アンネ=ゾフィー・ムター
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アンネ=ゾフィ・ムター(Anne-Sophie Mutter, 1963年6月29日 - )はドイツ人ヴァイオリニスト。アンドレ・プレヴィンとは2006年8月に離婚。
バーデン出身。バーゼル近郊のラインフェルデン出身とされていたこと、スイス楽壇(とりわけパウル・ザッハー)とのゆかりの深いことから、日本ではスイス人とする資料もあるが、生地はスイス側のラインフェルデンではなく、ドイツ側の同名の町である。
5歳のとき、初めピアノの手ほどきを受けたが、間もなくヴァイオリンに変更する。ヘンリク・シェリングに師事。早くから受賞歴を重ねたため、音楽に打ち込めるように学校教育を免除された。13歳でヘルベルト・フォン・カラヤンに招かれ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演、国際的に天才少女の名をほしいままにする最初のきっかけとなる。1977年には、ダニエル・バレンボイム指揮のイギリス室内管弦楽団と共演して、ザルツブルク音楽祭にもデビューした。
15歳でカラヤン指揮のベルリン・フィルと共演で、モーツァルトの協奏曲を録音。1980年にはズービン・メータ指揮のニューヨーク・フィルハーモニックと共演して、アメリカ・デビューを飾る。1988年に北米大陸縦断コンサートを行なった際、カーネギー・ホールにデビューした。
レパートリーは広く、ヴィヴァルディから現代音楽までを扱うが、とりわけ得意は新ウィーン楽派やバルトーク、アンリ・デュティユーなどの近現代の音楽である。2000年にはベートーヴェンのソナタの録音でグラミー賞にノミネートされた。
[編集] 指揮活動
最近はヴァイオリンを弾きながらの、いわゆる弾き振りにも精力的な姿勢を見せ、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲などで見事な演奏を聴かせている。数年間にわたる指揮者としての勉強がスコアの解釈を大きく変え、細部への興味が増したと述べている。
[編集] モーツァルトへの傾倒
約20年間の現代音楽への取り組みによって、古典への解釈も変わったという。また、指揮活動を始めたためモーツァルトを研究しなおし、「カラヤンにすべてを任せてヴァイオリンに集中するのとはわけが違う。ホルンなどの移調楽器の細かい質問にも答えないといけない」また、「作品は人生と同じで、ただ劇的な曲、甘いだけの曲なんてない。モーツァルトの作品は雲間から差す太陽の光のように年齢を重ねるほどにその音楽の奥深さにひきつけられてゆく」とも述べ、また「モーツァルトの曲は俳句のように多くの意味が込められているが、文体は簡潔なように、モーツァルトにも行間を読む能力が求められる。モーツァルトの音楽は静寂に始まり、静寂に消えてゆく。美と静寂を合わせ持つ音楽がモーツァルトだ」と語るなど最近は特にモーツァルトへの傾倒を深めているように見える。紡ぎだす音楽も以前にも増してニュアンスの変化に富み、陰影と幅を増し、技巧の完璧さもさることながら表現に深みを加えつつある。


