ライス・エクルズ・スタジアム

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ライス・エクルズ・スタジアム
University of Utah Vs. Utah State - Via MUSS.jpg
施設情報
所在地 451 South 1400 East, Ste. 600
Salt Lake City, Utah 84112
開場 1998年9月12日
所有者 ユタ大学
運用者 ユタ大学
グラウンド フィールドターフ
建設費 $5000万米ドル
設計者 FFKR Architects
総合建設者 Layton Construction
使用チーム、大会
ユタ大学(カレッジフットボール)、レアル・ソルトレイク(サッカー)
収容能力
45,017人[1]

ライス・エクルズ・スタジアムRice-Eccles Stadium)は、アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイク市にある球技場。ユタ大学が所有している。1927年に133,000ドルの建設費を掛けて建設され、2002年冬季オリンピックの開・閉会式場にもなった[2]パラ五輪では開会式会場だった[3]。その時は「ライス・エクルズ・オリンピックスタジアム」の名称であった。

杮落としは1927年10月22日。ユタ大学がコロラド鉱山大学に勝利した。当時はUteスタジアムと呼ばれており、収容人数は2万人だった。その後改修で3万人に増員した。1972年には当時アメリカ最大級のヘルスクラブチェーンを経営していたロバート・L・ライス英語版からユタ大に寄付された100万ドルをもとに改修工事が行われた。南スタンドを増設し、ロッカールームと記者席の設置で、収容人数は32,500人になった。これにより名称がライス・スタジアムと改められた。

1995年にソルトレイク五輪開催が決定し、当スタジアムが開閉会式の会場に決まったが、施設は老朽化していたため全面改修が行われた。1997年11月から工事に着手、旧スタンドを取り壊し、新スタンドを新設、1998年9月12日に開場した。収容人員は4万5千人となった。

5,000万ドルの工事費用は大会組織委員会と個人の寄付、債券、そのうち1,000万ドルは地元の資産家スペンサー・エクルズ英語版ジョージS.&ドロレスドレエクルズ財団英語版からの寄付によって賄われた。エクルズの貢献により名称はライス・エクルズ・スタジアムに改称された。

脚注[編集]

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  1. ^ Rice-Eccles Stadium”. ユタ大学 (2009年). 2009年6月22日閲覧。
  2. ^ 2002 Winter Olympics official report. Volume 1. p. 101.
  3. ^ Salt Lake Organizing Committee (2001). Official Spectator Guide. p. 187. 

外部リンク[編集]

先代:
オリンピックスタジアム
長野
冬季オリンピック
主競技場

2002
次代:
スタディオ・オリンピコ
トリノ
先代:
エムウェーブ
長野
冬季パラリンピック
主競技場

2002
次代:
スタディオ・オリンピコ
トリノ
前本拠地:

-
レアル・ソルトレイクの本拠地
2005 - 2008
次本拠地:
リオ・ティント・スタジアム
2008 - 現在