ノート:普天間基地移設問題/過去ログ1

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中立的な観点、現在進行のタグについて

中立的な観点、現在進行のタグはノートでの議論と合意なしに剥がさないでください。--Zakinco 2010年5月3日 (月) 05:02 (UTC)

記事トップ部分の書き込みに関して

222.146.90.221さん他から同趣旨の書き込みが繰り返されていますが、その内容は事実に即していませんのでここで解説しておきます。

>日本政府は、沖縄県民の負担軽減を移設の目的としているが、アメリカ政府は作戦効率の向上を移設目的としているため、議論がまとまっていない。

議論の始まり(SACO合意の際の議論)は日米両政府とも「沖縄県民の負担軽減」でした。もともと米国側は県内移設条件なしの撤退をも検討していたのですから、書き込みの文言は不正確といわざるをえません。

>普天間基地周辺においても基地の移設によって市街地は安全となるが、大規模な失業者を生み出すという厳しい二者択一を迫られている。

現時点で、普天間飛行場における日本人従業員数は200人です。宜野湾市の基地の内外で(面積あたりで)雇用数を比較すると、内側では0.41人/ha、外側では26.7人/ha。「大規模な失業者を生み出す」なる文言が無意味であることは明らか。

>米軍が沖縄に基地を集中配備している背景には、沖縄が周辺国からの軍事的な脅威に常にさらされているという事実もある。

在沖米軍は沖縄の「周辺国からの軍事的な脅威」への対処のために配備されているわけではありません。イラクにもアフガニスタンにも、2005年末のスマトラ沖地震被害にも派遣されています。また、その論理でいうのであれば、大規模な米軍基地がある佐世保・岩国・横須賀・厚木・横田・三沢の各地は「周辺国からの軍事的な脅威」があるのか、ということになります。もともと、沖縄戦から復帰にいたるまでの米軍による統治時代に、日本本土ほどの制限もなく用地接収ができたから集中したのであって、書き込みの文言は原因と結果を取り違えた議論というほかありません。

以上、主として琉球新報社サイト特設ページ、リンクからまとめました。[1] --218.222.48.25 2010年5月6日 (木) 11:51 (UTC)

218.222.48.25さん、書き込みありがとうございます。内容に関しては218.222.48.25さんとまったく同意見なのですが、琉球新報社へのリンクは真っ白のページが表示されるようです。正しいリンクをご存知でしたら教えてください。--Zakinco 2010年5月6日 (木) 12:15 (UTC)
これのようです([2])。--花蝶風月雪月花警部 2010年5月6日 (木) 12:25 (UTC)
あらら・・・すみません、花蝶風月雪月花警部さんお手数をおかけしました。関連としてもうひとつリンクしておきます。[3]--218.222.48.25 2010年5月6日 (木) 12:30 (UTC)
すみませんまたまた修正です。スマトラ島沖地震 (2004年)ですから2004年末ですね。修正方、重ね重ねお詫び申し上げます。--218.222.48.25 2010年5月6日 (木) 12:50 (UTC)

Zakincoさんお世話になります。保護依頼とは残念なことですが、やむをえないかもしれないですね。で、その部分の加筆を繰り返す方のIPを調べたところ、すべてfunabasi.chiba.ocn.ne.jpのxDSLなんですよ。IPで書いている私がいうのもなんですが、保護以外にブロックということもありうるのではないかと思います。--218.222.54.64 2010年5月7日 (金) 21:25 (UTC)

船橋IP関連

>↑200人くらいの失業者なら小規模ということでしょうか?普天間に赴かれたことはおありなのでしょうか?あの町の規模で最低でも200人が失業するということですよ。しかも、これは基地内の従業員の人数だそうですが、基地に出入りしている業者や基地の外でアメリカ人相手に商売している方々も、大幅に所得が下がるか職を変えなくてはならなくなるのですよ。さらに普天間基地に土地を貸し付けている地主の方も収入が断たれてしまいます。数字を根拠に反論するなら、もっと説得力のある数字を記載してください。普天間基地周辺の住民の前であなたの意見をしたら、間違えなく白眼視されますよ。普天間基地周辺では、普天間基地が移転するのではなく、基地反対派が出て行ってもらいたいという意見が大勢をしめていますよ。218.222.48.25さんの文の途中に割り込まれていたので移動しました。218.222.54.64氏の 2010年5月7日 (金) 21:25 (UTC)へのコメント--以上の署名のないコメントは、123.217.203.231会話/Whois)さんが 2010年5月15日 (土) 03:52 (UTC) に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
218.222.48.25さんではないのですが、振興策・経済関係ですとこんなものがさらっと引っ掛かりますね。
普天間代替施設建設 地元が工事あっせん『琉球新報』2009年5月16日
普天間受け入れの見返り「北部振興策」鳩山政権が継続方針 計画見直しにもかかわらず『産経新聞』2009年12月10日
基地マネー、思惑はずれ 名護、巨費投入も活気生まれず『朝日新聞』2010年5月15日朝刊
普天間移設先 「感謝」の振興策必要 5閣僚で確認『琉球新報』2010年5月15日
このうち朝日の記事は昨日定食屋でも読みましたが、ネット記事では振興策がなかったら経済的には今より悪いという反論や、そもそも沖縄県の基地依存度自体が漸減傾向だという数字などはオミットなのでしょうか。あと、123.217.203.231さんの仰ることは理解できますが、何がしかの証拠と一緒に示していただかないと困ってしまいます。何か出典は出せますか?
岩見浩造 2010年5月15日 (土) 15:18 (UTC)
↑証拠や出典を求めるのであれば、あなた自身が基地周辺に行って実際に生活してみてはいかがでしょうか?基地への依存度は下がっているといいましても、統計的に見て沖縄県全体で依存度が下がっているだけで、基地に依存して生活している方は、大勢いますよ。沖縄が1番米軍に依存していたのは確かにベトナム戦争のころで遠い昔ですが、それは当世の特殊な世界情勢もあったし、沖縄がアメリカの施政下にあったことも忘れてはいけません。観光地沖縄のイメージしかないのかもしれませんが、そもそも沖縄は産業が少なく、極めて貧しい地域です。観光業では安定した収入は得られず、サトウキビ栽培でも国際競争力が弱く苦戦しています。そのほかの方々も言いたいのですが、沖縄に米軍がいるのは、常に沖縄が周辺国の軍事的脅威にさらされているからです。朝貢貿易島津氏の侵攻、ペリーの首里上陸、明治日本の台頭、バルチック艦隊の通過、沖縄戦など、歴史的にも戦争の脅威に怯えながら、ウチナーンチュ(沖縄県民)は知恵をしぼって生きてきました。独自の強い軍事力を持ちえないがゆえに、周辺国の情勢変化に機敏に対応して生活しているのです。基地に依存している方も、別にアメリカが大好きで基地に依存しているのではありませんし、かといってヤマトンチュ(日本)が嫌い、中国が旧宗主国というわけでもありません。現実に適応するしか生きていく手段はありませんし、生きていくならより安定した生き方を求めていくのが人間というものでしょう。日本には自衛隊があるから、防衛問題は大丈夫だといわれましても、沖縄戦では沖縄県知事が敵前逃亡し、必死に協力した日本軍も残念ながら玉砕してしまい、アメリカ軍からは徹底的な砲爆撃を受け、一家全滅が相次いだ悲惨なを経験すると、強国の米軍基地に経済的にも安全保障の観点からも頼って生きていくことは、仕方のないことです。軽薄な平和主義を主張する方は、おそらく裕福な環境でお育ちになられたのでしょうが、人間が本来生きていくことがどれだけ大変か、平和を維持することにどれだけ血を流さなければならないか、よくお考えください。定食屋で雑誌を読んだくらいで、安易に出典や証拠を求めるなど、人間性が疑われますよ。もう一度言いますが、あなた自身が沖縄で沖縄の歴史を勉強しながら生活してみてください。--以上の署名のないコメントは、123.217.225.190会話/Whois)さんが 2010年5月16日 (日) 01:44 (UTC) に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
コメント123.217.225.190さんへ。私は123.217.225.190さんが、記事改善のために議論をされていることは理解しています。しかし、まずはWikipediaの公式な方針であるウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありませんをお読みください。「ノートページは記事を改善する話し合いのために存在している」ので、記事の改善のために出典を示して議論してください。「現地で取材した生の情報を提供すべきではありません」もご理解ください。よろしくお願いいたします。--Zakinco 2010年5月16日 (日) 03:05 (UTC)
>もう一度言いますが、あなた自身が沖縄で沖縄の歴史を勉強しながら生活してみてください。
お断りします。他人に求めるには余りにも過ぎた要求であると自覚されたら如何ですか。この百科事典はそんなことを求める場ではないですし。また、断る理由は私が大和人だからではありません(そもそもヤマト厨という自覚のある方はWikipediaでもよく見かけますが、大和人意識の強い方はそんな見かけないですし私もそうです)。上記が「あなた自身がヒロシマでピカドンの歴史を勉強しながら生活」「あなた自身が延安で抗日の歴史を勉強しながら生活」でも答えは同じです。
>観光地沖縄のイメージしかないのかもしれませんが、
他の人が出してる出典を見る限り、それは失礼な話だと思います。123.217.225.190さんが最初に疑問を投げかけている相手自体が沖縄の方みたいですし。それより重複する記述が多いですが、ノートと記事全体にざっとでも目を通されたのですか。読んでないのと違いますか。でなければ
>沖縄に米軍がいるのは、常に沖縄が周辺国の軍事的脅威にさらされているからです。
こんな漠然としたこと書くはずが無いでしょう。その話はもうカタつけて本文に反映しましたから。
で、前回の質問に戻ります。地元経済について何か出典は出せますか?なお、御自身の体験や無名な個人のウェブサイトは使えませんので、その点も御留意ください。岩見浩造 2010年5月16日 (日) 05:38 (UTC)
>定食屋で雑誌を読んだくらいで、安易に出典や証拠を求めるなど、人間性が疑われますよ。
(追記)まあその時は脇には沖縄関係のあるシンクタンクのレポートも抱えてましたし「国会丼」とかセンスの無い不味い定食出す公共施設より、自宅近辺の定食屋の方が品質が良かったのだからしょうがないでしょう。沖縄県に行った時だってそうでしたよ。国民宿舎のサービスとかすぐ仕分けして貰いたいのがあるし、定食ひとつ取っても工夫が無いと今日日リピーターはつかないですよ。それに私が目を通したのは家で購読していない朝日新聞で雑誌じゃないし、日時から他の人も手繰れるようにしてリンクも貼ってあり、沖縄よりの話が載っている筈ですが。岩見浩造 2010年5月16日 (日) 06:07 (UTC)
>お断りします。他人に求めるには余りにも過ぎた要求であると自覚されたら如何ですか。この百科事典はそんなことを求める場ではないですし。←自分の生活がかかっておらず、痛くも痒くもない立場にいるから、基地問題を安易にネット上の話のネタにして暇つぶしされているのでしょう。過ぎた要求と感じるのでしたら、自分自身の不見識を反省しなさい。インターネットも百科事典もあなたの私物ではありませんよ。偏向報道で有名な朝日新聞を読んで、公正中立な視点に自分が立っていると勘違いされているのでしょうか?はなはだ遺憾です。もうすこし社会勉強をされたほうがよいのではないでしょうか?--以上の署名のないコメントは、58.88.118.205会話/Whois)さんが 2010年5月16日 (日) 12:16 (UTC) に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
↑の投稿をされた123.217.225.190さん。社会勉強以前にここがどういう場なのか理解してないのは貴方でしょう。どんな立場であれ出典を明確にすることがここでは第一。で、ソースは無いでFAですか?資料を持って来ず、他者の記述を確認しようともしない傲慢な態度、それは貴方が無能であることの証明ですな。そんなに言いたいことがあるなら恵氏のように努力して表現活動されては如何ですか?
>基地問題を安易にネット上の話のネタにして暇つぶしされているのでしょう。
では安易にネット上のネタにしたという証拠を提示ください。私の投稿履歴を本当に確認しての発言とは思えませんしね。あとこの百科事典はルールさえ守っていれば誰でも参加することが出来ます。私の生活には仕事に割く時間もあるのですが、誰がどんな時間を使って書き込もうが自由です。貴方だって暇にあかせて自分の言いたいこと言ってるだけでしょうが。私はグアムや徳之島や台湾人や米兵の立場から発信された情報も使うように努力しています。
>沖縄に米軍がいるのは、常に沖縄が周辺国の軍事的脅威にさらされているからです。
という類の主張に出典をつけて本文に提示したのも私で他の誰でもありませんでしたね。感謝される筋合いこそあれ、何も知らない等々の批判をされる筋合いなどこれぽっちもありません。それどころか貴方は今のところ自分の脳内にあるものが全てで、情報を探してくる努力を放棄しているから私より罪深いですね。
>インターネットも百科事典もあなたの私物ではありませんよ。
その言葉、そのまま返します。私は自分の金でISPと契約してネット上で活動しているのでありそのことを誰かに責められる言われはありません。そしてWikipediaについて言えば、貴方がここでやってるのは単なるルール違反です。独自研究検証可能性の概念すら学ばずに自己の主張を通そうとうそぶくその姿勢には反吐が出ますな。
>偏向報道で有名な朝日新聞を読んで、公正中立な視点に自分が立っていると勘違いされているのでしょうか?
ここは朝日の偏向性を糾弾する場でもありません。そもそも偏向の無いマスコミなどこの世に存在したためしがないしね。偏向していることを書くにしても、出典が要求されます。それに貴方の県で圧倒的なシェアを持ってる県内2誌のスタンスを棚上げして「現地で生活しろ」などと場違いな主張をしてきた貴方に偏向云々を言われる筋合いは無いのですが?現地で生活するということは、当然あれを毎日読まされるということとも解せますしね。
岩見浩造 2010年5月16日 (日) 12:48 (UTC)
↑感情的な表現しかできないようですが、それはあなたの人間性が幼稚な証拠を世間に広めているに過ぎませんよ。新聞に偏向を感じるようでしたら、公正な視点を自分自身が維持できるよう、人格の陶冶に努めてください。私は、あなたの今後の人生を憂いて、よきアドバイスを差し上げております。新聞、雑誌、マスコミの言論でしか世間を知ることのできないあなたのような人物が、かつてナチスの宣伝工作に乗って、人類に大過を及ぼしたのですよ。まことに残念ですが、あなたは人間が小さすぎます。まだ、改善の望みはあると思いますので、今後、自己研鑽に励み社会全般に貢献できる人間へと成長してください。岩見浩造さん。 文の途中に割り込まれていたので移動しました。--以上の署名のないコメントは、222.146.80.243会話/Whois)さんが 2010年5月17日 (月) 13:22 に投稿したものです(岩見浩造による付記)。
Zakincoさんが消した右系の書き込みをする方のIP氏について。Whoisで見たら全部*****funabasi.chiba.ocn.ne.jpでしたね。本当に沖縄在住なのかすら疑わしい。位置が悪いので移動しました。上記222.146.80.243の投稿は一度削除されたがそれに対する私のコメント岩見浩造 2010年5月18日 (火) 00:10 (UTC)
↑たかが新聞のネタと実際に基地周辺で生活した人間の実体験とどちらが真実と感じているのでしょうか?どれだけ出典を集めても、それを鵜呑みにして信じているのなら、あなたはマスコミという宗教の信者なのかもしれませんね。普天間基地周辺の住民は、本当に基地問題で騒がれること自体に迷惑していますよ。これは、基地の移転の話があったとき、住民投票した結果、基地存続派が過半数を占めています。岩国基地なんかも基地賛成派が過半数でしたしね。マスコミの報道で物事が判断できるとお思いでしたら、あなたは新聞記者のペットみたいなものですよ。基地の移転問題を書くには、基地の存在理由や実際の住民感情も情報価値が十分ありますしね。基地反対派の人々は、実際に狂信的というか高圧的で怖い存在ですよ。道路でいつまでも居座り続けて大声や大音響を鳴らし続け、公園や空き地も思いのままに占有して迷惑極まりないです。基地内の軍人や軍属の方がよほど規律正しく常識ある人間ですし、普段からそういった方々と接していれば、マスコミの情報操作の恐ろしさをしみじみと感じます。それと、沖縄県民が船橋に来ていて、何か問題でもおありでしょうか?文の途中に割り込まれていたので移動しました。--以上の署名のないコメントは、58.91.168.115会話/Whois)さんが 2010 年5月20日 (木) 12:57 (UTC) に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
ええ、出身は自己申告ですしアカウント取得すらされずに「現地で生活しろ」などと人に命令する千葉県からの投稿者など、とても信用に値しません。ここのルールを理解する気が無いなら自分でサイトでも立てられたら如何ですか?それに、貴方が大嫌いな言論ばかり載せている県内紙はウチナーが書いてウチナーが買っている訳ですが、都合の悪い点は悉く無視ですか?これは、現地で生活しても当人の思想には大して相関が無いということですな。それに東京や大阪の方が情報も集めやすく、言論の多様性もより保証されてますしね。大体あなたが千葉から書いている時点で説得力が何も無い。それと貴方が気に入るような言動を繰り返している恵隆之介氏は何時からマスコミのペットになったんでしょうね。あと産経グループや読売グループは何時からマスコミじゃなくなったの?それらの購読率が高い自民県連や基地従業員、沖縄出身の自衛隊員にも失礼でしょうなぁ。岩見浩造 2010年5月20日 (木) 16:04 (UTC)
↑ホントにあなたの国語の能力は相当低く、残念に思います。「現地で生活されてみてはいかがでしょうか?」というの文章が、はたして命令形なのでしょうか?あなたは本当に日本人なのでしょうか?ちゃんと義務教育を卒業しましたか?沖縄県人は沖縄でしかインターネットをしないと信用に値しないのでしょうか?←これは苦笑ものですが。あなたの攻撃的な文面のほうが、よほど公共の場にふさわしくないものですよ。基地反対派の新聞も沖縄ではよく見ますが、あれはうっとうしい基地反対派の新聞の押し売りに辟易したり、あとは親類の情に頼み込まれて仕方なく定期購入させられている人がほとんどですよ。ああいうものは、八百屋でゴーヤやらっきょを買うと持ち帰るときに包んでくれる便利な古紙ですね。別に新聞なんかなくても、ご先祖様のお墓の前で親戚や親友が集まって飲み会をするので、まあいわば、ご先祖様のお墓とお酒が情報媒体かもしれませんけどね。恵隆之介さんという方をはじめて知りましたが、別になんとも思いませんね。まあ当然のことを言ってるだけでしょう。自民、基地、自衛官が産経新聞や読売新聞を購読していると何がどう失礼なのでしょうか?だいたい新聞なんてものは、立場や地域の付き合いで適当に購入しているだけじゃないですかね。先の文章で私は「基地内の軍人や軍属の方がよほど規律正しく常識ある人間ですし、普段からそういった方々と接していれば、マスコミの情報操作の恐ろしさをしみじみと感じます。」と記入しているのが読めないでしょうか?あなたのページも拝読させていただきましたが、軍事に興味がおありなら、米軍なり自衛隊なりにはいって、身体を鍛えなおし、規則正しい生活をすることをおすすめしますよ。あなたの文面から推察するに、視力の低下や消化器系の疾患などを抱えているのではないでしょうか?まずは、外食に頼らず、きちんとした食生活と適度な運動、心地よい睡眠をされて、心身ともに健全になられることを切望いたします。--以上の署名のないコメントは、222.145.79.107会話/Whois)さんが 2010年5月21日 (金) 13:07 (UTC) に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
「生活実感」「自分の体験」を記入することはWikipediaでは許されない。どのような理由があろうがな。だから出典探しが重要なのにあなたがそれをまるで理解していないことが問題なんだが。だからさっさと自分でブログでも立ち上げろと言っているだろ?
>自民、基地、自衛官が産経新聞や読売新聞を購読していると何がどう失礼なのでしょうか?
書き込みが保守系マスコミの存在を無かったことにするような独り善がりなものだったからだが?マスコミ=左に偏向みたいなことを繰り返すから反例を挙げただけの話。ここで記事を書いて行くには出典が必要だからこそ私は米軍や自衛隊関係者や恵氏や公安の情報などの材料を探してきているのに、本文をろくに読まずに編集者の個人攻撃と偉そうな憂国演説かまされても糞ウザいだけだが?ここの記事は自分の意見を言う場所じゃないんだよ。いい加減にそれを理解しろ!
あと、新聞の拡張販売はスタンスを問わず何処でも問題になっているが沖縄に限定する意味があるのか?読者は取りたい新聞を取ればいいだけの話。でもって、辟易してようが購読料払ってそういう地方紙を生き長らえさせたのは良くも悪くも基地だらけの沖縄県民の選択の結果だが?
>軍事に興味がおありなら、米軍なり自衛隊なりにはいって、身体を鍛えなおし、規則正しい生活をすることをおすすめしますよ。
あなたが先にやれば?私はもう自衛隊入れるような年じゃないし、仕事持って収入を得てるし指図される言われも無い。あと人の健康を心配して悦に入ってるようだが、世の中には先天的疾患で入りたくても入れない奴もいる。身障者の人生を土足で踏みにじるような言動は辞めといた方がいい。基地と違ってそういうのは回避する手段が無い。
岩見浩造 2010年5月21日 (金) 15:37 (UTC)
岩見浩造氏は、個人的な感情表現が多く、あまりにもウィキペディアンとしての品格に欠けている。--以上の署名のないコメントは、59.139.31.193会話/Whois)さんが 2010年6月14日 (月) 07:43 に投稿したものです(Zakincoによる付記)。
ここは59.139.31.193さんの個人的な意見を書き込む場所ではありませんので、そのような発言はご遠慮ください。岩見浩造さんに意見があるのであれば、岩見浩造さんの会話ページへお願いいたします。--Zakinco 2010年6月15日 (火) 13:33 (UTC)

記事トップ部分の書き込みは概ね正しく、安易な投稿ブロックは不適当

件のIP投稿者がソースを持ってこなかったことはWikipediaの方針に照らせば間違っています。しかし、だからと言って、ソース皆無かといえばそれは違いますね。何故上記の3方は少しもお調べにならないのか非常に不思議です。
>アメリカ政府は作戦効率の向上を移設目的としているため
218.222.48.25さんは『中国の軍事力』やQDR、或いは台湾当局の国防報告書や韓国のそういった書籍、報道等に少しでも当たられたのでしょうか。普通再編問題について軍事的見地から調べればこれは自明のことですが。軽く検索しただけで、ソースもありますね。言っていたか言ってないかというなら、90年代の頃から普通にそう言ってますよ。
沖縄駐留の必要性強調1997年6月15日琉球新報
>海兵隊普天間基地当局は、同基地の機能を沖縄以外に移す可能性について「日常の訓練や有事の際の部隊の空輸など陸上の戦闘部隊がいる近くにいなければならない」と沖縄駐留の必要性を強調した。
徳之島ヘリ部隊移設断念へ 訓練移転なお模索2010/05/07 02:02 【共同通信】
>鳩山政権は鹿児島県・徳之島へのヘリコプター部隊の一部移設を断念する方針を固めた。米側が沖縄に駐留する地上部隊との一体運用の必要性を理由に再三にわたり拒否しているため
第171回国会 外交防衛委員会 第11号
>○参考人(川上高司君)
>次に、抑止力の維持という観点から申し上げます。これは、なぜ実戦部隊の第31海兵遠征隊、31MEUが残されたかということに対する答えになります。31MEUの想定される任務は、朝鮮半島危機、台湾海峡への抑止と初動対応、対テロ作戦の実施、災害救助、民間人救出作戦などが考えられるわけであります。31MEUは、最大四隻の強襲揚陸艦で出動し、歩兵大隊、砲兵大隊混成の航空部隊及びサポートグループなどのエレメントで構成されるわけですが、各エレメントは平時は一つの駐屯地に集結しているわけではなく、緊急時になりましたら一つの部隊として集結し出動いたします。したがいまして、それぞれのエレメントが離れた場合、集結するまでに時間が掛かり、即応性が低下してしまいます。また、特にヘリ部隊の役割が大きく、歩兵とヘリを分散化することは困難になるわけであります。
>米軍が沖縄に基地を集中配備している背景には、沖縄が周辺国からの軍事的な脅威に常にさらされているという事実もある。
これも普通に言われていること。軍事雑誌を使うまでもない。あと鳩山首相が考え方を修正したことは絶対に記載が必要です。
県内、徳之島移設案を伝える 普天間で鳩山首相2010年5月4日【琉球新報電子版】
「最低でも県外」党の考えではない…首相2010年5月4日18時17分 読売新聞
>首相は「海兵隊そのものは抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていたが、学ぶにつけ、駐留米軍全体の中で海兵隊は抑止力として維持されるという考えに至った。『(認識が)浅かった』と言われれば、あるいはその通りかもしれない」と認めた。
前原氏に米期待「普天間、局面打開へ役割を」2010年5月2日23時09分 読売新聞
>「朝鮮半島情勢も微妙だし、防衛力増強を行っている中国が日本近海で活動を活発化させている。日米同盟の足元をもう一度しっかり固めることが必要だ」
>大規模な米軍基地がある佐世保・岩国・横須賀・厚木・横田・三沢の各地は「周辺国からの軍事的な脅威」があるのか、ということになります。
そりゃ当たり前でしょ。三沢のF16が何のために配備されていたか、首都圏の航空需要が逼迫しているのに何故横田が返還されないのか、厚木では何の機体が訓練をしてきたのか位調べてから発言されたらどうですか。(てか、そんなこと社会常識だと思いますがねぇ・・・)
で、例えば横須賀基地についても少し検索しただけでこういう話が出てくる。
日米対話「米国新政権下における日米安全保障関係」
ジェームス・アワー(ヴァンダービルト大学公共政策研究所日米研究協力センター所長)
16枚目
>日本の本土におきましては、横須賀というのが最も重要でありまして、過去26 年間にわたって、アメリカの空母の母港となっておりまして、外国では唯一の母港となっております。アメリカの空母を乾ドックに入れることのできるハワイより西の唯一の港でありますし、アメリカの核の傘の信頼のおけるシンボルとして、心理的な重要性を持っております。そして、沖縄においては、嘉手納空軍基地が、中国、台湾、そして南シナ海のシーレーンに対して、戦略的な位置づけから最も重要だと位置づけられるでしょう。
自分の無知と非常識(もしくはポジショントーク)を棚に上げて琉球新報の特集記事ひとつだけで投稿ブロックを主張する218.222.48.25さんやそれに対して「内容に関しては218.222.48.25さんとまったく同意見」とおっしゃるZakincoさんは、少しおかしいのと違いますか。あと、琉球新報自体にも次のような指摘があります。てか、県内2誌が左べったりなんて話はよく指摘されることじゃないですか。
沖縄「反基地運動家」の呆れた正体文芸春秋「諸君」(1997.平成9年5月号)
>住民が誘致した基地もある
>沖縄における新聞販売のシェアの97.9パーセントを占める地元二紙は、反戦地主の行動を正当化する論説しか掲載しない。両紙幹部にも「一坪反戦地主」が数名いるのだから、それも無理はない。しかも正論を述べる県民には、沖縄県庁などから容赦なく圧力がかかる。そして、これを見聞きした県民は恐れをなして、反基地運動への異論を決して口にしようとはしない。
当然これらの記事も、本文に反映し得る内容だと思いますけどね?
岩見浩造 2010年5月9日 (日) 09:17 (UTC)
岩見浩造さんお世話になります。ご意見は、それはそれとして承りましたが、どうも誤解があるように思われますので簡単に説明しておきます。
その記事トップ部分について私がこのノートで書いたのは、そのIP編集者が4回にわたってほぼ同一内容に戻したことに対する私なりの説明であって、他意はありません。現在の本文に問題があるとお考えのご様子ですから、ぜひ岩見浩造さんも編集にご参加になってください。個人的好みですが、トップ部分が長文にわたるのは見通しがよくないので、新たに節を設けて記述されるのはいかがでしょうか。
その上で、岩見浩造さんには、記事分割前のノートの議論をもご覧戴きたいと思います。
それと、次の部分ですが・・・
>これも普通に言われていること。軍事雑誌を使うまでもない。
>そりゃ当たり前でしょ。三沢のF16が何のために配備されていたか、首都圏の航空需要が逼迫しているのに何故横田が返還されないのか、厚木では何の機体が訓練をしてきたのか位調べてから発言されたらどうですか。(てか、そんなこと社会常識だと思いますがねぇ・・・)
それだと、いまさらですが私の言を補足すれば、(大規模な)米軍基地がない各道府県は「周辺国からの軍事的脅威」がないのか、となります。別に、それぞれの基地につき重要性を主張する意見があることについて文句があるわけではないですから。
>自分の無知と非常識(もしくはポジショントーク)を棚に上げて琉球新報の特集記事ひとつだけで投稿ブロックを主張する218.222.48.25さんやそれに対して「内容に関しては218.222.48.25さんとまったく同意見」とおっしゃるZakincoさんは、少しおかしいのと違いますか。あと、琉球新報自体にも次のような指摘があります。てか、県内2誌が左べったりなんて話はよく指摘されることじゃないですか。
「投稿ブロックを主張」というのは、前記のとおり4回繰り返されたことに関してであって、内容の問題ではありません。それと、記事分割前のノートでも少し議論になったことですが、ソースとしての新聞の選択につき岩見浩造さんに「少しおかしいのと違いますか」といわれる筋合いはありません。「しんぶん赤旗」でも「世界日報」でも、「ゼンボウ」でも「前進」でも、ウィキペディアのソースとなりえます。「県内2誌」(2紙のことでしょうね)につき、反戦地主の存在に関して引用文中わざわざ強調までなさっておいでですが、それとウィキペディアのソースになるかならないかに何の関係があるのですか?文芸春秋にそういう記事があるならそれをソースとして岩見浩造さんが本文を編集なさることに、ウィキペディアとして何の問題がありましょうか。私がいいたいのは、私ないしZakincoさんに対し「自分の無知と非常識(もしくはポジショントーク)」とおっしゃる岩見浩造さんも同様にポジショントークをなさっているということです。--218.222.52.126 2010年5月9日 (日) 15:55 (UTC)

(インデント戻します)問題のIPさんは調べる調べない以前の問題で、対話の意志が感じられませんでした。無断でタグ削除を行ったことの説明を求めても無視に近いですし、おそらく同じIPさんと思われる人から私や他のユーザーさんの利用者ページに軽度の荒らしがありました。問題のIPさんについては以上です。
記事についてですが、岩見浩造さんが出典を示して記事を編集されることは大歓迎です。よろしくお願いします。
ところで、岩見浩造さんは218.222.48.25さんがノートに書き込まれた内容と私の意見が同意見であることについてZakincoさんは、少しおかしいと仰っていますが、琉球新報を「広く信頼されている発行元」であると信じている私は少しおかしいということでしょうか?私は琉球新報沖縄タイムスWikipedia:検証可能性を満たす「広く信頼されている発行元」であると思っていますが、岩見浩造さんは「広く信頼されている発行元」ではないと主張されるのでしょうか?そういった主張をされるのは問題ないと思いますが、その主張はここではなく別の適切な場所(Wikipedia‐ノート:検証可能性等)で議論してください。よろしくお願いします。--Zakinco 2010年5月9日 (日) 16:58 (UTC)

まずはお二方に、迅速な返信と当方の意見をお読みいただいたことに感謝いたします。IP氏の連投については了解です。
>ぜひ岩見浩造さんも編集にご参加になってください。
分割の経緯については一応目を通しました。その上で当記事にも色々テンプレートがつけられており、いきなり編集するのも如何なものかと思いまして、ノートで幾つか提起させていただいた次第です。私は元々、必要と時間の余裕があれば、記事も執筆しています。花蝶風月雪月花警部さんなどには、随分と私の拙速な文章を見ていただいており、感謝しております。
さて、まず、お二方にも誤解があるようなので説明しますが、私は「特定の情報源を使用するな」とは書いていませんし過去、別の記事で琉球新報や赤旗、左翼団体の公式サイトを使ったこともあります。「少しおかしいのと違いますか」とは内容に踏み込んでいると判断したため述べたものです。強調についても、提示されたソースが県内紙ひとつであったが故に、そのスタンスについて一言釘を刺す意図でのことです。私は他の箇所も強調していますし。基地問題の報道において地元紙に反戦地主が居る、この事実を当記事で記述するべきかは検討の余地があるでしょうが、文の練り方によっては使いどころもあるかと思います。
>内容の問題ではありません。
218.222.48.25さんの最初の投稿内容は事実関係や記事内容にも関わるものです。
>(大規模な)米軍基地がない各道府県は「周辺国からの軍事的脅威」がないのか、となります。
これは、「脅威は基地の無い県であってもある」という理解でよろしいでしょうか?最初の218.222.48.25さんの投稿からは読み取れというのは私には酷でした。また、例えば三沢は対ソ・露戦、対北戦には有用な位置にあり、嘉手納では代替出来ない価値を持っています。横須賀基地もドックという存在により価値が生じています。沖縄にはそういう施設はないため、これも簡単に代替出来ないものです。軍事基地の必要性とはそういったものです。
なお、少し専門的で蛇足ですが、『防衛学研究』という研究誌で南西諸島での軍事衝突の可能性について述べたある論文によりますと、沖縄の作戦的、戦略的価値を戦中まで遡って論じています。また、戦間期の軍縮条約では、事実上日本本土以外の基地整備に待ったがかかり、逆に日本本土では敗戦前の大軍を擁していた時代に軍事施設の土地取得、整備が長期にわたって進められているため、戦後はそれを活用すれば事足りる面もあり、呉の造船所や金沢城など民生に放出された物件も多数存在します。更に、第2次大戦中、連合軍が沖縄攻略を行う前にフィリピン、台湾や南九州との比較を行ったことも知られています。私は地元が基地を誘致した事例もあることを示しましたが、それとは別に上記の理由からも、
>沖縄戦から復帰にいたるまでの米軍による統治時代に、日本本土ほどの制限もなく用地接収ができたから集中した
と言えない面があるでしょう(今書いたことはラフな話なので時間をもらえればソースの要求にもある程度は応えられます)。価値の無い場所なら幾ら土地が余っていても基地は造られません。
普天間というより自衛隊・米軍基地全般に関わる話ですが、1952年までは日本本土も占領下にありました。横田や当時は軍事的な役割が大きかった大阪国際空港の拡張も占領期から経済成長前期頃に行われていますし、自衛隊の基地でも小松や百里のように戦後拡張したものが幾つかあります。沖縄ならではの価値について言えば、ベトナム戦争時はB-52 (航空機)の出撃基地などとしても重用されましたし、中越紛争の後ソ連がベトナムに肩入れして艦船や航空機を進出させた時にも見直されていた話があった筈。あの場所にあるという意味での戦略的価値は台湾有事での効用が指摘される相当以前から存在しています。
ただ、確かに私も感情的になる時があり、言葉を選ぶべきであったことは反省しております。
岩見浩造 2010年5月9日 (日) 17:44 (UTC)
記事分割前のノートでもTalkheaderタグ貼られてしまったくらいで気が引けるのですが、もう少しだけ失礼します。
一坪反戦地主について。辺野古移設を容認した市長である故岸本建男氏は一坪反戦地主だったことで有名です。また、現市長の稲嶺進氏は、やはり過去の辺野古案容認の比嘉市長の下で総務部長だったこともありますし、前市長の島袋氏の後援もしていますが、その稲嶺氏も、次のニュースにあるとおり一坪反戦地主です。
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-01-17_1735/
それくらい、一坪反戦地主の裾野は広いのであって、新聞社の幹部がそうである(あった)からといってその新聞の言論にバイアスという見方は表面的に過ぎるかと思います。
「基地誘致」について。キャンプシュワブの新規立地についてそう言われることが多いのですが、これも簡単に表現できるものではありません。「『辺野古誌』辺野古区事務所 平成十年四月 発行」によれば、接収の発端について
>このような半農半林の静かなシマに一九五五年一月、米軍は久志村を通して、久志岳・辺野古岳一帯の山林を銃器演習に使用したいとの連絡があった。軍側の一方的な使用通告に驚いた村では、臨時議会を招集して山依存度の高い住民の生活権を守るに反対決議をして、民政府等の関係機関に陳情を行うと共に阻止行動を起し、その時点では一応の成果を得られるかのように見えた。
>しかし同年七月二十二日、民政府は再び辺野古・豊原・久志区域の山林地帯と風光明媚な思原と長崎原をキャンプ基地に総面積五〇〇エーカー(約六二万坪余)の広大な土地使用の新規接収を予告してきた。
>古くから山を生活の糧にしてきた住民もふってわいたような軍用地接収に騒然となり、しかも海岸段丘の突出した岬のある長崎一帯は既にそれぞれの地主によって生産活動も行われていた事から日々の暮しにも窮するのではないかと収容予告に不安を募らせていた。
とあります。その後、反対運動をやめて契約に至るのですが、伊佐浜などでの接収強行の再現を避けるためのいわば「条件闘争」に移ったのであって、例えば高知県東洋町での放射性廃棄物処分場誘致(に向けての文献調査)のような、あるいはオリンピック誘致のようなものとは一線を隔するものであることにご留意いただきたいと思います。
沖縄の軍事的価値について。本文中でも紹介されている「砂上の同盟」でも、日本側が代替施設を完備するならば海兵隊の沖縄駐留は必須ではない旨、米軍の幹部が述べていると繰り返し記述されています。要するにこれも両論あるということです。
私のスタンスとしては、記事分割前からの記述の推移で既にご承知かと思いますが、このような「本土 対 沖縄」の対立の構図がある項目につき、本土でほとんど知られていない沖縄側の事情を多く書いております。従って、仮に私だけが書いたならば、本土側の視点はだいぶ欠落することになります。私の力量では、本土側の分まで書くのは荷が重いので、そういう意味でも、岩見浩造さんによる編集は必要とされるでしょう。今後ともよろしくお願いします。--218.222.47.154 2010年5月10日 (月) 12:35 (UTC)
ご意見は承りました。私も以降編集作業に入ろうと思います。多少誤解があるようなのでソースと共に一応私のスタンスも書いておきます。
>一坪反戦地主の裾野は広いのであって、新聞社の幹部がそうである(あった)からといってその新聞の言論にバイアスという見方は表面的に過ぎるかと思います。
私は反戦地主批判の出典を提示したので、そう仰られても貴方の主張の出典を求めることしか出来ません。そして、私の提示した出典は「両紙幹部にも「一坪反戦地主」が数名いる」と「にも」という表現であり、反戦地主=地元紙関係者と主張している訳ではありません。また、稲嶺氏の場合は反対意見の持ち主が反戦地主をしているという言わば定番のパターンでしかなく、岸本氏の場合についても条件闘争に移行したよくある例でしょう。例えば本土でも成田にはそういう地主が居ます。それを以って「裾野が広い」根拠と言われても困惑するしかありませんし、反戦地主より遥かに多い数と土地面積を持つ普通の地主は無視ですか。それと前の投稿で紹介した県内紙の左傾化を批判している恵氏は沖縄県民です。本土の人ではありませんよ。それとも反戦地主や運動家には大和人が沢山居るから裾野が広いのですか?なら納得しますが。
>このような「本土 対 沖縄」の対立の構図がある項目につき、本土でほとんど知られていない沖縄側の事情を多く書いております。
後半の「意識」自体は大変素晴らしいことです。しかし、一言申し上げれば昨今は地方紙でもネット上に記事を配信する等、情報格差については相当縮小してもいます。『辺野古誌』はともかく、ネット記事や本土で並んでいる本を材料に「殆ど知られていない」というのは、例えば全国の教組や司書の組合員などを通じて沖縄本をばら撒いた『高文研』などの大和人の出版社や『砂上の同盟』を本土の書店に売り込んでいる沖縄タイムス社の努力を軽く見ることに繋がります。私はそういう見方はしませんし、本来なら『辺野古誌』は最初に挙げるべきではないですか?
>日本側が代替施設を完備するならば海兵隊の沖縄駐留は必須ではない旨、米軍の幹部が述べていると繰り返し記述されています。
あの本は図書館で軽く見た程度ですが、屋良氏が方々で執心されているスタックポール氏のことでしょうか。この間も「大和人の雑誌」である『世界』で似たようなことを書いてましたね。
「グアム移転合意は失敗」/元太平洋司令官沖縄タイムス2008年6月17日(火) 朝刊 1面
>「移動の問題だ。機動性が高い空軍、海軍が基地を置くのは問題ない。しかし、海兵隊は独自の輸送船をグアムに配備していない。移転は満足できない案だ」
>今回の再編協議で同氏は「沖縄駐留が旅団規模なら運用に支障がなく、さまざまな事態に即応できる」と提言したという。
三議連協発足・結束の意味を受け止めよ2005年7月2日琉球新報
>「固定翼とスピードの異なるヘリ部隊の嘉手納統合は、事故などトラブルの増加につながる」。元米太平洋軍海兵隊司令官で在沖四軍調整官を務めたヘンリー・スタックポール氏が、普天間飛行場の嘉手納基地統合案について語った言葉だ。さらに同氏は「宜野湾市民の危険を、嘉手納、北谷町、沖縄市に移すだけだ」と警告した。
どっちも県内紙に載った話です。こういう直言を踏まえるのも大事かと思います。再編協議での日本側狼狽シーン等、屋良氏の取材成果を引用することは否定しないですが、同氏はス氏の発言から思わせぶりな解釈フィルターを透過する記述が良く見られるものですから。あとスタックポール氏は90年代にはビンの蓋論で「我々の存在が日本が軍拡に転じることを防止している」とかなんとか、自国の駐留を正当化していましたね。まあ米軍人にも色々居ますが、彼の意見も下記の主流の見解とみなす方が正しいんじゃないですか。
首相「腹案」に痛烈な「ノー」…徳之島(2010年4月19日03時04分 読売新聞)
>米軍の一部には、徳之島が朝鮮半島に近く、半島有事に対応しやすいという肯定論もある。しかし、台湾海峡と朝鮮半島を両にらみできる沖縄が最良だとの米軍主流の見解は、簡単には揺らぎそうにない。(政治部 白川義和)
ウチナーの方にしてみれば尚氏王朝の時属国にしてやった土地ですし、米軍からそう言ってくれるス氏的な「県外」という意見があるのは良いじゃないですか。
もうひとつ申し上げておきたいことはその二分法では当項目を充実させるに当たり不完全だということです。何故なら、アメリカ軍、そして中国、台湾、受け入れ先の準州たるグアムコモンウェルスたるマリアナ諸島などの目線が無視されているからです。軽く検索するだけでも本件に対して何がしかの見解はでてきます。外国人にとっては沖縄在住者も含めて、昔同胞が沢山死んだ土地でを使いまくり遊び呆けに来る日本国民の一員として眺めるということは理解されておりますね?貴方の住んでる県に来る観光客や上京して下町巡りする地方人と精神的位相は大して変わらないですから。それにしても今までどれだけの人が編集に関わったか知りませんが、これと同じ思考ですね。
>どのようにして始まり終わったかの経緯はいっさい無視し、ヤマトンチュー悪者論である。ウチナンチューにとって当時の米軍は敵であったのか味方であったのかが定かでない。
さて、まず、本記事で欠落している要素として、軍事的必要性に関する議論、及び海外の受け入れ先での議論なども項目化していくつもりです。よろしくお願いします。沖縄県民に負けず劣らずの反対運動を実施した基地のある県の熱心振りもまだ書き足りないでしょう。
あと、どさくさに紛れて「是非関空に」とか歯牙にもかからない扱いしか受けてない「案」を吹聴した橋下とか言う人物にも触れなければなりませんね。
岩見浩造 2010年5月11日 (火) 14:33 (UTC)
いくつか疑問点を。
それで、「県内2紙の幹部に一坪反戦地主がいること」と、当記事普天間基地代替施設移設問題とどういう関係があるんでしょうか。それが特筆に価することであるなら、2紙それぞれの記事に加筆する内容かと思います。あと、私の又聞きの記憶のみで根拠を出せませんが、故人ですが革新側の議員であった喜屋武真栄氏は契約地主だったと聞いたことがあります。この辺は故人の名誉にも関係することなので、触れるには相当に慎重にしなければならないですが・・・とりあえずは「俺ソース」なので、ウィキペディアとは相容れない内容ですね。
同様に、地元が誘致した事情ということについても、キャンプ・シュワブの記事に加筆する内容であって、当記事で扱う内容ではないと思います。『辺野古誌』の内容を最初に出せとのことですが、当記事も歴史のメインの内容は'95年から始められていることですし、そこまでさかのぼっての記述はこちらでは必要ないと思っておりました。その事情の件に言及なさったのは当ノートでの岩見浩造さんが最初ですし。
「砂上の同盟」については、屋良記者の取材源はスタックポール氏だけではないようです。--218.222.62.69 2010年5月11日 (火) 21:00 (UTC)
追加で失礼します。
>情報格差については相当縮小してもいます。
表面的にはそうでしょうが、当記事本文の編集履歴を見ても、本土での報道が多い日に編集が集中しているところを見れば、なかなかそうはいかないことが読み取れます。というわけで、本来なら沖縄県内のウィキペディアンにももっと編集に参加していただきたいところですね。--218.222.54.219 2010年5月11日 (火) 23:04 (UTC)

保護依頼について

保護依頼を出しましたが218.222.54.64さんがされたと思われる一連の書き込みは問題ないと私は考えています。ノートでの議論に参加していただいていますし。ただ、funabasi.chiba.ocn.ne.jpを広域ブロックできるほどの荒しではないと思うので、とりあえず保護依頼にしました。保護依頼のタグを見て問題の書き込みが収まれば保護されない可能性もあります。もし半保護されてしまった場合、IPユーザーさんのノートでの議論を本文に反映させる作業を私がお手伝いをしたいと思います。よろしくお願いします。--Zakinco 2010年5月8日 (土) 01:20 (UTC)
保護依頼は賛成です。現在進行形の話題であることと、IP投稿者を中心にソースなしかあるのになしと決め付けるような投稿や独自研究的な議論がなされるためです。岩見浩造 2010年5月9日 (日) 09:38 (UTC)

人名の肩書きについて

岩見浩造さん、一度出た人物の肩書きを必要ないとして消されていますが、この問題は鳩山氏の立場が野党の代表から首相に代わっても継続している問題であり、登場人物の肩書きが変化している問題です。鳩山首相という表記であれば、その時点での「首相」を明確にし、発言がどの立場からなされたものかということを伝える事ができます。それに現時点では鳩山氏はたいへん有名ですが、未来の読者にとって鳩山由起夫氏がヒトラーやスターリンのごとく著名な「首相」となっているとは限りません。手元にヒトラーの本がありますが、ループレヒト皇太子やロッソウ将軍などメジャーとは言い切れない人物の場合には、登場するたびに肩書きが付与されています。「鳩山首相と仲井眞知事が会談した」であれば流しながら読んでもかなり理解する事ができます。特に文節が代わる場合には付与しておいたほうが親切と思われます。--模様砂漠2 2010年5月15日 (土) 15:51 (UTC)

Wikipedia:スタイルマニュアル (人物伝)は参照されましたでしょうか。有名かどうかは関係がない筈です。私がヒトラーやスターリンを使ったのは上記マニュアルを直感的に理解して貰うために有名人で且つ同じ職業(国家の代表)として知られる例を挙げたに過ぎません。確かに、仰ることは理解できますが、鳩山首相の場合には政権交代時に役職が変わった旨一言加えれば十分であり、誰かとの会談の度に「首相」と付与する必要は無いのではないですか。勿論最初の登場時に敬称をつけることは否定しません。そこは同意します。

また、私はある人物が登場する際役職名+人名で記述しており役職を無視したことはありません(例えば「参議院議員の佐藤正久」など)。むしろ何も説明されていない場合には都度付与するよう心がけてきたつもりです。また、伝記を持ち出されるのであれば、ジョン・トーランドの手になるヒトラー伝ではいわゆる論文スタイルですし、ヒトラーや第3帝国関係の論文、月刊誌等の記事では勿論論文スタイルだと思います。元々Wikipedia自体論文的な語法をかなり取り入れていますし、本物の百科事典で一部新聞のように毎々に敬称を付与するものは見たことがないですね。

岩見浩造 2010年5月15日 (土) 18:56 (UTC)

こんにちは、お返事ありがとうございます。ただ、Wikipedia:スタイルマニュアル (人物伝)は、表題にもありますとおり「人物についての項目のスタイルマニュアル」ですので、この項目にはあてはまりません。また、この場合での首相や知事は敬称ではなく職ですので、Wikipedia:スタイルマニュアルで省く対象の敬称とはなりません。確かに現在の日本では、役職名が敬称となる場合も多いのですが、本来首相や大臣に対する敬称は閣下となります。また参考までに百科事典自体は手元に無いのですが、ブリタニカ国際大百科事典の1980年度の年鑑があります。この中のレバノンの記事では「ホス首相」「ハダト大佐」などの肩書きつきの記述が複数回見られます(ブリタニカイギリス編集部執筆部分)。また佐藤誠三郎氏が執筆した「日本」の項目でも「大平首相」の表記が連続して見られます。また南利明氏の論説の冒頭部分でも「ヒンデンブルク大統領」と数回表記されています。そのほか数冊(村瀬興雄、今谷明井上清)の本を参照しましたが、論文を書く学者の方でも人物+職名は一度しか書かないという原則が一般的であるとまではいえず、一つの文節(段落)に肩書きつきの表記が二回出てくる場合もあります。また私が参照した肩書きつきの表記もトーランドの「アドルフ・ヒトラー」です。--模様砂漠2 2010年5月15日 (土) 20:50 (UTC)(修正)--模様砂漠2 2010年5月16日 (日) 09:35 (UTC)

スタイルマニュアルについては失礼しました。しかし、トーランドについてはヒトラー本の他『バルジ大作戦』でも最初には肩書きを載せていますが、途中経過に着目すると圧倒的に名前だけになります。これは脇役でもそうですね。私も気になりましたが、村瀬興雄氏の本などは今持っておらず、モリソンの『アメリカ史』とデイトンの『電撃戦』を読んでみました。前者は「名前+役職」表現が多く、後者は役職+名前を含めて混在しています。『第2次大戦に勝者なし』だと何度も登場する人物でも将軍とついたりつかなかったり、「マーシャル将軍とホプキンズは~」などやや無原則ですが、読みやすくはあります。『軍事研究』、『波涛』、『陸戦研究』等もぱらっとめくって見ましたが、同業他者を名指しで批判する時には誰でも敬称や役職をつけていますが、他は著者によって違いますね。ただ、やはり名前だけにしている方の方が多いようには感じます。記憶手繰りで失礼しますが、サンケイ大戦ブックスだと名前+役職を好む傾向があったかと。軍系の書物で知っているものから挙げるとそんな感じです。

従ってこの辺は感覚の問題になるかと思いますが、元の文章についてはやはりつけ過ぎではないかと。再掲するにしても節の最初などで良いのではないですか?「鳩山由紀夫が首相となった」などの方が親切な場合もありますし。

岩見浩造 2010年5月16日 (日) 05:02 (UTC)

お返事ありがとうございます。たしかにこの辺は個人の感覚が左右する問題ですが、個人的には段落の最初ぐらいにはつけても良い気がします。節の場合は、表記した文より前に段落単位で加筆が行われる可能性があり、その際に統一感が保てなくなる可能性があります。--模様砂漠2 2010年5月16日 (日) 09:35 (UTC)

部分削除提案

リアルに忙しいのでしばらく本文編集には加わりませんが、当ノートにて提案しておきます。

  • 2010年節の、4月25日の大会での参加者数への疑問について削除

その一週間前の徳之島での大会の参加者数や前年11月の(県政野党主導の)大会参加者数について計数したとかいう報道記事があれば記述を残すことも考えられますが。

  • 反基地運動の問題点節の削除

「反基地運動の問題点」とあるとおり、一般論であって、「普天間基地代替施設移設問題」に特化した問題ではありませんね。独立した新記事を作成するのならそこへの記述の意味はあるとは思います。ただ、そうしてもWikipedia:中立的な観点を考慮した記述は困難でしょうが。

普天間第二小学校の経緯については、衆議院の委員会での議論に次のものがあります。玉城栄一議員(委員)の発言。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/109/0710/10908190710002c.html

>移転ということになると、やれ金はかかるわ、米軍との関係はあるわ、そして現在の制度の中でそういう敷地購入のための補助をどうするかというそれには該当しない。結局、そういうことであれば、これはもう移転はできないということなのか。

こういう国会の議論もありますので、現在の本文の記述はWikipedia:中立的な観点からして問題ありでしょう。

また、選挙を経たわけでもない、日米間あるいは政府地方自治体間の交渉担当者や行政実務担当者でもない者の評論は、「普天間基地代替施設移設問題」に具体的影響を及ぼしているわけではありませんから、記述の意味はないでしょう。

さらに、当事者が反戦地主である/反戦地主でない・・・の別が政治決断に影響を及ぼしたかといえば、それを実証する方法は存在しないわけで、記述に値することではないでしょう。出身過激派についても同様です。また、Wikipedia:存命人物の伝記からも問題があります。

島袋宗康氏は既に議員ではないですし、「普天間基地代替施設移設問題」とは直接関係しない言及ですね。後段の過激派の動向など、「普天間基地代替施設移設問題」といったい何の関係があるのかと。

あと具体的提案ではないですが、本文がだいぶ大きくなっていますので、歴史的経緯の部分と(特に今年に入ってからの)現在進行の部分とを分割することの検討を提案します。

以上提案まで。--218.222.63.58 2010年5月17日 (月) 20:01 (UTC)

追記です。元議員の思想に触れた部分についても、Wikipedia:存命人物の伝記の問題があります。これも、本文から削除したほうがよいと思う理由です。--218.222.63.210 2010年5月17日 (月) 22:32 (UTC)

ルールの範囲内での加筆であり、部分削除には反対

↑それを加筆したのは私ですが、当然のことながら「信頼のできる情報源」によって記述した内容に過ぎず、その中身も普天間を包含する基地問題に限定しています。削除には反対です。また、70KB台程度では大きいサイズとは思いません。それに島袋氏は参議院議員時代に自分から新聞の取材を受けていたのだから問題ありませんし、全ての反対運動が主体思想の持ち主だとは私が挙げた批判者も述べていません。
>政治決断に影響を及ぼしたかといえば、それを実証する方法は存在しないわけで、記述に値することではないでしょう。出身過激派についても同様です。
意味不明ですな。反戦地主上がりの政治家の件は、前名護市長が普天間移設問題を語ったインタビューで触れていることですし、当人達の価値観や精神的なハードルなどと重要に関連します(実際そういう話し方になっていてインタビュアーもそういう話は本土には中々伝わらないとも述べている。まあ伝えた新聞もあった筈ですが)。「政治決断」かどうかに限定する必要も無い。貴方の言い分に従えば存命中の過激派が関係した記事は全て記述不能で、成田関係の記事など全く書けないことになります。
>選挙を経たわけでもない、日米間あるいは政府地方自治体間の交渉担当者や行政実務担当者でもない者の評論は、「普天間基地代替施設移設問題」に具体的影響を及ぼしているわけではありませんから、記述の意味はないでしょう。
意味不明。貴方が以前から精力的に投稿されておられるIP氏でしょうか?ならば、件のIP氏がジャーナリストや新聞記者の投稿した記事は全て意味が無いことになりますし、以前県内紙だろうが前進だろうがと言っていた発言とは矛盾しますが?そもそも、実務関係者に限定しろなどというルールは5本の柱にもないし、それ自体が編集者の観点でしょう。どうやら貴方にとっては都合の悪い報道があったようですが、それが掲載された途端に都合のいいルール解釈を行うのはどうなんでしょうね。小学校の件について何時の国会答弁かを明記するならば、その答弁を紹介することはいいでしょうが、田原総一郎氏もこの点を批判していますね。
岩見浩造 2010年5月17日 (月) 23:11 (UTC)
(追記)これも例示しておきましょうか。
>さらに、沖縄の普天間基地返還に伴い、ヘリポートの建設候補地として取りざたされた沖縄県内の嘉手納、読谷、名護、金武の各市町村において、それぞれ地元住民が中心となり、反対集会・デモが行われたほか、中核派をはじめとする極左暴力集団も、「米軍の能力を強化するもの」、「嘉手納基地、岩国基地への移転反対、在日米軍基地全面撤去」等を掲げ、移転先である岩国基地(山口県)の周辺等で、集会・デモ等に取り組んだ。
平成9年警察白書
極左暴力集団は、(中略)一貫して「安保・沖縄闘争」を掲げて、労働者、市民等を巻き込んだ大衆運動を展開するとともに、これら活動を通じて闘争資金や活動家、シンパの獲得を図り、組織拡大に取り組んだ。なかでも、中核派は、8年に引き続き、「安保・沖繩闘争」で違憲共闘会議等との共闘関係を重視したほか、「普天間ヘリポート移設問題」や各地の反基地闘争に介入して地元市民団体との連携を企図した。
平成10年警察白書
最近ではこんなのもありますな(時間ないので引用はしませんが普天間関係の記述もあります)。
内外情勢の回顧と展望平成19年 公安調査庁
岩見浩造 2010年5月17日 (月) 23:44 (UTC)
普天間第二小学校についても追記です。国会答弁を提示されるのは非常に参考になるのですが、「塚越政府委員」の予算に関わる部分をまるっと割愛しないで頂きたいですね。行政側としては予算措置して「移転先で」と言ってるじゃないですか。岩見浩造 2010年5月18日 (火) 00:15 (UTC)
ちょっと時間がないので、一点のみ。国会議事録について。
>予算措置して「移転先で」と言ってる
これはどの発言を指しているんでしょう?
--218.222.50.214 2010年5月18日 (火) 19:57 (UTC)
玉城議員の直後に柴田政府委員と堀越政府委員が答弁し、次の質問に移行していますが、↓のことです。「移転先」は柴田委員の答えで予算措置とは起債が可能という堀越委員の答弁ですね。失礼しました。また、玉城議員の質問の直前に米軍が跡地を使いたいと申し出ていることが指摘されてるのも着目するべきでしょう。只で使えるものではない筈ですから。
>ただ、宜野湾市と話しましたところ、今お話のありましたような移転の計画があるということなので、移転先地において防音工事をやってもらいたいというようなことでやっておるわけでございます。
>先ほど予算と比べての用地購入費のお話がございましたけれども、御参考までに申し上げれば、このようなケースの小中学校の移転に係る用地取得費につきましては、義務教育施設整備事業債という起債が認められることになっているというようなことも聞いておりますし、そういうことも含めてどういうことができるのかよく設置者であるところの宜野湾市を中心にいろいろ御検討いただくことがまず必要ではないかというふうに考えております。
なお、忙しいことは理解しますが、何度読んでも意味が分からない点がもう2点あります。
>その一週間前の徳之島での大会の参加者数や前年11月の(県政野党主導の)大会参加者数について計数したとかいう報道記事があれば記述を残すことも考えられますが。
何故全ての集会について比較が存在しないと掲載してはならないのかが不明です。他の大会については情報が無い以上私は書いていませんし、正誤について編集者の勝手な推論を書くべきでもないと思いますが。なお、過去諸君2006年5月号にて例の恵氏が別の普天間移設反対集会で3万5000人という主催者発表と6000人という警察発表に大きな食い違いが遭ったことに触れていますし、今年の5月には人が集まらず、普天間での人間の鎖を繋ぐ事に失敗したとも報じられていることも付言しておきます。
>島袋宗康氏は既に議員ではないですし、
再編協議が開始された時点では議員でしたし議員時代の活動を検証可能な情報源で記述するのは問題ないはずで、無名の個人でもないことは指摘しておきます。また、恵氏によれば、この主体思想浸透への批判が国会等で暴露されて改正特措法の立法に繋がり、以降反対運動家達は普天間移設問題にウェイトを移した旨述べているので、流れという意味でも無関係ではありません。運動側だって頭位使ってるでしょう。島袋議員達は普天間は例外とも言ってませんし。
また、「反基地運動の問題点」という節名が適切でないとのご指摘ですが、政府や県、米軍や県外の自治体についても何らかの問題が報じられ批判されている中で、沖縄での運動だけ無批判ということも無く、何らかの批判は報じられています。「反基地運動の問題点」という節名は普天間基地や移設候補地を意識して付けましたが、中味は沖縄の反基地運動でも普天間に関わる内容に絞ったことは上述の通りであり、必要があれば「普天間関係の反基地運動の問題点」など、節の改名もありとは思います。
岩見浩造 2010年5月18日 (火) 22:20 (UTC)

>なお、忙しいことは理解しますが、何度読んでも意味が分からない点がもう2点あります。

自分の書いたノート投稿でありながら、日を置いて読み返してみると自分でわけのわからないこと書いてますね・・・お恥ずかしい。後日余裕ができたら補足なり修正なりします。--218.222.50.6 2010年5月19日 (水) 20:22 (UTC)

コメント依頼を出しました

プロバイダがOCNである千葉在住のIPユーザーの行動について、今後どのように対応すれば良いか分からなくなったのでコメント依頼(Wikipedia:コメント依頼/ISP OCN千葉のIP)を出しました。よろしくお願いいたします。--Zakinco 2010年5月20日 (木) 15:03 (UTC)

要出典の文書について

普天間基地代替施設移設問題で少し前に出典のない記事の追加と取り消しが繰り返されており、トークページで出典のない記事は削除されるべき(記事が荒れるので)という合意は取れていると思います。議論が必要なものはトークページで議論されるべきでしょう。 今回、要出典の文書は以下です。

  • 「ただし、地元の代表者である沖縄県知事や名護市長との間との十分な話し合いはなかった。また、社会民主党は決定に強く反対して連立与党を離脱した。」

これについて出典が示されませんでしたのでトークで議論せずに削除しました。そもそも「十分な話し合いはなかった」というのは主観が入っていますし、社民党の件については昨日の時点では離脱予定と書かれていましたので進行中の案件で不適切と思い削除しました。正式報道があってから追加しても遅くないと考えました。

岩見浩造さんは要約欄で「Zakincoさん、あなたも随分安っぽい偏った操作をしますな。貼付されてから少し位は待ってもいいでしょう。どっちも探せば幾らでも出てくる話なのにさぼってるSusukaが悪い。」と書かれています。

岩見浩造さんが記事の充実に大変努力されているのは理解しますが、私の編集を安っぽい偏った操作と非難される理由について説明してください。要出典テンプレートを削除したSusukaさんに不手際があったかもしれませんが、まずトークページで議論を呼びかけてはいかがでしょうか?--Zakinco 2010年5月31日 (月) 01:59 (UTC)

お答えいたします。その書き込みの2文目の通りです。今回の件は少し調べれば誰でも信頼の置ける情報源による出典のひとつ位は見つけられる事でしょう。全国区の話題ですから(特に離脱の方は)。ならば性急に削除せず少しは待つべきではないですか。Zakincoさんは同名でブログを運営し自分の政治色も明らかにされていますし、あの編集は特定のスタンスに基づいてなされたと解する余地があったと思いますよ。それに、私は独自研究の要素が入っていない限り、よほどの理由が無ければ他者の投稿内容を削除することはしません。岩見浩造 2010年5月31日 (月) 12:34 (UTC)
少し血が上ったようです。追記です。編集した当時は対話するまでも無い内容だと思いました。また、私の編集履歴を御覧になればお分かりの通り、私はどちらかと言えば過去のいきさつや海外情勢などのフォローに重点を置いています。これはZakincoさんに向けてのことではないですけど、出典さえ貼付いただけるなら直近のニュースについてどんどん書いていただけると非常にありがたいと考えております。それもまた私の真意です。岩見浩造 2010年5月31日 (月) 12:56 (UTC)
岩見浩造さん、Wikipediaの外でZakincoの名前で運営されているブログについて、ここで議論をすることが適切だとは思いません。それを根拠に「特定のスタンスに基づいてなされたと解する余地があった」と私に言われても何ともコメントできません。仮に岩見浩造さんが見つけられたブログが私と関係があり、政治色が明らかであった場合、Wikipediaの編集をしてはいけないのでしょうか?
私の編集が安っぽい偏った操作だと岩見浩造さんがお考えになった理由が、よくわかりません。要出典範囲のタグが貼られた文書を削除したことでしょうか?トークページで出典を付けろと岩見浩造さんや私を含めて何人かの方から強く言われていますし、何度も出典のない文書の取り消しが行われたので、普天間基地代替施設移設問題では「出典なしは削除」の合意が取れていると私は考えましたが、岩見浩造さんが慎重にとおっしゃるのであれば今後そのように対応します。
岩見浩造さんは「独自研究の要素が入っていない限り、よほどの理由が無ければ他者の投稿内容を削除することはしません」と言われますが、今回の出典のない文書に対してすぐに調べて独自研究の要素がないと判断できるソースを見つけられた後に、要出典範囲を貼り付けられたということでしょうか?もしそうでしたら、中立性の観点や岩見浩造さんの編集が「特定のスタンスに基づいてなされた」と批判されないために、不慣れな利用者に代わって、見つけられたソースを示すのが良いと思います。
編集履歴についてですが、私は岩見浩造さんが何か問題を起こすような編集者であると考えていませんので、編集履歴はまったく見ておらずコメントはできません。
この件についてこれ以上議論しても記事の充実に繋がりそうにありませんので、これで終りにしたいと思います。何かありましたら私のトークページにお願いします。岩見浩造さん、お答えいただいてありがとうございました。--Zakinco 2010年5月31日 (月) 17:29 (UTC)

海外からの工作活動・過激派の浸透について

「その他警察庁より過激派として認知されている革マル派や沖縄独立を主張し左翼団体と共にデモを行っている政治団体『かりゆしクラブ』などは、普天間移設に対しての他、米軍再編の根幹にある安保条約の存在そのものに反対している。中核派も基地移設や安保条約について反対の姿勢をとって運動に参加している。」

この文書ですが、革マル派、かりゆしクラブ、中核派が出している記事をWikipedia:信頼できる情報源と扱って良いのでしょうか?他の記事でもソースとしてほとんど用いられていないように思いますし、私はこれらの組織が出している記事は信頼できる情報源とは考えていません。ご意見ください。--Zakinco 2010年6月21日 (月) 02:22 (UTC)

その記述を行ったのは私です。、革マル派かりゆしクラブ中核派いずれも当該記事には当事者の公然部門へのリンクがあります。類似例としてアレフや英語版のハマスなどもそうですね。また、Wikipedia:信頼できる情報源の「反体制勢力、宗教集団、過激派のウェブサイト」の項目に即した形での表記としております。具体的には「一次資料、つまりそうした組織の意見を論ずる記事に含まれるというのは例外です。」ね。また、この記述は以前IP氏から出された削除依頼に対して反証を例示しました。(御覧になられたのでしょうか?)
ただし、上記「反体制勢力、宗教集団、過激派のウェブサイト」にある
>そのような場合でも、非常に注意して使うべきであり、他の情報源で裏付けすべきです。
に即していないと言えばそうかもしれません。しかしそうであっても、既に上記反論で示した
平成9年警察白書
平成10年警察白書
内外情勢の回顧と展望平成19年 公安調査庁
で裏づけが出来ます。この記述で述べた事実自体には異論が存在しない(当事者も警察・公安も「普天間移設に対しての他~反対の姿勢をとって運動に参加している。」という部分について、同じ事実認識である、つまり過激派側がそのデモは「陰謀」だの「捏造」だの「自分たちはやっていない」だのと騒ぎ立ててないことにも注意してください。私は、現状の過去の経緯などの加筆が完了次第、警察系の情報源を付加し、記述も若干手を入れるつもりではありました。
岩見浩造 2010年6月21日 (月) 13:42 (UTC)
ご意見ありがとうございます。個人的には「反社会的勢力が書いた記事の内容」をWikipediaに載せることに反対ですが、岩見浩造さんが慎重に考慮して追加された記事とのことですので、これ以上議論の必要を感じません。警察系の情報源があるのでしたら早めに付加してください。よろしくお願いします。--Zakinco 2010年6月21日 (月) 15:47 (UTC)

記事分割の提案

みなさんの熱心な編集でこの記事はかなりボリュームが大きくなりました。若干見づらくなっていますので、SACOに関する記事は沖縄に関する特別行動委員会へ分割してはどうでしょうか?よろしくご検討ください。--Zakinco 2010年6月23日 (水) 18:05 (UTC)

SACOでどこまで区切るかなど、少し煮詰めていただければと希望します。岩見浩造 2010年6月24日 (木) 22:09 (UTC)
SACOについて詳しくないので漠然とで申し訳ありませんが、「SACOの設置」「日米会談での普天間返還提案とSACO中間報告」「SACO最終報告の3案」までを分割し、分割先で独立の記事として体裁を整えた方が良いと考えます。そして、普天間基地代替施設移設問題の記事内ではSACOについての記述を簡潔にして、適宜Template:See alsoで参照先を示す方が本文が見やすくなって良いと思います。ただし、岩見浩造さんや他の利用者、編集者の方が、SACOに関する詳しい記述が普天間基地代替施設移設問題の記事内に必要であるとお考えなのであれば、分割の提案を取り下げます。よろしくお願いします。--Zakinco 2010年6月25日 (金) 02:21 (UTC)
テンプレートを使った正式な分割の提案ではなかったのですが、他の編集者の同意が得られそうにありませんので記事分割の提案は取り下げます。岩見浩造さん、コメントしていただいてありがとうございました。--Zakinco 2010年6月30日 (水) 15:56 (UTC)

218.222.46.105氏による「右派論壇の批判」という記述について

>これらの事実から、この批判は、移転計画の時期、用地、予算、市民運動いずれも事実の裏づけがない。

これは貴方の独自研究ですので除去します。何故ならば、記事内で「宜野湾市関係者が証言した」と言う記述そのものがソースになるからです。編集者の結論を提示する場ではありません。それに、G-searchすら使用していないその程度の調査で何故全て潰しきったと判断できるのですか?また、以前議論したように1987年の国会論議では

>義務教育施設整備事業債という起債が認められることになっているというようなことも聞いておりますし

と別の方途による解決策を模索していた件は華麗に無視していますね。また、平安座唯雄市会議員などが議会で移転論を述べて市政批判をしていることは何故無視しているのですか?ところで貴方は以前

>在沖米軍は沖縄の「周辺国からの軍事的な脅威」への対処のために配備されているわけではありません。

と述べて私がソースを提示して引っ込めた方でしょうか?彼や経済準学士氏や船橋IP氏は自分の政治スタンスを明示して編集にかかっていましたが、そのような人物の編集は元々バイアスがかかっていると受け取らざるをえません。貴方はどうなのかは知らないが、同じような手段を使って自分の運動のためだか知らないが百科事典を利用するのはやめていただきたい。それとあの項目に「右派」と言うレッテルを貼るのも問題ですよ。ソースのどこにそんな表現があるのですか?環境派に対する批判や第二小学校への批判は社民党に投票している田原総一郎氏もやってますし、比嘉元市長や島袋前市長、守屋氏は右派ではありませんよ。

岩見浩造 2010年8月15日 (日) 17:10 (UTC)

なお、貴方の文章は本文中に会議名を列挙や箇条書きを列挙するなど可読性を損なうものだと思います。脚注やシャープ、アスターなど必要なタグは適宜利用するようにお願いします。岩見浩造 2010年8月15日 (日) 17:42 (UTC)

更に追記。私も自治体の行政活動に興味を持って色々見てきましたが、御参考に述べるならば、地元で発生している反対運動全てに言及する自治体など左右の別無しにありませんよ。増して広報誌とは、首長のポリシーと生活関連の情報を掲載する場所で、余程のことが無いと自治体の意向に反対する運動に言及はしません。私は以前述べたように沖縄県民ではないですが、最寄の或る自治体の議会史の座談会では、「○○の案件については表立たないように議会で取り上げるのを控えた」と言う述懐すら存在します。

それと、普天間関係では、「福祉の充実より運動優先」の事例が他にも存在し、沖縄タイムスが紹介しているので、後日加筆します。また、返還計画の発表前に宜野湾市が描いていた臨海や幕張とタメを張るような跡地利用構想や、1989年を基準年にし、基地問題に絡めて語られた宜野湾市の新総合計画(2005年に人口10万人を目指す)に言及しないのはどうしてですか?当時は確か7万9000かそこらでしたよね。岩見浩造 2010年8月15日 (日) 19:02 (UTC)

その加筆編集についてのご意見にお答えします。
その加筆の肝は、「全国紙に数えられる新聞の記事でも誤った内容のものがありますよ」ということです。
少なくとも、同小学校の移転案が持ち上がったのは1982年ではないですし、用地が確保された事実もなければ(小渡議員の委員会質問)予算が確保された事実もない(1983年、1984年に市長から施設庁長官宛に出された文書)、これらの点は誰にも疑いようのない事実です。この時期は、国政・市政ともに自民党が与党だった時期であり、その時代においてすら市長の国への要請は通らなかったといえます。
上記の点に比べると、移転阻止をいう市民運動については議論の余地があることを認めます。これについて、『市報ぎのわん』に即して解説いたしましょう。例えばNO.198、1978年6月15日付では、「春闘の経過について 市民のみなさんへ」と題する安次富市長名の記事があって、見出しのみ引用すれば、「一、反動市長とは・・・・・・?」「二、市政の私物化とは・・・?」「三、福祉の切り捨てとは・・・?」「四、不当人事とは・・・?」「市当局の基本姿勢」「五、組合幹部に望む」「春闘ベースアップに対する基本方針」「組合の実態と今春闘のねらいはなにか」というものです。
また、NO.206、1979年2月15日付とNO.207、1979年3月15日付では、2号続けて「新設真志喜中学校のグランド整地について」と題する記事(いずれも無署名)があり、整地工事を自衛隊に依頼したことにつき、賛成反対両方の各種の団体と市長とが会見した、その団体ごとの交渉概要という内容になっています。
さらに、日付表示がないのですが内容からして1979年12月下旬発行と思われる『市報ぎのわん(臨時号)』がありまして、安次富市長名での「期末手当(ボーナス)の六割カットについて」と題するものもあります。労組との団体交渉が決裂し、労組側が市議会開会阻止を図って実力行使に出たので警察を導入した、組合幹部が逮捕されたのは遺憾だ・・・というようなことが書かれています。
少なくとも安次富市政時代は、このように、市長(市当局)と市政野党的立場との交渉が多少なりとも穏やかならざるものであった場合は『市報ぎのわん』に掲載されるという傾向があるといえるのではないでしょうか。無論、例外なくすべて掲載されたとは申しませんが。
その上で、同新聞記事では、同小学校移転阻止ということで、「命をはってでも反対する」とあるわけですね。で、その反対運動があって、計画が頓挫したと。ところが、計画を頓挫させるほどの反対運動でありながら、『市報ぎのわん』には、反対運動の存在を伺わせる程度の記述すら存在しない。また、上記のとおり、市長方針を貫くためには労組幹部(当然ながら市職員ですね)が逮捕されるのも厭わないほどの毅然たる態度をとる市長が、たかが市民運動ごときで計画を止めるってのも変な話です。さらに、別に計画は頓挫したわけではなく、毎年の3月議会の施政方針演説には盛り込まれていますし、用地費補助要請の文書も出されている。何なんでしょうこの事実関係の齟齬は。
1988年ころの桃原市政時代のことについては、手元に資料がほとんどないので現時点で私からの言及はしません。ただ、本文中に紹介したとおり1992年9月の議会議事録には市政野党議員からのものも含め移転反対市民運動に関する発言はないこと、市政としての移転方針撤回は本文中引用の新聞記事にもありますがPTA総会での「現在地での校舎整備を求める決議」の採択をうけてのものであることを述べておきます。議会議事録では、撤回に関する経緯として、同年1月16日に市教委・市三役・市事務担当とPTA役員との最初の会合を持ち、その後の複数の同様の会議で移転した場合・現在地で整備した場合の両方の条件をPTA側に説明し、PTA側の判断を求め、最終的に9月19日のPTA総会臨時会の満場一致での決議採択に至った・・・というようにあります。また、いうまでもなく市政野党議員からはそういう市当局の方針への批判の発言があります。
以上のとおりですから、私の意見としては、同新聞記事には明白な誤りが含まれる、加えて現時点で当該市民運動が存在した証拠は見つけえていない、なかったことを伺わせる状況証拠なら上記のとおり、断定として書いたのがまずいのであればその部分につき削除もやむなし、ということになります。有料データベースをも利用して調べよとのご意見は有難く頂戴しておきますが、ウィキペディアへの記述にそんな条件が必要とされるとは私は認識しておりませんでした。岩見浩造さんでお調べになっていらっしゃっていて、実は当該市民運動が存在したというのであれば、ぜひそれを加筆していただきたい。
>箇条書きを列挙する
これは移転でなく現地改築する理由の部分のことだと思いますが、新聞記事の引用をどう書き写すべきか悩むところです。新聞の原文は丸囲み数字で四項目続けて書いてあるのです。なので、私は丸囲み数字を漢字に変えて、その漢数字と理由文の間に読点を加え、後は句点の省略も含め原文どおりに写したのです。ですので厳密には引用ではなくなっています。この場合、ウィキペディアではどう解決すべきなのかご教授ください。
1987年国会の件、市政として起債という方針がなぜ採用されなかったかについてですが、私は宜野湾市市政に何の関わりも持ちませんし上記のとおり手元に資料もないので加筆しておりません。今後の課題として、1980年以降すべての市議会議事録を精査すれば、起債の件も市民運動の件もその他もろもろ判明することは多いだろうと予想します。が、私としては今年上半期のようなヒマが取れなくなったので、やるとしても遠い将来のことになるでしょう。
さらに、平安座市議の件、跡地利用計画等々の件について、私は全知全能じゃないので、岩見浩造さんが望むような項目選択記述などできませんし、岩見浩造さんの望むような調査記述もできません(「書いてない=(私の意図として≒私にとって都合の悪い内容だったとして)無視した」と断定なさるのはどういうことでしょう)。岩見浩造さんがお調べになっていらっしゃるのでしたら、ぜひ、加筆していただきたいと思います。
また、「書いてないのはなぜか」という問題提起があるのであれば、私もしてみましょう。稲嶺氏の最初の選挙で官房機密費から3億円支出されていた件をお書きにならないのはなぜですか?また、逆もありえます。当小学校移転問題を記述なさったのはなぜですか?基地移転が具体的に動き出すのは1995年であるわけで、時期としても重なっていない。
こんな指摘をしていけばきりがないことは明らかでしょう。すべてを網羅して書くなど土台不可能なわけで、また、書いた理由も書いてない理由もあれこれ何でも考えられるわけで、問題提起自体不毛のひとことです。
あと、
>彼や経済準学士氏や船橋IP氏は~(中略)~やめていただきたい。
とあるのですが、釈迦に説法の類ですが、「「ウィキペディア」は誰でも編集できる~「ウィキペディア」は「著作権を侵害しない」、「検証可能性を満たす」、「独自研究は書かない」、「中立的な観点で書く」等の「ウィキペディア」の基本方針に賛同するならば、誰でも、その場で編集できます。(Wikipedia:ガイドブック)」のですよ。しかも一切が無保証で、です。それは誰にとっても同じ。岩見浩造さんがご不満をお持ちであるのは理解しますが、逆に誰かが岩見浩造さんの編集に不満という可能性はお考えにならないのですか?まあ、私はともかく後の二人についてそういう言及をなさるのはどうでしょうね。「船橋IP氏」は荒らしの要素があるので措くとしても、経済準学士氏にまでそういう要求ができるとは、ウィキペディア上考えられないことです。それにそもそも最初は岩見浩造さんは「船橋IP氏」のブロックに反対していらしたはず。その最初の時点で、「普天間市」という誤記や繰り返しの投稿という形で、荒らしの傾向が見られたんですが。
バイアスについても妙な話です。それでは、岩見浩造さんによる記述にはバイアスは無いとおっしゃるのですか?私としては、
>、「福祉の充実より運動優先」の事例が他にも存在し、沖縄タイムスが紹介しているので、後日加筆します。
という問題提起自体、バイアスだと思います(Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:腕ずくで解決しようとしないetc・・・無論、私個人の考えです)。この辺は、結局は当ノートにおいて議論を積み重ねて、バイアスかそうでないかを分けるしかないのだと思います。「右派」という表現がまずければ、例えば「保守派」ではいかがですか。いずれにせよ、岩見浩造さんの編集には岩見浩造さんなりのバイアスがあるのであって、それが悪いわけではない。
個人的になかなかヒマがとりづらくなったので、私からは、ある程度規模の大きな記述をすることは近い将来にはやりません。このノート投稿も結構時間を食ってしまい、なかなか意も尽くせず難しいところです。せいぜい、私のやったミス(「安次富」を「安次嶺」と書いたミス)ていどの、誤字訂正くらい。というわけで、今後はウォッチングを主にさせていただくということで、よろしく。--218.222.46.124 2010年8月17日 (火) 15:50 (UTC)

>:その加筆の肝は、「全国紙に数えられる新聞の記事でも誤った内容のものがありますよ」ということです。

私も貴方の言いたい趣旨が理解できないわけではありません。しかし、その見解を記述することは独自研究に当たり、これは編集者が指摘して良いことだとは思いません。貴方の研究成果には敬意を表しますが、間違っているという主張を行いたいのであれば、本来外部のサイトで発表すべきことではないですか?

また、『正論』での追跡取材では「市民団体への恐怖心から誰も告発できなかった」との記述があります。突き詰めれば20何年前に言った言わないの問題になりますが、「何故記録が無いのか?」に対する説明にはなっています。それを信じるも信じないも読者の自由ですがね。

なお、多少脱線しますが、本文で紹介していないですが、最初に報じたのはチャンネル桜のようで、3/4【沖縄スペシャル】普天間の真実[桜H21/12/29]なる番組が放送されたそうですね。ここでは安次富市長からの証言と言うことになっていて、市民団体ではなく桃原氏が消極的になったのが原因と言う説明をしています(15分当たり)。

>>、「福祉の充実より運動優先」の事例が他にも存在し、沖縄タイムスが紹介しているので、後日加筆します。
>という問題提起自体、バイアスだと思います

私が船橋IP氏などを持ち出して述べたのは「バイアスを公表して編集する人はそれ相応に疑いをもたれて当然ですよ」、ということです。自由、自由と言うのは勝手ですが、そもそも編集の自由について私が何か述べたのでしょうか?

また、項目自体がバイアスとのことですが、これは以前から申し上げている通り全く理解出来ません。信頼できる情報源により検証可能性を満たせば自由に記述が出来るのがWikipediaだからです。前にも書きましたが、世の中には様々な意見が存在し、その中には反対運動に対して批判的な内容も存在する、というだけのことです。あれだけ騒ぎになればそういう話が出てくるのは当然でしょう。まだ引用する気はないですが、『普天間交渉秘録』のような検証可能な情報源は幾らでも出てくると思いますよ?

飛行場関連で言えば、例えば成田や伊丹では色々な運動がありましたが、これらに対する批判と言うのは信頼できる情報源で行われているので、各論が併記されています。というか、どんな社会問題であってもそうです。私が編集している本文を読めば御分かりの通り、貴方の編集のように政治的な主張に対して「○○は間違い」などと自らの意思を記述した箇所はありません。

Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかを理解していないのは貴方です。現状では「第二小学校移転反対の報道は間違いである」と述べた信頼の置ける情報源は提示されていません。したがって「間違いである」旨の貴方の記述は除去されてしかるべきものです。貴方が本当に行うべきは、自分で穴埋めをしていくことではなく、信頼できる情報源でそう述べている誰かを探してくることです。それに、市議会の会議録や新聞記事などは残してありますね。あれは検証可能な情報源だから。ですから、例えば新聞なり、雑誌なりで反論記事があるというのであれば、それは紹介に値するでしょう。仮にそういったものが存在しても、「○○では産経の説明に△△と反論している」という形になり、「だから間違いである」と書けば独自研究になりますが。

>当小学校移転問題を記述なさったのはなぜですか?

検証可能な情報源により本問題と関連付けて紹介されているからです。ソースを御確認されたのでしょうか?こんな簡単な仕組みが何故理解出来ないのか非常に疑問です。言っておきますが、以前編集にかかわっていた民主党沖縄ビジョンのように、右派だろうが中道だろうが検証不能な記述がを持ち出す人が居れば異議を唱えるだけです。

官房機密費については偶々失念していました。情報源を明示していただければ稲嶺県政がスタートした頃あたりに追記されれば良いかと思います。

>「書いてない=(私の意図として≒私にとって都合の悪い内容だったとして)無視した」と断定なさるのはどういうことでしょう

それはこのノートでの議論で提示した政府答弁を無視していたように見えたからですね。

岩見浩造 2010年8月18日 (水) 16:10 (UTC)

稲嶺氏選挙に官房機密費の件について編集しようとしましたが、プレビュー段階で何かうまくいかないので、リンクを紹介しますからどなたか編集お願いします。琉球新報です。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-166474-storytopic-3.html
とりあえず用件のみですみません。--218.222.53.125 2010年8月18日 (水) 23:20 (UTC)

上述の行きがかりもありましたし、検証可能なので反映しました。岩見浩造 2010年8月19日 (木) 12:30 (UTC)

80年代当時から検証可能な記述は存在し、保革両者の発言がある

お返事が無いようですが、お忙しいと聞いておりますし、参考に供するため続けます。御承知かもしれませんが、この問題は沖縄県議会でも議論されています。

昭和62年第7回沖縄県議会(定例会)第2号10月5日では、友寄信助氏(社会党)より、
同校の移転問題についてはPTAを初め市当局挙げて取り組んでおり、当面する急務の課題となっているのであります。現在、その移転先としてキャンプ瑞慶覧の米軍住宅用地の一部を返還してもらい、そこに同校を設置すべく市当局は防衛施設局を初め関係当局にその早期実現を求めておりますが、施設庁側が、移転の際は現在の普天間第二小学校の敷地及びすべての学校建物を合衆国政府に提供することに応じることという困難な条件を付しているためその調整が進められているのが現状であります。このようなむちゃな条件は基地の整備縮小、市民の同基地撤去を求める声に反するものであり、到底容認できる筋合いのものではありません。

とあります。用地返還を行う代わりに代替施設の提供を図るというのは他の場所(他の同盟国含)でも実施されてきた定番の手法であり、最近刊行された新書『米軍基地と環境問題』でも紹介されていることです。条件付という点について産経等が指摘していないのは片手落ちかもしれませんが、それは時系列順に経緯説明する際にでも触れればいいことですし、下記松本氏のようにその点を端折る人は共産にもいますからね。

平成 4年 第 2回 沖縄県議会(定例会)で、7月6日には、伊佐吉秀氏(自民党)の発言に
移転用地取得の財源の問題、35億とか40億とか言われております。また移転用地として別の軍用地を一部返還した場合は、現学校敷地は危険区域として新たに軍用地として編入するとの条件等を要求するなど到底市民世論として受け入れられない状況にあります。

つまり、現敷地は収容して危険区域扱いとする米軍案に反対したということで当時から反対意見は存在していますし、革新側自身の言でも示されています。

更に、国会会議録にこうした発言があります。第109回国会にて、松本善明(共産)氏が二小について質問した際のものです。

109 - 衆 - 外務委員会 - 3号 昭和62年08月21日
>○松本(善)委員 外務大臣、今返還の問題ということで外務省はお答えになったのだけれども、これは私、今の市長さんに聞いたのでは、前の市長さんは学校の移転という提起をしたのだけれども、今の市長さんは基地を返してほしい、こうおっしゃっている。

ここで、昭和62年当時の市長は桃原氏であり、前の市長は安富次氏になります。したがって、貴方自身がお認めになった通り、貴方の実施した国会の会議録調査には抜けがありました。断定文が独自研究だったのは既に指摘しましたが、反対意見については裏が取れてんですよ。一般論として「存在しないことの証明」は極めて困難ですが、「存在することを提示する」のは検証可能な例を一つ挙げればいいので楽なんですね。

普天間基地、悪いのは誰だ

なお、上記の沖縄の方のブログに2010年8月19日 沖縄タイムス オピニオン面の読者投稿として、黙認耕作地を開放したところ市が二小などの学校施設を建設しまくった旨書かれているのが紹介されており、その記事では小学校を出汁にするなとも言われておるようです。Web版には載せてもらえてないですが、まあ琉球新報だったかで連載している稲嶺知事の回顧録もWeb版では載せてないですし、美味しい記事を載せないのはどこの新聞も同じなのでそれはいいでしょう。

更に、92年の沖縄タイムスの箇条書きの件ですが、先の平成4年第2回定例会にて上記伊佐吉秀氏が

「在沖米軍基地、3分の1に縮小へ 海兵隊、今世紀末までに撤退 米が新国防プラン」と大きく報道され、 1995年をめどに普天間米軍基地が返還されるとの見通しとの報道であります。在沖米海兵隊及び防衛関係筋が否定的見解とのその後の報道でもあります。

と述べています。「返還の機運」なるものは、発表当初から疑念が抱かれ、沖縄タイムスも気にしていたということは認識された方がよろしいかと思います。実際SACOでも移設条件付でしたし、迷走で時間を食ったことも含めれば、良く当たりましたねぇ。

他に、県議会会議録には現地での改築の際、市側より基地敷地の提供を要求し当初米軍が反対した旨も述べられていますね。危ないと言う一方でその危ない基地側に土地を求めた訳です。宜野湾市議会会議録を追うと、結局土地の確保には成功し、2年で3~4億のカネが支出されました。ついでに言えば、土地代は確保できなくても、校舎代は確保してしっかり建替えてます。その上確保した敷地の一部はただの花壇か何かに使われ、それが妙に広く、有効活用とは言えない有様だったとも批判されているようです。以上、御参考までに。

なお、貴方は宜野湾市の住人・関係者ではない旨を言い分とされていましたが、私もその点は同じあり、この程度は市外からも情報は拾えます。岩見浩造 2010年8月21日 (土) 16:22 (UTC)

「これまでの経緯」を複数のセクション分割する提案

これまでの経緯だけで本項目の過半を占めています。これだけ大きい項目なら、もっと多くのセクションが必要だと思います。--大魔王シャザーン 2011年5月7日 (土) 08:08 (UTC)

記事名について(改名提案)

「普天間基地代替施設建設問題」または「普天間基地移設問題」に改名することを提案します。現在の記事名は日本語として誤っています。--49.128.136.127 2012年2月12日 (日) 10:33 (UTC)

賛成 Googleで「普天間基地代替施設移設問題」を検索すると、「普天間基地移設問題」が関連語として出ますが、その逆はありません。「普天間基地代替施設建設問題」は一語としては認識されないようです。このことから「普天間基地移設問題」が適切だと判断します。 --Yhiroyuki 2012年2月27日 (月) 11:37 (UTC)

提案が行われていないなどと言い掛かりを付けられたため、この節が現在進行中であることを示しておきます。--49.128.146.248 2013年2月3日 (日) 06:54 (UTC)

報告 長期間反対がないため、名称および主要リンクを移動しておきました。修正依頼も出しましたが、テンプレート引数などは移動されないと思うので、そちらは個別修正をお願いします。 --Yhiroyuki会話2013年2月3日 (日) 10:25 (UTC)