クラウディア・デ・メディチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
クラウディア・デ・メディチ

クラウディア・デ・メディチ(Claudia de'Medici, 1604年6月4日 - 1648年12月25日)は、オーストリア大公レオポルト5世神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の弟)の妃。

トスカーナ大公フェルディナンド1世と妃クリスティーヌ・ド・ロレーヌの末娘として、フィレンツェで生まれた。1620年にフェデリーコ・デッラ・ローヴェレ(ウルビーノフランチェスコ・マリーア2世の息子)と結婚。唯一の子ヴィットーリアはトスカーナ大公フェルディナンド2世の妻となった。

1622年にフェデリーコと死別。1626年4月、レオポルドと再婚。5子をもうけた。

1648年、クラウディアはインスブルックで死去した。