カール・アドルフ・フォン・バセドウ

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カール・アドルフ・フォン・バセドウ

カール・アドルフ・フォン・バセドウ(Carl Adolph von Basedow ドイツ語発音: [kaɐl ˈaːdɔlf fɔn ˈbaːzədo]1799年3月28日 - 1854年4月11日)はドイツ医師バセドウ病の発見者として知られる。

略歴[編集]

ドイツのデッサウに生まれ、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルクを卒業。1822年にメルゼブルクに診療所を開き、若くして結婚、町の医局長となり、その活動に半生を捧げた。1840年には後にバセドウ病と呼ばれることになる症例を報告。晩年、解剖中に紅斑熱英語版に感染し、1854年、息を引き取った。[1]

業績[編集]

バセドウ昏睡(甲状腺昏睡)、バセドウ眼症、バセドウ病(メルゼブルク三徴:頻脈、甲状腺腫大、眼球突出)の3つの症例報告が著名である。病名「バセドウ病」は、ゲオルグ・ヒルシュ著『Klinische Fragmente』による。

脚注[編集]

  1. ^ 検証資料:Duntas、2004年

参照文献[編集]

  • Duntas, Leonidas H.、2004年6月4日「A tribute to Carl Adolph von Basedow: to commemorate 150 years since his death」『Hormones』(Hellenike Endokrinologike Hetaireia、アテネ)3巻3号208~209ページ、PMID: 16982595