バッジー

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バッジー
基本情報
出身地 ウェールズ カーディフ
ジャンル ハードロック
ヘヴィメタル
活動期間 1968年 -
レーベル MCAレコード
RCAレコード
公式サイト Budgie.uk.com
メンバー
バーク・シェリー
スティーヴ・ウィリアムズ
クレイグ・ゴールディ
旧メンバー
ピート・ブート
トニー・ボージ
ロブ・ケンドリック
レイ・フィリップス
ジム・シンプソン
ジョン・"J.T."・トーマス
サイモン・リーズ
  

バッジーBudgie)は、ウェールズサウス・グラモーガンカーディフ出身のハードロックバンドである。

目次

[編集] バンドの歴史

1968年に結成され、結成時のメンバーは、バーク・シェリー(ベース、ヴォーカル。John Burke Shelley: 1947年4月10日、カーディフのタイガー・ベイ生)、トニー・ボージ(ギター、ヴォーカル。Anthony James Bourge: 1948年11月23日、カーディフのタイガー・ベイ生)、レイ・フィリップス(ドラムス。Raymond John Phillips: 1945年3月1日、カーディフのタイガー・ベイ生)の3人だった。現在のメンバーは、クレイグ・ゴールディ(ギター)、バーク・シェリー(ベース、ヴォーカル)、スティーヴ・ウィリアムズ(ドラムス)の3人である。

ファースト・アルバム「バッジー」は、ブラック・サバスのプロデューサーであるロジャー・ベインのプロデュースにより、ロックフィールド・スタジオで録音され、1971年にリリースされた。1972年に発表されたセカンド・アルバム「スクォーク」の後、1973年、ロック史上重要なサード・アルバム「ネバー・ターン・ユア・バック・オン・ア・フレンド」が発表された。このアルバムには、バッジーにとっておそらく最も有名な曲である「ブレッドファン」が収められている。4枚目のアルバム「イン・フォー・ザ・キル」が録音される前に、レイ・フィリップスが脱退し、ピート・ブート(Peter Charles Boot: 1950年9月30日、スタフォードシャーウェスト・ブロミッジ生)が加入した。

1975年、5枚目のアルバム「バンドリア」では、ドラマーがスティーヴ・ウィリアムズに交替し、1978年12月には、ボージがバンドを去り、ジョン・トーマスが加入した。1978年の7枚目のアルバム「インペッカブル」からの曲は、カルト的な名作映画「ジェイ・メン・フォーエバー」(USAネットワークの1980年代のテレビシリーズである「ナイト・フライト」でしばしば放映された。)に使用された。1982年まで、ブリティッシュ・ヘヴィー・メタル・ニュー・ウェーヴ(New Wave of British Heavy Metal: NWOBHM)で脚光を浴び、リーディング・フェスティヴァルにも参加した。1982年、鉄のカーテンを越えた初のヘヴィーメタルのバンドとして、ポーランドで有名になった。また、1984年のオジー・オズボーンのツアーサポートとしても人気を得た。

1988年、バンドは演奏活動を休止し、バンドのメンバーは、他のミュージシャンのレコーディングにゲスト出演するなどスタジオでの活動に入った。ジョン・トーマスは、ブラック・サバス・スタジオから飛び出し、グレン・ヒューズとともにCD「フェノメナ」に参加するなどしたが、野外のロック・フェスティヴァル「ウェールズ・レジェンズ・オブ・ロック」に参加した後、2001年にバンドを脱退した。

1995年、1996年、2000年には、テキサスの人気者であり、1970年代のKMAC/KISSラジオで「ゴッドファーザー」「ミスター・ピザ」と呼ばれた伝説的なDJ兼レストラン経営者ジョー・アンソニーのおかげで、テキサス州サンアントニオの野外のロック・フェスティヴァル「La Semana Alegre」で再結成を果たした。2002年から2006年には、主にイギリス、ニュージャージー州ニューヨーク近辺、ダラスでツアーを行い、また、ヨーロッパにおいてもスウェーデン・ロック・フェスティバルでの出演、共産主義後のポーランドでの凱旋公演などを行っている。

現在、2006年12月まで35日間のイギリスツアーを行っており、2006年11月7日、イギリスでニュー・アルバム「オール・リヴィング・イン・クックーランド」がリリースされた。

2007年7月4日、サイモン・リーズの脱退が発表された。これを受けてディオのギタリストであるクレイグ・ゴールディが、ロニー・ジェイムス・ディオヘヴン・アンド・ヘルのツアーに参加している間のみという条件で、参加を申し出た。

[編集] 影響力

決して爆発的なセールスを得たわけではないが、1970年代のハードロックには珍しいブルース色の薄さ(例外的にマディ・ウォーターズの『Baby Please Don't Go』をカバーしたことはある)、独特の重さとおどろおどろしさをたたえたサウンド、革新的なリフを持った楽曲群が、NWOBHMのムーブメントを経たヘヴィメタルのバンドたちに多大な影響を与えた。

バッジーのファンとして最もよく知られているのはメタリカである。『ブレッドファン』『クラッシュ・コース・イン・ブレイン・サージェリー(脳手術の失敗)』をカバーしたほか、メタリカのウェールズ公演にバッジーのメンバーが訪れて交流を持ったこともある。

ほかにもアイアン・メイデンヴァン・ヘイレンサウンドガーデンがバッジーの曲をカバーしている。

日本でのバッジー・ファンとして有名なのは人間椅子である。『ブレッドファン』を『針の山』と改題し、独自の日本語詞をつけてカバーしている。

[編集] ディスコグラフィー

  • Budgie (1971)
  • Squawk (1972)
  • Never Turn Your Back On a Friend (1973)
  • In for the Kill (1974)
  • Bandolier (1975)
  • If I Were Britannia I'd Waive the Rules (1976)
  • Impeckable (1978)
  • Power Supply (1980)
  • Nightflight (1981)
  • Deliver Us From Evil (1982)
  • You're All Living In Cuckooland (2006)

[編集] 外部リンク