ダレン・ドロズドフ

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ダレン・ドロズドフ
プロフィール
リングネーム ダレン "ドロズ" ドロズドフ
ドロズ
ピューク
本名 ダレン・ドロズドフ
ニックネーム ザ・ピューク
身長 193cm
体重 120kg
誕生日 1969年4月7日(45歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州メイズランディング
スポーツ歴 アメリカンフットボール
デビュー 1997年
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ダレン・ドロズドフDarren Drozdov1969年4月7日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーニュージャージー州メイズランディング出身。

慢性的な嘔吐症を患っていたことからピュークのニックネームを持ち、入場する際には嘔吐を表現するようなパフォーマンスをしていた。

来歴[編集]

学生時代からアメリカンフットボール選手として活躍。メリーランド大学卒業後、1993年NFLデンバー・ブロンコスにドラフト指名され入団。新人ながらディフェンシブエンドで出場するが、出場した全試合で嘔吐する問題を抱えていた。この事から各メディアから注目され、後に彼の代名詞となるピューク(日本語で嘔吐の意)とニックネームを与えられた。悪評がついて回ったものの試合では活躍し、オフ・ザ・ウォールを受賞。この受賞を機にプロレス団体であるWWFから注目されることになる。

ブロンコス解雇後、獲得に乗り出す球団がなく引退を決意。プロレスラーへ転向し1997年ECWにてランス・ライトとタッグを組んでブラッカス & ダグ・ファーナス戦にてプロレスラーデビューを果たした。

1998年WWFと契約し入団。前述の慢性的に嘔吐をする癖をギミックに用いてピュークPuke)というリングネームでデビュー。LOD2000(Legion of Doom 2000)にメンバー入りし活動。7月には格闘技トーナメントであるBrawl for Allに出場し、準決勝まで進出する活躍を見せた。LOD2000のメンバーであるホークが欠場したことからアニマルとのタッグで活動するが、ホークの復帰に伴いLOD2000と対立し、抗争するアングルが組まれた。

LOD2000との抗争終了後、アルバートとタッグを組んで活動するが、1999年10月5日、SmackDown!にてディーロ・ブラウンとの対戦中、パワーボムを喰らった際に立てなくなったことから試合は中断され、病院へと搬送されるが脊髄を損傷し下半身不随になってしまった。結局この怪我により間もなく引退を迎えた。

引退した同年からWWEのスタッフ兼コラムニストとして働いている[1]

その他[編集]

  • WWFのドキュメンタリー映画であるビヨンド・ザ・マットに出演した際、会長であるビンス・マクマホンと面接した時に「いつでも嘔吐することができる」ことをアピールしたことで入団できたと語っている。
  • 1999年、WWFのスタッフを務め始めた頃に同業者であるジュリー・ヤングバーグと結婚するが2005年に離婚した。

得意技[編集]

ニュージャージー・ナップタイム
フィニッシャー。シットダウン・パワーボム
スピアー
ダイビング・エルボー・ドロップ
ダイビング・ラリアット
リーピング・クローズライン
ジャンピング・エルボー・ドロップ
ドゥームズデイ・デバイス
アニマルとの合体技。ダブル・インパクト

脚注[編集]

  1. ^ Darren Drozdov iMDb、2013年12月24日閲覧。

外部リンク[編集]