ザ・ミュージック

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ザ・ミュージック
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド リーズ
ジャンル ニューウェーブ
インディーロック
オルタナティヴ・ロック
活動期間 1999年 - 2011年
レーベル EMI
Hut
キャピトル
公式サイト www.themusic.co.uk
メンバー
ロバート・ハーヴェイ
アダム・ナッター
ステュワート・コールマン
フィル・ジョーダン

ザ・ミュージック (The Music) は、イギリスリーズ出身の4人組ロックバンド

来歴[編集]

1999年にバンド結成。2001年、『テイク・ザ・ロング・ロード・アンド・ウォーク・イット』のデモが出回り、NME誌において「未だ契約されていない最高のバンド」と紹介される。その後 Hut Records と契約、2002年4月に出したシングル『ザ・ピープル』がスマッシュ・ヒットするや、日本でも話題になり始める。ファースト・アルバム『ザ・ミュージック』を9月にリリース(日本では8月に先行リリース)し、そのヒットによってその人気を確固たるものにした。 2004年9月にセカンド・アルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・ノース』をリリース。「全米進出」を目標に重厚かつ派手なサウンドメイクが施されたこのアルバムを引提げ、全米ツアーを中心に1年以上に渡る世界ツアーを行う。しかし多忙なスケジュールとバンドと事務所間の意見の対立、そこにロブのスランプが重なりバンドとしてのモチベーションが減退、以降活動も膠着状態に陥る。

2007年に Polydor UK と新たに契約を結ぶ。U2ザ・キラーズのプロデュースで知られるFloodとオービタルのポール・ハートノルをプロデューサーに迎えてレコーディングを行い、2008年6月に4年ぶりのニューアルバムとなるサード・アルバム『ストレングス・イン・ナンバーズ』をリリース。シングルを含めても先行シングルである『ストレングス・イン・ナンバーズ』を除いて3年半ぶりのリリースとなった。

2011年、夏に日本とイギリスで行われるラスト・ツアーを最後に解散することを発表した[1]

フジロッカーとしての一面[編集]

ザ・ミュージックはとりわけ親日家として強力なファンベースを日本に持つ。きっかけはアルバムデビュー前の2002年フジロック・フェスティバルでのパフォーマンスであろう。まったくの無名新人であった彼らの演奏は各所で話題をさらい、日本での人気爆発を呼び込んだ。以降、毎年のように日本公演が実現することとなったが、その発端であるフジロックには2009年現在までに都合5度の出演を果たしている。その内、2003年の出演時には、自らの出番を終えていたものの、キャンセルとなってしまったザ・コーラルの穴埋め代打を快諾して2日連続の登場。翌年2004年にはサマーソニック出演で来日したが、これを利用し、休暇を兼ねた全くの自腹・プライベートでフジロックに観客入りしたことは有名なエピソードである(しかも、その年の大トリを務める予定であったモリッシーのドタキャンにより最終日のヘッドライナーが空位となった際は、ザ・ミュージックの来訪中を知る多くの関係者から03年よろしく代打登板でヘッドライナー打診論が起きたほどである。結局、公私合わせ05年までで4年連続のフジロック参加となった。)。しばらくのインタバールを経た2008年には満を持してホワイト・ステージの大トリを務めたが、超満員の観衆を集めて当然の入場規制となる。 2011年日本での最後のライブで遂にクロージングアクトとしてグリーンステージに立つ。

バンド側もフジロックを世界に唯一無二の至高のフェスティバルであると公言してはばからず、ヨーロッパ・ツアーのライヴ衣装として、フジロック物販で購入したと思しきオフィシャルTシャツを着用しているメンバーの姿が「フジロッカー=ザ・ミュージック」を印象付けている。

メンバー[編集]

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ザ・ミュージック、日本&UK公演を最後に解散

外部リンク[編集]