ヨハン・ボーデ

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ヨハン・エレルト・ボーデ

ヨハン・エレルト・ボーデ(Johann Elert Bode, 1747年1月19日 - 1826年11月23日)は、ドイツ天文学者である。ティティウス・ボーデの法則を紹介し広めたこと、天王星の軌道を決定し名前を提案したことで知られる。また、ボーデの銀河 (M81) を発見した。

略歴[編集]

1747年1月19日ハンブルクで生まれた。

1772年シャルル・ボネ『自然の思想』第2版のヨハン・ティティウスによる訳注でティティウス・ボーデの法則を知り、自分の『星空の知識入門』第2版に脚注として書き加えた(細部については異説あり)。ボーデが発見者はティティウスだと言わなかったこと、論文や学会でも発表し広めたこと、のちに彼が有名になったことにより、この法則はボーデの法則として知られるようになったが、現在ではティティウス・ボーデの法則と言うことも多い。

1774年星雲(のちに銀河に分類)M81M82を発見。

1786年1825年ベルリン天文台長を務める。

星図『ウラノグラフィア』の1ページ。中央はアンドロメダ座

1801年星図『ウラノグラフィア』(Uranographia) を出版した。この星図は、恒星などの天体の位置の科学的正確さと、星座の絵の芸術的解釈の、双方を目指した星図だった。この星図は、星座の芸術的表現のピークとなった。それ以降、星図は絵に力を注がなくなり、ついには絵をなくすことになる。

ほかに、アマチュア向けの小さな星図 Vorstellung der Gestirne や、星座とその神話の入門書(10版を重ねた)も出版した。

1826年11月23日ベルリンで76歳で死去。

ボーデにちなんだ命名[編集]

  • 彼が発見した銀河M81をボーデの銀河という。
  • 小惑星 (998) ボーデアは彼にちなんで命名された。