでに「中村書店」の名で共同出版・共同発売を行っていたようである[12]。同年7月に「中村書店」が発行した三原天風の『探偵奇談ジゴマ』は、前年11月に浅草公園六区金龍館で公開されて一世を風靡した同名の映画のノベライズである[13]。一方、国立国会図書館蔵書によれば、その後関東大震災を経て、1924年(大正13年)2月1日、「トモエ文庫」第1巻として発行した『天下三馬術』が最後の「中村日吉堂」名義の出版物である[7]。当時の「中村日吉堂」は東京府東京市浅草区瓦町24番地に所在していたが[14]、これは戦後の所在地である東京都台東区浅草橋2丁目8番地と同一である[15]

1933年(昭和8年)、大城のぼる謝花凡太郎、新関青花(新関健之助)、芳賀たかしらを起用し、漫画作品の刊行を始める[16]。大城の『冒険ターちゃん』、謝花の『びっくり突進隊』は同年の発表で、後者は謝花のデビュー作である[17]。これら「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」は全70冊、「ナカムラ繪叢書」は全30冊に上るとされる。このころ小熊秀雄が編集顧問として入社、「旭太郎」の筆名で原作物語を書き、これを大城が漫画化したものが「ナカムラ繪叢書」の『火星探検』(1940年)であり、これは当時読者であった手塚治虫らに影響を与え、「SF漫画・科学漫画の先駆」とされる[18]。「ナカムラ繪叢書」にはほかにも、大城の『愉快な鉄工所』(1941年)、筑波三郎の『戦ふ勇太』(1942年)、新関の『空の中隊』(1943年)等があった[19]。同社の漫画本は、書店での販売ではなく、駄菓子屋、夜店、縁日の露店等のルートをもって販売したのが、強みであったとされる[3]

1944年(昭和19年)2月ころまでは、芳賀まさをの『りんごの便り』等の出版を行っている形跡があるが[20]第二次世界大戦の戦局が深まるにつれて、活動を停止している。戦後、1947年(昭和22年)8月25日に発行された石田英助、ワタナベカゾウ(渡辺加三)、新関青花の『弓の矢太郎』には、「有限会社中村書店」と記されており、これは5年前の『戦ふ勇太』には記されていなかったもので[21]、このころ有限会社化したとみられる[2]。同じころ、「ナカムラマンガシリーズ」を開始、1959年(昭和34年)ころまでに400冊を超える漫画作品を発行した[22]

謝花凡太郎(1933年)、新関健之助(1934年)、オオトモヨシヤス(1951年、のちの大友康匠)、わたなべまさこ(1952年)、井上智(1957年)らが同社でデビューしている。

1980年代、大城のぼるの『火星探検』と『愉快な鉄工場』が、晶文社、名著刊行会によってそれぞれ復刻され、2005年(平成17年)には、小学館クリエイティブがこれらを再び復刻した。

データ[編集]

おもな復刻[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b プランゲ文庫児童書マイクロフィルム所蔵タイトルリスト(漫画)国立国会図書館国際子ども図書館、2012年10月30日閲覧。
  2. ^ a b c d 弓の矢太郎、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  3. ^ a b 初期児童漫画の成立鷲谷花筑波大学、2012年10月30日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 明治22年に出版された『女子参政蜃中楼』の版元レファレンス協同データベース、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  5. ^ a b 日吉堂、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  6. ^ a b 中村日吉堂、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  7. ^ a b c 天下三馬術、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  8. ^ 撰名本朝二十四功、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  9. ^ 絵本太閤記、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  10. ^ 侠客腕の喜三郎、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  11. ^ a b c 揚名舎、奥付。
  12. ^ a b c 三原、奥付。
  13. ^ 探偵奇談ジゴマ、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  14. ^ a b c 花村、奥付。
  15. ^ a b c 日本の出版社[1958]、p.67.
  16. ^ 清水、p.75.
  17. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus『謝花凡太郎』 - コトバンク、2012年10月30日閲覧。
  18. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus『大城のぼる』 - コトバンク、2012年10月30日閲覧。
  19. ^ ナカムラ繪叢書、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  20. ^ りんごの便り、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。
  21. ^ a b c 筑波、奥付。
  22. ^ ナカムラマンガシリーズ、国立国会図書館、2012年10月30日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]