クラウディア・デ・メディチ
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クラウディア・デ・メディチ(Claudia de'Medici, 1604年6月4日 - 1648年12月25日)は、オーストリア大公レオポルト5世(神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の弟)の妃。
トスカーナ大公フェルディナンド1世と妃クリスティーヌ・ド・ロレーヌの末娘として、フィレンツェで生まれた。1620年にフェデリーコ・デッラ・ローヴェレ(ウルビーノ公フランチェスコ・マリーア2世の息子)と結婚。唯一の子ヴィットーリアはトスカーナ大公フェルディナンド2世の妻となった。
1622年にフェデリーコと死別。1626年4月、レオポルドと再婚。5子をもうけた。
- マリア・エレオノーレ(1627年 - 1629年)
- フェルディナント・カール(1628年 - 1662年) チロルの領主。アンナ・デ・メディチと結婚。
- イザベラ・クララ(1629年 - 1685年) マントヴァ公カルロ2世と結婚。
- ジギスムント・フランツ(1630年 - 1665年) チロルの領主。ズルツバッハ方伯女マリア・ヘートヴィヒ・アウグステと結婚。
- マリア・レオポルディーネ(1632年 - 1649年) 神聖ローマ皇帝フェルディナント3世の皇后
1648年、クラウディアはインスブルックで死去した。