ヨアンドリス・サリナス

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ヨアンドリス・サリナス
基本情報
本名 ヨアンドリス・サリナス・ルイス
通称 El Nino(ニーニョ)
階級 スーパーバンタム級
国籍 キューバの旗 キューバ
誕生日 1985年9月20日(29歳)
出身地 シエゴ・デ・アビラ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 23
勝ち 20
KO勝ち 13
敗け 1
引き分け 2
無効試合 0
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獲得メダル
キューバの旗 キューバ
男子 ボクシング
パンアメリカン大会
2007 リオ・デ・ジャネイロ フライ級
中央アメリカ・カリブ海大会
2006 カルタヘナ フライ級

ヨアンドリス・サリナスYoandris Salinas、男性、1985年9月20日 - )は、キューバプロボクサーシエゴ・デ・アビラ出身。アマチュア時代は、国際大会では実績は残せなかったが、キューバ国内ではフライ級トップクラスの実力を持っていてた。

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

2005年のキューバ全国大会で後のオリンピック金メダリストのロニエル・イグレシアスに準々決勝で敗れるが、2006年2007年大会で優勝を飾っている。2008年は1回戦で敗退、2009年は決勝で敗退している。

2006年に行われた中央アメリカ・カリブ海競技大会にフライ級(51kg)で出場、順当に勝ち進み決勝でファン・カルロス・パヤノに敗れるも銀メダルを獲得している[1]

2007年に行われたパンアメリカン競技大会にフライ級(51kg)で出場するが、準決勝でマックウィリアムズ・アローヨに敗れ銅メダルを獲得した。

2008年にはバンタム級に転向したが、全国大会の初戦でオシーレス・エルナンデスに敗れた。

プロ時代[編集]

2009年サリナスはエージェントの手引きでアメリカフロリダ州マイアミに亡命。その後アリーナ・ボックス・プロモーションと契約した。

2009年12月4日、マイアミでデビューし4回判定勝ちで白星でデビューを飾った。

2010年12月7日、ダニー・アクイーノと対戦し4回2-1の判定勝ち。

2011年7月16日、ジョン・アルベルト・モリーナとWBCラテンアメリカスーパーバンタム級王座決定戦を行い3回KO勝ちで王座獲得に成功した。

2011年7月30日、前回の試合からわずか2週間後WBAフェデボルスーパーバンタム級王座決定戦をカルロス・リバスと行い9回3-0(3者とも90-81)の判定勝ちで王座獲得に成功した。

2011年10月22日、パナマシティのアリナ・ロベルト・デュランで元WBA世界バンタム級暫定王者ネオマール・セルメニョNABA全米スーパーバンタム級王座決定戦を行い8回1-1(75-77、76-76、77-75)の三者三様の引き分けに終わり王座獲得に失敗した。

2012年5月19日、ペルーカヤオのコリシオ・ミゲル・グラウでイメール・ベラスケスと対戦し6回TKO勝ちでWBAフェデボル王座初防衛に成功した。

2013年7月5日、WBA世界スーパーバンタム級暫定王者スコット・クィッグとの間で行われるWBA世界スーパーバンタム級王座決定戦の興行権の入札を同月15日午前11時にWBA本部で行うと通知を受けた[2]。しかしクィッグとサリナスで空位となっている正規王座の王座決定戦を行うことがクィッグ陣営のマッチルーム・スポルトとサリナス陣営のゴールデンボーイプロモーションズが交渉で合意した為、同月13日にWBAは同月15日の午前11時に予定していた入札の中止を決定した[3]

2013年10月5日、マンチェスターマンチェスター・アリーナで正規王座に昇格したスコット・クィッグと指名試合を行い12回0-1(2者が114-114、113-115)の引き分けに終わったため王座獲得に失敗した[4]

2014年5月31日、ラスベガスのトロピカーナ・ホテル・アンド・カジノで、WBA世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦をオスカル・エスカンドンと行う予定だったが、4月19日にクィッグとセルメニョとの間で行われる予定だった王座統一戦がセルメニョにイギリスへの入国ビザが発給されなかったことで試合中止となった為、エスカンドンとの暫定王座決定戦も急遽中止になった。

2014年7月12日、MGMグランド・アリーナで15勝7敗のエンリケ・ケベードと対戦するが、4回に1度、5回に2度ダウンを奪われて、番狂わせとなる5回TKOで敗れ、プロ入りしてからの初黒星となった。

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]