イクル

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Uccle (フランス語)
Ukkel (オランダ語)
町役場
イクルの旗 イクルの紋章
イクルはブリュッセル首都圏地域にあるの位置
イクルはブリュッセル首都圏地域にある
イクルの位置
イクル
ベルギー内の位置
ベルギー ベルギー
地域  ブリュッセル首都圏地域
共同体 ワロン地域 フランス語共同体
フランデレン地域 フラマン語共同体
行政区 ブリュッセル
座標 北緯50度48分0秒 東経04度20分0秒 / 北緯50.80000度 東経4.33333度 / 50.80000; 4.33333座標: 北緯50度48分0秒 東経04度20分0秒 / 北緯50.80000度 東経4.33333度 / 50.80000; 4.33333
面積 22.91 km²
人口
– 男性
– 女性
– 密度
77589人(2010-01-01)
46.03%
53.97%
3387人/km²
失業率 12.2% (2006年1月1日)
平均年収 €14,339/pers. (2003年)
首長 Armand De Decker
郵便番号 1180
エリアコード 02
ウェブサイト www.uccle.be

イクル(フランス語: Uccleオランダ語: Ukkel)は、ベルギーブリュッセル首都圏地域にある19の基礎自治体のうちの1つである。緑が多く家賃が高い裕福な地域として知られている。

歴史[編集]

イクルにある聖ペトロ教会は、803年にカール大帝リエージュ司教領が列席し、教皇レオ3世により奉納されたと言い伝えられている。翌世紀、何人かの貴族がここに荘園を築き、居住した。現在はWolvendaelと変わっているWoluesdalという名前が初めて現れたのは、1209年である。1467年、ブルゴーニュ公フィリップ3世の妃イザベル・ド・ポルテュガルは、イクルにフランシスコ会の女子修道院を作った。後に、イクルはブリュッセルを含む地域の司法上の首都となった。しかしその歴史の初期において、イクルの村は常に田園的であり、林業や農業で生計を立てていた。

18世紀末にフランス革命が起こってから数年後、イクルは近隣の自治体と合併されて、独自の首長を持つコミューンとなった。しかし最初の役場ができたのは、オランダ当局の許可が下りた1828年になってからだった。この頃は、ブリュッセルと南部工業地帯を結ぶ2つの主要道に隣接し、経済繁栄と成長の時代だった。1872年から1882年には、新しくより大きい役場が建てられた。銀行家で篤志家のGeorges Brugmannは、この世紀の終わり頃に町の都市化に大きく貢献した。20世紀初頭には、Michel van Gelderが町の名前からd'Uccleと命名された新しいニワトリの飼育を導入した。20世紀初頭には建設が盛んに行われたが、イクルの町は緑の地域を何箇所かそのままの姿で残しておくことに成功し、現在ブリュッセル地域の多くの富豪を惹きつける結果となっている。

ForestやIxellesを越え、Forêt de Soignesの郊外に位置し、イクルはブリュッセルで最も大きく、最も南にあるコミューンである。19世紀に作られた広い庭付きの大きな一戸建てが、この緑が多く静かな郊外の住宅地を、裕福な国外居住者に人気のあるものにしている。王立天文台の周りのアール・デコ調の地域とForêt de Soignesに隣接する地域の2箇所は、特に人気のある地区となっている。

主な見所[編集]

  • イクルの多くは住宅地であるが、Park of WolvendaelやVerrewinkel Woods等の公園や森が多くある。有名な公園Bois de la Cambreもすぐ西にある。
  • 聖ペテロ教会と市役所の周りは、この町で最も古い地区であり、現在は商店やパブが多くある。
  • イクルには、ベルギーの国立気象台である王立気象学研究所がある。ベルギーの天気に関するあらゆる情報はイクルで記録される統計に基づく。すぐ隣にはベルギー王立天文台がある。
  • Dieweg Cemeteryとして知られるイクルの墓地は、1866年のブリュッセルでのコレラの流行を受けて作られた。樹木や古い石が独特でロマンティックな雰囲気を醸している。
  • Bloemenwerfと呼ばれるアール・ヌーヴォー調の別荘は、建築家のアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデによって建てられた。

著名な居住者[編集]

Rue du Kriekenput
1694年のPaepenkasteel
1777年のイクルの地図
Paepenkasteelの塔

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]