鹿間時夫
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鹿間 時夫(しかま ときお、1912年6月6日 - 1978年12月12日)は、日本の古生物学者。
生涯
[編集]1912年京都府生まれ、旧制成蹊高等学校、東北帝国大学理学部卒業[1]。1942年、新京工業大学教授[1]。1947年から3年間、長野県飯田高松高校教諭[1]。1950年から横浜国立大学教授[1]。1950年「葛生層の地質学的古生物学的研究」で東北大学より理学博士の学位を取得。
1971年、日本古生物学会会長[1]。1978年、日本古生物学会名誉会員[1]。同年12月死去、享年66[1]。
人物
[編集]- 栃木県葛生町周辺で発見された陸上哺乳類などの化石を1931年から1939年にかけて調査し、ニホンムカシジカやクズウアナクマなどの新種11種を含んだ計61種4000点を発見・報告している(葛生化石動物群)[2]。
- 古生代の二枚貝「シカマイア」は鹿間時夫にちなんで名付けられた[3]。
- 神戸層群の命名者、左鎮人の調査でも知られる。
- こけし研究家でもあり[4]、こけし関係の著書も多い。特に監修および執筆・編集した『こけし辞典』(1971年、東京堂出版)は空前前後のものであった。
- 戦後の一時期、飯田高松高校に奉職していた。直接の影響を受けた卒業生に、長谷川善和、鎮西清高、加賀美英雄(海洋地質学)、山田哲雄(岩石学)、松島信幸(日本地質学会名誉会員)がいる[1]。ほか、本多勝一(ジャーナリスト)や富永明夫(仏文学者)、近藤信道(画家)もその時期の教え子である[1]。
著書
[編集]- 『古脊椎動物図鑑』 朝倉書店(1979年)
- 『日本化石図譜』 日本礦物趣味の会出版部(1943年)
- 『こけし・人・風土』築地書館(1954年)
- 『こけしの美』未来社(1961年)
- 『こけし 美と系譜』社会思想社(1966年)
- 『こけし鑑賞』 美術出版社(1967年)
- 『美の遍歴』民芸とこけしより南画へ 恒文社(1980年)
- 『こけし鑑賞』