ポール・バーテル
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| ポール・バーテル Paul Bartel |
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| 生年月日 | 1938年8月6日 |
|---|---|
| 没年月日 | 2000年5月13日(満61歳没) |
| 出生地 | ニューヨーク |
| 国籍 | |
ポール・バーテル(Paul Bartel、1938年8月6日 - 2000年5月13日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルックリン生まれの映画監督、俳優。
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来歴 [編集]
幼い頃から映画に興味を持ち、UCLAで演劇を学び、奨学金を得てローマへ渡り、監督術を学んだ。後にロジャー・コーマンの弟であるジーンに雇われて、1972年に『プライベート・パーツ』を監督。その後、ロジャー・コーマンがプロデュースした映画を監督し、異色ぶりを発揮する。その時に監督したデビッド・キャラダイン、シルベスタ・スタローン出演の『デス・レース2000年』は、本国では今もなおカルト的な人気を誇っている。『キャノンボール』や『フライパン殺人』など、ブラックな笑いをテーマにしたカルト作品を世に送り出す傍ら、俳優としてもちょくちょく顔を出すようになる。その時に出演した映画の監督で、後に大物になった者も少なくない。また、撮る映画はマニアックな感じだが、出る映画は一級作品が多い。
彼を敬愛する監督として度々挙げられる中には、ジョン・カーペンターやティム・バートン、ジョン・ランディスにジョー・ダンテらがいる。また映画以外でも、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮を務めた『世にも不思議なアメージング・ストーリー』や、医療ドラマ『シカゴ・ホープ』、日本でも大人気の『アリーmyラブ』などのテレビドラマにも顔を出している。
2000年、肝臓癌のため死去。
監督作品 [編集]
- 『プライベートパーツ』 Private Parts (1972年)
- 『デス・レース2000年』 Death Race 2000 (1975年)
- 『爆走!キャノンボール』 Cannonbal (1976年)
- 『フライパン殺人』 Eating Raoul (1982年)
- 『スキャンダル・スパイ』Not For Publication (1984年)
- 『ラスト・イン・ザ・ダスト』 Lust in the Dust (1984年)
- 『ギャンブル・ブラザース/穴馬勝負』The Longshot(1985年)
- 『世にも不思議なアメージング・ストーリー』 Amazing Stories (1986年、1987年)
- Shelf Life (1993年)
出演作品 [編集]
- 『デス・レース2000年』 Death Race 2000 (1976年)
- 『ピラニア』 Piranha (1978年)
- 『ホワイト・ドッグ』 White Dog (1982年)
- 『フランケンウィニー』 Frankenweenie (1984年)
- 『ヒッチコック劇場』 Alfred Hitchcock Presents (1986年、ティム・バートン監督の一編)
- 『世にも不思議なアメージング・ストーリー』 Amazing Stories (1986年、1987年)
- 『グレムリン2 新・種・誕・生』 Gremlins 2: The New Batch (1990年)
- 『リビング・エンド』 The Living End (1992年)
- 『ユージュアル・サスペクツ』 The Usual Suspects (1995年)
- 『バスキア』 Basquiat (1996年)
- 『エスケープ・フロム・L.A.』 Escape from L.A. (1996年)
- 『シカゴ・ホープ』 <TV> (1998年)
- 『アリーmyラブ』 <TV> (1999年)
- 『ハムレット』 Hamlet (2000年)
外部リンク [編集]
- ポール・バーテル - インターネット・ムービー・データベース(英語)