オペル・GT
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| オペル・GT | |
|---|---|
| 販売期間 | 1968年 - 1973年 |
| 乗車定員 | 2人 |
| ボディタイプ | 2ドア クーペ |
| エンジン | 直4ガソリンSOHC1897cc・90馬力 |
| 変速機 | 4速MT |
| 駆動方式 | FR |
| サスペンション | 前:独立 ダブルウィッシュボーン・横置きリーフ 後:固定 トレーリングアーム パナールロッド・コイル |
| 全長 | 4115mm |
| 全幅 | 1580mm |
| 全高 | 1225mm |
| ホイールベース | 2431mm |
| 車両重量 | 940kg |
| -自動車のスペック表- | |
オペル・GTはドイツの自動車メーカーアダム・オペル社が1968年から1973年まで生産した2人乗りスポーツカーである。
母体は1965年のフランクフルトモーターショーに出品された、当時のレコルト1900(B)をベースとした「グランツリスモ・クーペ」で、これが好評であったことから1968年秋、カデット(B)のシャシーを用い、フランスのコーチビルダー「ブリッソノー・エ・ロッツ(Brissonneau et Lotz)」が車体製造・組立を行う形で発売された。
バリエーションは1897cc90馬力の1900GTと、1078cc60馬力の1100GTの二種類で、前者にはオートマチックも用意された。最高速度は1900GTが185km/h、1100GTが155km/hとされた。同じGM系のシボレー・コルベットに似たスタイルと、エンジンのチューンが低く扱いやすいことが受けて、特にアメリカ市場では手軽なパーソナルカーとして人気を呼んだ。絶対的に馬力不足な1100GTは1970年に生産中止され、1900GTはアメリカの厳格化された安全基準に対応出来なくなり、ブリッソノー・エ・ロッツがルノー社の傘下に入ったため1973年で生産は終了した。総生産台数は10万3000台余りという。
日本でも当時の輸入元・東邦モーターズによって比較的多数が販売された。1969年当時の1900GTの価格は235万円で、ほぼトヨタ・2000GT並みであった。
参考文献 [編集]
二玄社 別冊CG『自動車アーカイブVol7 70年代のドイツ車編』
| オペル・ロードカータイムライン、1947年–1970年代 - (1980- →) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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| Type | 1940年代 | 1950年代 | 1960年代 | 1970年代 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
| 大衆車 | カデット A |
カデット B |
カデット C |
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| オリンピア | オリンピア ・レコルト |
オリンピア A |
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| 小型車 | レコルト P1 |
レコルト P2 |
アスコナ A |
アスコナ B |
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| 中型車 | レコルト A |
レコルト B |
レコルト C |
レコルト D |
レコルト E |
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| カピテーン | カピテーン | カピテーン P1/P2 |
コモドーレ A |
コモドーレ B |
コモドーレ C |
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| 大型車 | カピテーン/ アドミラル/ ディプロマートA |
カピテーン/ アドミラル/ ディプロマートB |
セネター / モンツァ | ||||||||||||||||||||||||||||||
| スポーツカー/スペシャリティカー | オペル・GT | ||||||||||||||||||||||||||||||||
| マンタA | マンタB | ||||||||||||||||||||||||||||||||