ケーニヒスベルク (軽巡洋艦・3代)

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Kreuzer-Koenigsberg.jpg
艦歴
発注:
起工: 1926年4月12日
進水: 1927年3月26日
就役: 1929年4月17日
退役:
その後: 1940年4月10日に戦没
除籍:
性能諸元
排水量: 7,700 トン
全長: 174 m
全幅: 15.2 m
吃水: 6.28 m
機関:
最大速: 32ノット (59 km/h)
兵員: 514名 - 850名
兵装: 15cm砲9門
88mm砲6門
37mm対空砲8門
21インチ魚雷発射管12門
艦載機: ハインケル He 60 2機

ケーニヒスベルク (Königsberg) は、第一次世界大戦後に建造されたドイツ海軍軽巡洋艦K級巡洋艦の一隻。

艦歴[編集]

ケーニヒスベルクはヴィルヘルムスハーフェンで1926年4月12日に起工し、1927年3月26日進水。1929年4月17日就役。1929年12月17日に艦隊に加わった。

ケーニヒスベルクは1930年1月1日から1936年2月23日まで偵察艦隊旗艦であった。第二次世界大戦勃発までの間、ケーニヒスベルクは地中海ノルウェーイギリスポーランドフィンランドスウェーデンを訪れた。

スペイン内戦時には、先にスペインに派遣されていた軽巡洋艦ケルンと交代するため、1936年11月25日にキールを出港。18日にスペインのエル・フェロルに着き、翌年の1月15日にキールに帰還するまでスペイン周辺で活動した。

第二次世界大戦が始まると、ケーニヒスベルクは他の駆逐艦などと共に、北海での機雷敷設に従事した。

1940年4月、ケーニヒスベルクはノルウェー侵攻(ヴェーザー演習作戦)にベルゲン攻略に当たるグループ3の1隻として参加した。ベルゲン占領に向かったのはケーニヒスベルクの他に、軽巡洋艦ケルン、砲術練習艦ブレムゼ、水雷艇レオパルトヴォルフSボート母艦カール・ペーターズとSボート5隻、武装トロール船2隻であった。4月7日の夜中、上陸部隊を載せたケーニヒスベルクとケルン、ブレムゼはヴィルヘルムスハーフェンを出撃した。途中で水雷艇などと合流し、9日早朝ベルゲンに接近した。その際、ノルウェー軍の砲台からの砲撃でケーニヒスベルク、ブレムゼ、カール・ペーターズが命中弾を受けた。ケーニヒスベルクには2発乃至3発が命中した。ベルゲン市街や港などは同日中にドイツ軍の手に落ちた。

4月10日朝、応急修理のためベルゲンに留まっていたケーニヒスベルクはイギリス軍機の攻撃を受けた。攻撃したのは、オークニー諸島から発進したスクア急降下爆撃機であった。ケーニヒスベルクには少なくとも3発の爆弾が命中し、転覆沈没した。

外部リンク[編集]