ピラール・デ・ボルボン・イ・ボルボン=ドス・シシリアス

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マリア・デル・ピラール・デ・ボルボン・イ・ボルボン=ドス・シシリアスMaría del Pilar de Borbón y Borbón-Dos Sicilias1936年7月30日 カンヌ - )は、スペインの王族、スペイン王女(Infanta de España)。儀礼称号はバダホス女公爵(Duquesa de Badajoz)。スペイン王フアン・カルロス1世の姉。全名はマリーア・デル・ピラール・アルフォンサ・フアナ・ビクトリア・ルイサ・イニャシア・デ・トドス・ロス・サントス(María del Pilar Alfonsa Juana Victoria Luisa Ignacia de Todos los Santos de Borbón y Borbón-Dos Sicilias)。

スペイン王アルフォンソ13世の三男でスペイン王家家長のバルセロナ伯フアンと、スペイン王族・カラブリア系両シチリア王家家長カルロ・タンクレーディの娘マリア・デ・ラス・メルセデスの間の第1子、長女として生まれた。

1967年5月6日にポルトガルリスボンで、スペイン貴族のデ・ラ・トーレ子爵ルイス・ゴメス=アセーボ・イ・ドゥーケ・デ・エストラーダ(1934年 - 1991年)と結婚した。ルイスの父親は第3代コルティナ侯爵の息子で、母親は第9代デレイトサ侯爵夫人である。また、ルイスは最後のブルガリア王シメオン2世の妻マルガリータ・ゴメス=アセーボ・イ・セフエラの従兄である。

ピラールは妹のマルガリータと同じく、結婚に際して王位継承権を放棄したが、継承権放棄の手続きは現行のスペイン憲法の公布以前に行われたものであり、また国会の認可を受けたものでもない。ピラールは1994年から2005年まで国際馬術連盟会長を務めた。また1996年から2006年までは国際オリンピック委員会のスペイン代表委員だった。ピラールは母語のスペイン語のほか、英語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語に堪能である。

子女[編集]

夫のデ・ラ・トーレ子爵との間には5人の子女がある。子供たちはいずれも「グランデ」の称号を与えられている。

  • マリーア・デ・ラ・ファウスティーナ・シモネータ・ルイサ・ゴメス=アセーボ・イ・ボルボン(1968年10月28日 - ) 1990年、ホセ・ミゲル・フェルナンデス・サストロンと結婚
  • フアン・フィリベルト・ニコラス・ゴメス=アセーボ・イ・ボルボン(1969年12月6日 - ) デ・ラ・トーレ子爵
  • ブルーノ・アレハンドロ・ゴメス=アセーボ・イ・ボルボン(1971年6月15日 - ) 2002年にバルバラ・カーノ・デ・ラ・プラサと結婚
  • ルイス・ベルトラン・アルフォンソ・ゴメス=アセーボ・イ・ボルボン(1973年5月20日 - ) 2004年、ラウラ・ポンテと結婚
  • フェルナンド・ウンベルト・ゴメス=アセーボ・イ・ボルボン(1974年9月30日 - ) 2004年、モニカ・マルティン・ルーケと結婚