ミロシュ・バヤリツァ

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バヤリツァ Football pictogram.svg
名前
愛称 バキ
ラテン文字 Miloš BAJALICA
キリル文字 Милош Бајалица
基本情報
国籍 セルビアの旗 セルビア
生年月日 1981年12月15日(30歳)
出身地 ベオグラード
身長 185cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 京都サンガF.C.
ポジション DF
背番号 20
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2000-2002
2002-2007
2003
2007
2008-2009
2010
2010-2011
2012-
セルビアの旗 FKクネジェヴァツ
セルビアの旗 OFKベオグラード
セルビアの旗 →FK Njegoš(期限付き)
セルビアの旗 レッドスター・ベオグラード
日本の旗 名古屋グランパス
中華人民共和国の旗 河南建業
中華人民共和国の旗 陝西宝栄
日本の旗 京都サンガF.C.
49 (3)
72 (5)
30 (4)
13 (0)
39 (0)
10 (1)
41 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年1月11日現在。
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ミロシュ・バヤリツァ(あるいはミロシュ・バヤリッツァセルビア語:Милош Бајалица、ラテン文字表記:Miloš BAJALICA1981年12月15日 - )は、セルビア出身のサッカー選手ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(後のセルビア共和国)ベオグラード出身。

目次

[編集] 来歴

2002年にOFKベオグラードでデビュー[1]。2006-07シーズン途中まで在籍し、後年にはキャプテンも務めていた[2]。2007年に当時のレッドスター会長ストイコビッチの誘いを受けて[2]レッドスター・ベオグラードへ移籍し、翌2008年にストイコビッチが名古屋グランパスの監督に就任する際には守りの要として名古屋へと引き抜かれた[1]

来日当初は生活パターンの変化[3]や、夏場の猛暑[4]の影響により持ち味を発揮できない試合があったが、徐々に調子を取り戻し2008年シーズン終盤には守備の要として活躍していた。

2009年は3月7日のリーグ開幕戦大分戦での怪我により4月8日のACLニューカッスル戦までを欠場[5]。4月28日には母親の看病を理由として帰国している[6]。7月11日に再来日し、13日の練習からチームへ再合流[7]、同月18日のリーグ戦京都戦からベンチ入りしている。なお、帰国中には古巣のOFKベオグラードで練習していたことや、再合流の目処も立っていなかったことから移籍も噂された[6]が、バヤリツァ本人は“デタラメ”と否定している[7]。2009年シーズンをもって退団。中国超級河南建業足球倶楽部への移籍が発表された[8]

2012年より、京都サンガF.C.へ移籍。

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
セルビア・モンテネグロ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2000-01 FK Knezevac Srpska Liga
2001-02 Srpska Liga 29 3
2002-03 OFK Prva Liga 19 1
2003-04 FK Njegos Srpska Liga 12 0
OFK Prva Liga 13 2
2004-05 Prva Liga 19 2
2005-06 Prva Liga 22 0
セルビア リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2006-07 OFK 20 スーペル 13 1
レッドスター 19 9 0
2007-08 10 0
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2008 名古屋 3 J1 26 0 7 0 2 0 35 0
2009 13 0 1 0 3 0 17 0
中国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2010 河南建業 35 超級 10 1 0 0 0 0 10 1
陝西宝栄 2 18 0 0 0 0 0 18 0
2011 23 2 0 0 3 0 26 2
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2012 京都 20 J2 -
通算 セルビア・モンテネグロ
セルビア
日本 J1 39 0 8 0 5 0 52 0
日本 J2 -
中国 超級 51 3 0 0 3 0 54 3
総通算
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
UEFA CUP UEFA Cup
2006-07 OFK 20 2 1
2007-08 レッドスター 19 4 0
通算 UEFA Cup 4 0
AFC ACL
2009 名古屋 3 3 0
2010 河南建業 35 6 0
通算 AFC 9 0

[編集] 脚注

  1. ^ a b 中日スポーツ (2008年1月22日). “ピクシー「優勝」するために帰ってきた きょう監督就任”. 2009年7月13日閲覧。
  2. ^ a b 日刊スポーツ (2008年1月24日). “秘蔵っ子DFバヤリツァがフル回転宣言”. 2009年7月13日閲覧。
  3. ^ 中日スポーツ (2008年5月14日). “バヤリッツァ、昼間ハ苦手デス 生活習慣を改善中”. 2009年7月13日閲覧。
  4. ^ 中日スポーツ (2008年7月16日). “バヤリッツァ、名古屋の暑さOK 30分遅らせ練習”. 2009年7月13日閲覧。
  5. ^ 日刊スポーツ (2009年3月27日). “名古屋DFバヤリッツァがチームに合流”. 2009年7月13日閲覧。
  6. ^ a b スポニチアネックス (2009年6月9日). “ケネディ獲りに含み…名古屋「調査はしている」”. 2009年7月13日閲覧。
  7. ^ a b 中日スポーツ (2009年7月14日). “バヤリッツァ2カ月ぶり合流 コンディションOK”. 2009年7月20日閲覧。
  8. ^ 名古屋グランパス official web site (2010年2月22日). “バヤリッツァ選手、河南建業(中国)ヘ完全移籍のお知らせ”. 2010年2月22日閲覧。

[編集] 関連項目

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