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'''バセドウ病'''または'''バセドー病'''(バセドウびょう、バセドーびょう、 {{lang-de-short|Basedow-Krankheit}})<ref>バセドウ氏病とも。ドイツ語の"ow"は「オウ」という二重母音ではなく「オー」と長音で発音されるため、正確には「バーゼドー」だが、慣用として「バセドウ病」という表記が定着している。</ref>とは、[[甲状腺]][[自己抗体]]によって[[甲状腺]]が瀰漫(びまん)性に腫大する[[自己免疫疾患]]([[アレルギー#Ⅴ型アレルギー|Ⅴ型アレルギー]])。英語圏では'''グレーブス病'''(グレーブスびょう、 {{lang-en-short|Graves' disease}})と呼ばれる。{{仮リンク|ロバート・ジェームス・グレーブス|en|Robert James Graves}}(1835年)と[[カール・アドルフ・フォン・バセドウ]](1840年)によって発見、報告された。かつては発見者のカール・フォン・バセドウ(Carl von Basedow)にちなみ、バセドウ氏病と呼ばれた。 |
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== 病態・原因 == |
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[[甲状腺]]の表面には、[[下垂体]]によって産生される[[甲状腺刺激ホルモン]] |
[[甲状腺]]の表面には、[[下垂体]]によって産生される[[甲状腺刺激ホルモン]](TSH)の[[受容体]]([[甲状腺刺激ホルモン受容体]]、TSHレセプター)が存在する。バセドウ病では、この受容体に対する[[自己抗体]]([[抗TSHレセプター抗体]]、TRAb)が生じ、それがTSHの代わりにTSHレセプターを過剰に刺激するために、[[甲状腺ホルモン]]が必要以上に産生されている。甲状腺ホルモンは全身の[[新陳代謝]]を高めるホルモンであるため、このホルモンの異常高値によって代謝が異常に活発になることで、心身に様々な影響を及ぼす。 |
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この自己抗体産生が引き起こされるメカニズム・原因は、2007年現在不詳である(以下に述べるように2017年にはメカニズム・原因ともに判明)。過度な[[ストレス (生体)|ストレス]]・過労が発症・再発に関与しているという説もある。またバセドウ病を発症する場合、多くはその家系内に甲状腺関連の病気を患った事が多いことから[[遺伝]]的な要素が多いと考えられる。 |
この自己抗体産生が引き起こされるメカニズム・原因は、2007年現在不詳である(以下に述べるように2017年にはメカニズム・原因ともに判明)。過度な[[ストレス (生体)|ストレス]]・過労が発症・再発に関与しているという説もある。またバセドウ病を発症する場合、多くはその家系内に甲状腺関連の病気を患った事が多いことから[[遺伝]]的な要素が多いと考えられる。なお、[[ヨウ素]]の摂取量が少ない地域([[西ヨーロッパ]]など)では、ヨウ素を大量摂取することで、潜在的なバセドウ病が発症することがある。これをヨードバセドウ病と呼ぶ。 |
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⚫ | 2011年から鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の長田佳子らの研究グループは、'''[[エプスタイン・バール・ウイルス]]'''(EBウイルス)という[[B細胞]]指向性で9割以上の人間が保有している[[ヘルペスウイルス]]の一種の再活性化とバセドウ病の自己抗体([[抗TSHレセプター抗体]]、TRAb)産生との関連を指摘し始めた<ref>Nagata K, Fukata S, Kanai K, Satoh Y, Segawa T, Kuwamoto S, Sugihara H, Kato M, Murakami I, Hayashi K, Sairenji T (2011). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21449724 "The influence of Epstein-Barr virus reactivation in patients with Graves' disease"]. ''Viral Immunology''. '''24''' (2): 143-9., {{PMID]|21449724}}, {{doi|10.1089/vim.2010.0072}}</ref><ref>Nagata K, Higaki K, Nakayama Y, Miyauchi H, Kiritani Y, Kanai K, Matsushita M, Iwasaki T, Sugihara H, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Nanba E, Kimura H, Hayashi K (2015). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5351790/ "Presence of Epstein-Barr virus-infected B lymphocytes with thyrotropin receptor antibodies on their surface in Graves' disease patients and in healthy individuals"]. ''Autoimmunity''. '''47''' (3):193-200., {{PMC |5351790}}, {{PMID|24467196}}, {{doi|10.3109/08916934.2013.8798}}</ref><ref>Nagata K, Nakayama Y, Higaki K, Ochi M, Kanai K, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Iwasaki T, Nanba E, Kimura H, Hayashi K (2015). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25759125 "Reactivation of persistent Epstein-Barr virus (EBV) causes secretion of thyrotropin receptor antibodies (TRAbs) in EBV-infected B lymphocytes with TRAbs on their surface"]. ''Autoimmunity''. '''48''' (5): 328-35., {{PMID|25759125}}, {{doi|10.3109/08916934.2015.1022163}}</ref><ref>Nagata K, Okuno K, Ochi M, Kumata K, Sano H, Yoneda N, Ueyama J, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Kanzaki S, Hayashi K (2015). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4549369/ "Production of thyrotropin receptor antibodies in acute phase of infectious mononucleosis due to Epstein-Barr virus primary infection: a case report of a child"]. ''Springerplus''. '''27'''; 4: 456., {{PMC|4549369}}, {{PMID|26322262}}, {{doi|10.1186/s40064-015-1236-8}}</ref><ref>Kumata K, Nagata K, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Fukata S, Hayashi K (2016). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27529807 "Thyrotropin Receptor Antibody (TRAb)-IgM Levels Are Markedly Higher Than TRAb-IgG Levels in Graves' Disease Patients and Controls, and TRAb-IgM Production Is Related to Epstein-Barr Virus Reactivation"]. ''Viral Immunology''. '''29''' (8): 459-463., {{PMID|27529807}}, {{doi|10.1089/vim.2016.0043}}</ref>。 |
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なお、[[ヨウ素]]の摂取量が少ない地域([[西ヨーロッパ]]など)では、ヨウ素を大量摂取することで、潜在的なバセドウ病が発症することがある。これをヨードバセドウ病と呼ぶ。 |
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⚫ | そして最終的に2017年、鳥取大学の研究グループはバセドウ病の自己抗体([[抗TSHレセプター抗体]]、TRAb)が、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子の一つLMP1による、T細胞非依存性のCD40の共刺激シグナルの模倣によって引き起こされる[[NF-κB]]活性化によってトランスフォーメーション([[形質転換]])した、EBウイルスに感染したTRAb陽性[[B細胞]]から産生されていることを[[分子生物学]]的に証明した<ref name=":0">Nagata K, Kumata K, Nakayama Y, Satoh Y, Sugihara H, Hara S, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Hayashi K (2017). [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5393416/ "Epstein-Barr Virus Lytic Reactivation Activates B Cells Polyclonally and Induces Activation-Induced Cytidine Deaminase Expression: A Mechanism Underlying Autoimmunity and Its Contribution to Graves' Disease"]. ''Viral'' ''Immunology''. '''30''' (3): 240-249., {{PMC|5393416}}, {{PMID|2833576}}, {{doi|10.1089/vim.2016.0179}}</ref><ref>長田佳子、林一彦[http://www.kahyo.com/item/M201609-663 「EBウイルスはバセドウ病の発症や憎悪の最終因子となる」]''臨床免疫・アレルギー科 = Clinical immunology & allergology''. '''66''' (3), 261-266, 2016-09. 科学評論社</ref>。 |
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⚫ | その2017年の論文<ref name=":0" />によれば、バセドウ病を引き起こすのは[[免疫グロブリンG|IgG]]1のアイソタイプを持ったTRAbであり、そのためにはTRAb陽性B細胞で[[免疫グロブリン]]([[抗体]])の[[クラススイッチ]]遺伝子再編成を引き起こす[[活性化誘導シチジンデアミナーゼ]](AID)の発現が必須となるが、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP1は[[T細胞]]非依存性にCD40のシグナルを模倣し[[NF-κB]]を活性化させることができ、NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こす[[免疫グロブリンG|IgG]]1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるということである。 |
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== 統計 == |
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バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気、すなわち[[甲状腺機能亢進症]]を起こす代表的な病気である。中年以上の女性がバセドウ病に罹患した場合、[[更年期障害]]と勘違いする事が多い。 |
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気、すなわち[[甲状腺機能亢進症]]を起こす代表的な病気である。中年以上の女性がバセドウ病に罹患した場合、[[更年期障害]]と勘違いする事が多い。 |
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ほかの甲状腺の病気と同じように女性に多い病気だが、その比率は男性1人に対して女性4人ほど。甲状腺の病気全体の男女比は男性1対女性9の割合であるから、甲状腺の病気のなかでは比較的男性の比率が高い病気である。 |
ほかの甲状腺の病気と同じように女性に多い病気だが、その比率は男性1人に対して女性4人ほど。甲状腺の病気全体の男女比は男性1対女性9の割合であるから、甲状腺の病気のなかでは比較的男性の比率が高い病気である。発病年齢は、20歳代と30歳代で全体の過半数を占め、次いで40歳代、50歳代となっており、青年から壮年に多い病気といえる。何らかの[[アレルギー]]を持っている人が多い。 |
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発病年齢は、20歳代と30歳代で全体の過半数を占め、次いで40歳代、50歳代となっており、青年から壮年に多い病気といえる。何らかの[[アレルギー]]を持っている人が多い。 |
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EBウイルスに感染したB細胞からバセドウ病の自己抗体([[抗TSHレセプター抗体]]、TRAb)が分泌されることを証明した論文<ref name=":0" />によれば、EBウイルスに感染したB細胞は、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP1によって多クローン性に[[クラススイッチ]]させられ[[免疫グロブリンE|IgE]]のアイソタイプを持った抗体を分泌しうるので、これにより何らかのアレルギーを持つバセドウ病患者が多い現象を説明しうる。 |
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== 症状 == |
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== 治療 == |
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=== 薬剤による治療 === |
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甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬:[[メチマゾール]](チアマゾール、メルカゾール)、チウラジール(プロバジール)を、規則的に服用する方法。定期的に甲状腺ホルモンの量を測定しながら、適切な量の薬を服用することで、血液中の[[甲状腺ホルモン]]の濃度を正常にする。薬で甲状腺刺激ホルモンの量を調整することで普通の人と変わらない生活を営むことができるが、甲状腺刺激抗体が消えるまで薬を飲みつづける必要がある為、完治には長い期間を要する。副作用としては、5%に皮膚の炎症、0.05%に白血球の減少や[[無顆粒球症]]が生じることがある。これらの副作用は服用開始から3か月以内に現れることが多い。無顆粒球症が生じたら直ちに服薬を中止し、他の治療法に切り替える必要がある。 |
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬:[[メチマゾール]](チアマゾール、メルカゾール)、チウラジール(プロバジール)を、規則的に服用する方法。定期的に甲状腺ホルモンの量を測定しながら、適切な量の薬を服用することで、血液中の[[甲状腺ホルモン]]の濃度を正常にする。薬で甲状腺刺激ホルモンの量を調整することで普通の人と変わらない生活を営むことができるが、甲状腺刺激抗体が消えるまで薬を飲みつづける必要がある為、完治には長い期間を要する。副作用としては、5%に皮膚の炎症、0.05%に白血球の減少や[[無顆粒球症]]が生じることがある。これらの副作用は服用開始から3か月以内に現れることが多い。無顆粒球症が生じたら直ちに服薬を中止し、他の治療法に切り替える必要がある。(好中球数 1000個/μLを下回れば中止とする。) |
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* メルカゾールではMPO-ANCA関連[[血管炎]]がまれに引き起こされる。 |
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2017年12月15日 (金) 05:22時点における版
バセドウ病またはバセドー病(バセドウびょう、バセドーびょう、 独: Basedow-Krankheit)[1]とは、甲状腺自己抗体によって甲状腺が瀰漫(びまん)性に腫大する自己免疫疾患(Ⅴ型アレルギー)。英語圏ではグレーブス病(グレーブスびょう、 英: Graves' disease)と呼ばれる。ロバート・ジェームス・グレーブス(1835年)とカール・アドルフ・フォン・バセドウ(1840年)によって発見、報告された。かつては発見者のカール・フォン・バセドウ(Carl von Basedow)にちなみ、バセドウ氏病と呼ばれた。
病態・原因
甲状腺の表面には、下垂体によって産生される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体(甲状腺刺激ホルモン受容体、TSHレセプター)が存在する。バセドウ病では、この受容体に対する自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が生じ、それがTSHの代わりにTSHレセプターを過剰に刺激するために、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されている。甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝を高めるホルモンであるため、このホルモンの異常高値によって代謝が異常に活発になることで、心身に様々な影響を及ぼす。
この自己抗体産生が引き起こされるメカニズム・原因は、2007年現在不詳である(以下に述べるように2017年にはメカニズム・原因ともに判明)。過度なストレス・過労が発症・再発に関与しているという説もある。またバセドウ病を発症する場合、多くはその家系内に甲状腺関連の病気を患った事が多いことから遺伝的な要素が多いと考えられる。なお、ヨウ素の摂取量が少ない地域(西ヨーロッパなど)では、ヨウ素を大量摂取することで、潜在的なバセドウ病が発症することがある。これをヨードバセドウ病と呼ぶ。
2011年から鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の長田佳子らの研究グループは、エプスタイン・バール・ウイルス(EBウイルス)というB細胞指向性で9割以上の人間が保有しているヘルペスウイルスの一種の再活性化とバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)産生との関連を指摘し始めた[2][3][4][5][6]。
そして最終的に2017年、鳥取大学の研究グループはバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子の一つLMP1による、T細胞非依存性のCD40の共刺激シグナルの模倣によって引き起こされるNF-κB活性化によってトランスフォーメーション(形質転換)した、EBウイルスに感染したTRAb陽性B細胞から産生されていることを分子生物学的に証明した[7][8]。
その2017年の論文[7]によれば、バセドウ病を引き起こすのはIgG1のアイソタイプを持ったTRAbであり、そのためにはTRAb陽性B細胞で免疫グロブリン(抗体)のクラススイッチ遺伝子再編成を引き起こす活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が必須となるが、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP1はT細胞非依存性にCD40のシグナルを模倣しNF-κBを活性化させることができ、NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こすIgG1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるということである。
統計
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気、すなわち甲状腺機能亢進症を起こす代表的な病気である。中年以上の女性がバセドウ病に罹患した場合、更年期障害と勘違いする事が多い。
ほかの甲状腺の病気と同じように女性に多い病気だが、その比率は男性1人に対して女性4人ほど。甲状腺の病気全体の男女比は男性1対女性9の割合であるから、甲状腺の病気のなかでは比較的男性の比率が高い病気である。発病年齢は、20歳代と30歳代で全体の過半数を占め、次いで40歳代、50歳代となっており、青年から壮年に多い病気といえる。何らかのアレルギーを持っている人が多い。
EBウイルスに感染したB細胞からバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が分泌されることを証明した論文[7]によれば、EBウイルスに感染したB細胞は、EBウイルスの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP1によって多クローン性にクラススイッチさせられIgEのアイソタイプを持った抗体を分泌しうるので、これにより何らかのアレルギーを持つバセドウ病患者が多い現象を説明しうる。
症状
- 甲状腺腫大、眼球突出(甲状腺眼症)、頻脈。これらはカール・アドルフ・フォン・バセドウが一般診療を開始したメルゼブルク(Merseburg)の地にちなみ、メルゼブルク三徴と当初呼ばれた[9]。
- 他に甲状腺機能亢進症を来たし、以下のような症状も見られる場合がある。
- 振戦、手の震え。
- 甲状腺クリーゼ:突然重篤な甲状腺機能亢進状態となる合併症。高熱、頻脈、嘔吐、下痢、意識障害などを来す。生命に関わることもあるため注意を要する。
- 眼球突出が顕著となると、眼球運動障害(複視)や視神経症をきたす事がある。
- ステルワーグ徴候(瞬きの増加)、グレーフェ徴候(上眼瞼拳筋の過度の緊張で上方注視後に下方に視線を移すと、上眼瞼下際と角膜の間に白目が見える)、メビウス徴候(両眼輻輳失調)が見られる。
上記症状のすべてが出るわけでなく、患者により差異がある。潜在的甲状腺機能亢進症で症状がない患者もいる。
人間関係に及ぼす影響
性格に驚くほどの変化をきたすことが多く、人間関係、特に夫婦関係に支障をきたすケースが多い。患者は不安、怒り、イライラ、気分の変転が多くなり、夫婦間でのコミュニケーションがうまくいかず、多くは配偶者の行動を歪んで認識する。患者自身が病変による不慣れな感覚を理解するのに苦労し、配偶者もまたストレスを共有するに至るため、誤解や誤った期待、些細なことでの口喧嘩などの混乱をもたらす。患者は口論のストレスにうまく対処できずに不仲になることが避けられない。甲状腺機能低下症と亢進症のどちらも同じ行動の変化が起こる[10]。
検査
- 血液検査
- 画像診断
- 生理検査
診断
甲状腺腫大、眼球突出、頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加等の甲状腺中毒症所見などからバセドウ病が疑われる場合、血中の甲状腺ホルモン測定などにより判断する。
- 甲状腺ホルモン:freeT4、freeT3の高値、TSHの抑制。ただしeuthyroid Graves' diseaseの場合はホルモン正常であるので注意。
- 自己抗体:抗TSH受容体抗体(TRAb)陽性、または抗TSH受容体刺激抗体(TSAb)陽性。
- 甲状腺機能の亢進:甲状腺シンチでの摂取率高値、エコーでの血流増加。
これについては、日本甲状腺学会より「甲状腺疾患診断ガイドライン2013」として 「バセドウ病の診断ガイドライン」が提示されている [12]。
本疾患の病理学
サイロキシンが過度に利用される疾患であるため、甲状腺濾胞には、光学顕微鏡下でも明らかな空泡が生じる。
治療
薬剤による治療
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬:メチマゾール(チアマゾール、メルカゾール)、チウラジール(プロバジール)を、規則的に服用する方法。定期的に甲状腺ホルモンの量を測定しながら、適切な量の薬を服用することで、血液中の甲状腺ホルモンの濃度を正常にする。薬で甲状腺刺激ホルモンの量を調整することで普通の人と変わらない生活を営むことができるが、甲状腺刺激抗体が消えるまで薬を飲みつづける必要がある為、完治には長い期間を要する。副作用としては、5%に皮膚の炎症、0.05%に白血球の減少や無顆粒球症が生じることがある。これらの副作用は服用開始から3か月以内に現れることが多い。無顆粒球症が生じたら直ちに服薬を中止し、他の治療法に切り替える必要がある。(好中球数 1000個/μLを下回れば中止とする。)
- メルカゾールではMPO-ANCA関連血管炎がまれに引き起こされる。
- メルカゾールは15mg/dayで開始が安全といわれている。
- プロプルチオウラシルは重症肝障害が出現することがあるため、ガイドラインでもメルカゾールを第一選択薬としている[13]。
アイソトープ(放射性ヨード)治療
ヨードの放射性同位元素(ラジオアイソトープ; radio isotope; RI)を服用し、甲状腺の細胞の数を減らす方法。甲状腺細胞の数が減少すれば、分泌される甲状腺ホルモンの量が減少する。およそ2 - 6か月で甲状腺ホルモンの量が減少すると言われ、手術よりは手軽で、薬より早く治るのが、この方法の長所である。ただし、時間経過とともに細胞が減りすぎて、逆に甲状腺の機能低下が発生することもある。なお、放射性物質を用いるので被曝の影響が全くないとはいえず、妊娠中や授乳中の女性およびすぐに妊娠を希望する女性などには行わない。放射線の影響は約4か月でなくなるとされることから、4か月で妊娠を許可している施設もあるが、甲状腺機能の変動があるため1年は待つべきとされる。
- RI治療により、バセドウ眼症が悪化することもある。眼症を持つ患者にはRI治療は注意して行われる。また眼症増悪の際には、プレドニゾロン投与、またはステロイドパルスと球後照射の併用が施行される。
- 13mCi投与により、ややover-burnとすることが多い。
手術
甲状腺の一部を残して、切除する方法。甲状腺を切除することで甲状腺ホルモンの量を調整する。他の治療法より早く完治し、再発も少ないが、入院を要する。また、傷跡が目立つことがある。手術による合併症も起こりうるので、高齢者や心臓の病気がある人などには行わない。術後に甲状腺機能低下症に陥ることが多いが、その場合の治療は通常の甲状腺機能低下症と同じである。なお、再発した場合は再手術は行わず、ヨード治療などに切り替える。
予後
バセドウ病は適切な治療を行えば予後良好である。しかし、治療を怠ると死亡の原因にもなる。頻脈ひいては心房細動に至ると、脳塞栓を起こすこともありうる。甲状腺クリーゼは早急に専門医に紹介されるべき病態のひとつである。
周期性四肢麻痺は、そのものは生命には関与しないが、てんかん発作と同様に車の運転中などに発作を起こすと事故に至ることも懸念される症状のひとつである。
妊娠・出産
適切な治療が行われていないとき、妊娠中、へその緒を通しての胎児への栄養がうまく送れなくなり、胎児が発育遅延になる場合がある。母体のTRAbやTSAbが多い場合、これらの抗体が胎盤を通して胎児に送られるため、新生児に一時的にバセドウ病の症状が現れることがあるが、これらの抗体は新生児が産生しているものではないため、やがて症状は消える。
甲状腺の治療薬は長い間、胎児の奇形に寄与すると信じられていたが、現在では否定されている。
歴史
アイルランドの医師グレーブス(1835年)によって初めて報告された。その後バセドウ伯(1840年)が独自に発見・報告し[14]、ゲオルグ・ヒルシュによりこの名が付けられた。症状の「メルゼブルクの三徴」は、バセドウの出身地、メルゼブルクの地名に因む[9]。本症の発見前後、日本の医学は主にドイツからの情報に依存していたため、グレーブス病(Graves' disease)ではなくバセドウ病と呼ばれる事が多い。ちなみに欧州圏においてはバセドウ病と呼ばれることが多いようである。
ANCA関連血管炎とバセドウ病との関連
未治療のバセドウ病患者や抗甲状腺薬内服後にANCA陽性となる症例が方向されている。そのほとんどはMPO-ANCAである。抗甲状腺薬内服後にANCA陽性となった場合は無症状で低抗体価ならば内服変更はせずに経過観察でもよいという報告はある。しかし、血管炎症状合併時や高抗体価の場合は内服薬の変更が好ましいとされている。
脚注
- ^ バセドウ氏病とも。ドイツ語の"ow"は「オウ」という二重母音ではなく「オー」と長音で発音されるため、正確には「バーゼドー」だが、慣用として「バセドウ病」という表記が定着している。
- ^ Nagata K, Fukata S, Kanai K, Satoh Y, Segawa T, Kuwamoto S, Sugihara H, Kato M, Murakami I, Hayashi K, Sairenji T (2011). "The influence of Epstein-Barr virus reactivation in patients with Graves' disease". Viral Immunology. 24 (2): 143-9., {{PMID]|21449724}}, doi:10.1089/vim.2010.0072
- ^ Nagata K, Higaki K, Nakayama Y, Miyauchi H, Kiritani Y, Kanai K, Matsushita M, Iwasaki T, Sugihara H, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Nanba E, Kimura H, Hayashi K (2015). "Presence of Epstein-Barr virus-infected B lymphocytes with thyrotropin receptor antibodies on their surface in Graves' disease patients and in healthy individuals". Autoimmunity. 47 (3):193-200., PMC 5351790, PMID 24467196, doi:10.3109/08916934.2013.8798
- ^ Nagata K, Nakayama Y, Higaki K, Ochi M, Kanai K, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Iwasaki T, Nanba E, Kimura H, Hayashi K (2015). "Reactivation of persistent Epstein-Barr virus (EBV) causes secretion of thyrotropin receptor antibodies (TRAbs) in EBV-infected B lymphocytes with TRAbs on their surface". Autoimmunity. 48 (5): 328-35., PMID 25759125, doi:10.3109/08916934.2015.1022163
- ^ Nagata K, Okuno K, Ochi M, Kumata K, Sano H, Yoneda N, Ueyama J, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Kanzaki S, Hayashi K (2015). "Production of thyrotropin receptor antibodies in acute phase of infectious mononucleosis due to Epstein-Barr virus primary infection: a case report of a child". Springerplus. 27; 4: 456., PMC 4549369, PMID 26322262, doi:10.1186/s40064-015-1236-8
- ^ Kumata K, Nagata K, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Fukata S, Hayashi K (2016). "Thyrotropin Receptor Antibody (TRAb)-IgM Levels Are Markedly Higher Than TRAb-IgG Levels in Graves' Disease Patients and Controls, and TRAb-IgM Production Is Related to Epstein-Barr Virus Reactivation". Viral Immunology. 29 (8): 459-463., PMID 27529807, doi:10.1089/vim.2016.0043
- ^ a b c Nagata K, Kumata K, Nakayama Y, Satoh Y, Sugihara H, Hara S, Matsushita M, Kuwamoto S, Kato M, Murakami I, Hayashi K (2017). "Epstein-Barr Virus Lytic Reactivation Activates B Cells Polyclonally and Induces Activation-Induced Cytidine Deaminase Expression: A Mechanism Underlying Autoimmunity and Its Contribution to Graves' Disease". Viral Immunology. 30 (3): 240-249., PMC 5393416, PMID 2833576, doi:10.1089/vim.2016.0179
- ^ 長田佳子、林一彦「EBウイルスはバセドウ病の発症や憎悪の最終因子となる」臨床免疫・アレルギー科 = Clinical immunology & allergology. 66 (3), 261-266, 2016-09. 科学評論社
- ^ a b カール・アドルフ・フォン・バセドウ, バセドウ病についてあれこれ
- ^ 田尻クリニック 第9章: 甲状腺の悩みに答える本“あなたは変わってしまった”
- ^ 日内会誌102(3): 618-623, 2013.
- ^ バセドウ病の診断ガイドライン2013 - 日本甲状腺学会
- ^ 日本甲状腺学会編: バセドウ病治療ガイドライン2011. 南江堂. 東京. 2011.
- ^ 原文ドイツ語。部分的な英訳がRalph Hermon Major著『Classic Descriptions of Disease』Springfieldにある。初版1932年、第2版1939年、第3版1945年刊。
参考文献
- グレーブス=ロバート・ジェイムズ、1835年5月23日「Clinical lectures - At the Meath Hospital during the Session of 1834-5. Lecture XII」『The London Medical and Surgical Journal』7巻2号513 - 520ページ、2010年11月6日閲覧
- バセドウ伯=カール・アドルフ、1840年3月28日「Exophthalmus durch Hypertrophie des Zellgewebes in der Augenhöhle」『Wochenschrift für die gesammte Heilkunde. 1840』13号197 - 204・220 - 228ページ、2010年11月6日閲覧
関連項目
外部リンク
- バセドウ病とは? - 日本小児内分泌学会
- バセドウ病の診断ガイドライン2013(医師・医療関係者用) - 日本甲状腺学会
- 甲状腺眼症(バセドウ病などの一症状) - 日本眼科学会