ミカエル・ジャン
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ミカエル・ジャン
Michaëlle Jean |
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| 任期 2005年9月27日 – 2010年10月1日 |
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| 君主 | エリザベス2世 |
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| 首相 | スティーヴン・ハーパー ポール・マーティン |
| 前任者 | エイドリアン・クラークソン |
| 後任者 | デイヴィッド・ジョンストン |
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| 出生 | 1957年9月6日(55歳) |
| 配偶者 | ジャン=ダニエル・ラフォン |
| 専業 | ジャーナリスト |
| 信仰 | カトリック |
ミカエル・ジャン(Michaëlle Jean, 1957年9月6日 - )は、第27代カナダ総督(任期2005年9月27日 - 2010年10月1日)。ハイチ・ポルトープランス生まれのハイチ系カナダ人。
2005年8月4日に就任が決定し、カナダの女性総督としては3人目である。黒人としては初めてのカナダ総督となる。初の中国系総督エイドリアン・クラークソンの後を引き継ぎ、ポール・マーティン首相に指名され、エリザベス2世に承認された。総督はカナダ女王の代理を務める事実上カナダの元首であり、カナダ軍の名目上の最高司令官 (Commander-in-Chief) を兼ねる。
近年CBC(カナダ放送協会)のTVキャスターでカナダの放送界で活躍し、著名文化人となっていた。
生い立ち [編集]
1968年フランソワ・デュヴァリエ独裁政権下のハイチから難民として逃れた。彼女が最近和解した父はデュヴァリエ政権の下で拷問を受け、30年間家族と隔離された哲学者だった。彼女の家族はセットフォード・マインズ (Thetford Mines) に移住した。
英語とフランス語の他に彼女はイタリア語、スペイン語、ハイチ・クレオールが流暢で、ポルトガル語を読むことができる。
幼少時代はカナダで少数の黒人であったために差別を受けたという。
モントリオール大学でイタリア語、スペイン語、文学の学位を得、その後1984年から1986年まで修士学位を得ようとイタリアの比較文学の研究をした。その後もフィレンツェ大学、ペルージャ大学、ミラノカトリック大学などで文学と言語の研究のために学んだ。
その傍ら、1979年から1987年にかけて彼女は暴力を受けた女性のシェルター (Women's shelter) で働いた。後にはカナダの女性とこどものシェルターのネットワークの設立を支援した。また、カナダへの移民を支援する組織でも働き、後にケベック州文化社会委員会でカナダの雇用と移民のために働いた。そして移民女性としての経験を書き始めた。
彼女は、フランス生まれのカナダの映画製作者ジャン=ダニエル・ラフォン (Jean-Daniel Lafond) との結婚によりカナダとフランスの二重国籍を保持していたが、カナダの総督への就任に際し「カナダ総督および最高司令官としての職責に照らして」フランスの市民権を自発的に放棄した。彼女にはハイチから養子として迎えた一人娘マリ=エダンがいる。
また、2007年8月にはカナダ軍最高司令官として、アフガニスタンで作戦中の部隊を訪問した。
2009年7月に来日、今上天皇と会談した。2010年のバンクーバーオリンピックではカナダ総督として国際オリンピック委員会公用語の一つでもあるフランス語で開会宣言した。
個人紋章 [編集]
ハイチ生まれであることを表現した彼女の個人紋章には、2体の人魚と貝があしらわれ、鎖は黒人奴隷の歴史を表している。
関連項目 [編集]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: エイドリアン・クラークソン |
第27代:2005 - 2010 |
次代: デイヴィッド・ジョンストン |