マリ自治ソビエト社会主義共和国

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マリ自治ソビエト社会主義共和国
Марийская Автономная Советская Социалистическая Республика Марий Автоном Совет Социализм Республик
マリ自治州 1936年 - 1990年 マリ・エル共和国
マリASSRの国旗 マリASSRの国章
(国旗) (国章)
マリASSRの位置
マリ自治ソビエト社会主義共和国の位置
公用語 ロシア語マリ語
首都 ヨシュカル・オラ
最高議会第一書記
1936年 - 1991年 不明
面積
23,200km²
人口
739,000人
変遷
マリAOから格上げ 1936年12月5日
廃止後、マリ・エル共和国 1991年

マリ自治ソビエト社会主義共和国(マリASSR、マリ語:Марий Автоном Совет Социализм Республик、ロシア語:Марийская Автономная Советская Социалистическая Республика)はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国自治共和国沿ヴォルガ連邦管区に位置しておりヨーロッパ・ロシアの東部に位置している。首都はヨシュカル・オラ

1936年のスターリン主義憲法の採択以降、1936年12月5日にマリ自治州の格上げによって設立された。領土面積は23,200km2であり、人口は739,000人であった。都市人口と農村人口はそれぞれ458,000人対281,000人であった[1]。1965年にはレーニン勲章を、1970年には十月革命賞を、1972年には民族友好勲章を受賞している[2]

1991年の以降のソビエト連邦の崩壊に伴ってマリASSRはマリ・エル共和国になり主権を宣言したが、以降もロシア連邦にとどまっている。現在はマリ・エル共和国として知られているが、マリASSR時代含めマリ共和国とされることもある。この場合はアフリカのマリ共和国との区別が必要である。

民族構成[編集]

国勢調査によればマリASSRの人口構成は以下のようであった[2]

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  1. ^ СССР, Административно-териториаляное деление союзных республик, стр. 45: Данните са към 1 януари 1987 г.
  2. ^ a b СССР Энциклопедический справочник, ред. А. М. Прохоров, стр. 532

関連項目[編集]