フェルディナント・カール・フォン・エスターライヒ=ティロル

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フェルディナント・カール大公

フェルディナント・カール・フォン・エスターライヒ=ティロル(Ferdinand Karl von Österreich-Tirol, 1628年5月17日 - 1662年12月30日)は、オーストリア大公(前方オーストリア大公)。前方オーストリア(Vorderösterreich)とチロルを治めた。大公レオポルト5世クラウディア・デ・メディチの長男。

1632年、父レオポルトの死により家督を相続したが、若年のため1646年まで母クラウディアが後見した。

1646年トスカーナ大公コジモ2世と妃マリーア・マッダレーナの娘で、父方でも母方でも従姉に当たるアンナ・デ・メディチと結婚した。2人の間には2女が生まれた。

男子がいなかったため、弟ジギスムント・フランツが後継者となった。

先代:
レオポルト5世
前方オーストリア大公
1632年(1646年) - 1662年
次代:
ジギスムント・フランツ