コンテンツにスキップ

町田昌弘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
町田 昌弘
生誕 (1975-11-06) 1975年11月6日(48歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県
ジャンル ロック
J-POP
職業 ギタリスト
音楽プロデューサー
編曲家
作曲家
担当楽器 ギター
レーベル HEAVEN'S ROCK RECORDS
公式サイト 公式サイト

町田 昌弘(まちだ まさひろ、1975年11月6日 - )は、日本ギタリスト音楽プロデューサー編曲家作曲家[1][2]埼玉県出身[2]。愛称は”まっちぃ”[2]

人物

[編集]

幼少の頃より家族の影響で矢沢永吉ビートルズビッグバンドジャズグレン・ミラーベニー・グッドマン)等の音楽に触れる[1]

ギタリスト/音楽プロデューサー/編曲家/作曲家として、安藤裕子レキシ椎名慶治Sonar Pocket中村一義THE BOOMやなわらばーワンリルキスTHE STAND UP北出菜奈トミタ栞など、数多くのアーティストの作品やライブなどで活動している[1][2]

略歴

[編集]

中学2年生の時に音楽活動をスタートし、15歳でギターを始める[1][2]。20歳ごろよりスタジオ・ワーク等の活動をスタート[1][2]

1999年玉田豊夢Dr / 100s、小谷美紗子Trio)、TOMOTOMO club(Ba / THE BEACHESTHE JERRY LEE PHANTOM)と共に、自身がVo&Gtを務めるバンド「The Pretty Side Movie」を結成(現在は活動休止中)[1][2]

2001年、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2001において、シンガーソングライターの中村一義のステージにサポートメンバーとして参加。この時のメンバーと共にバンド「100s」をスタート[1]。中村一義名義でのシングルとアルバムのリリースやライブを行う。

2003年、100sとしての活動と並行して、ソロプロジェクト「キャスバル」としてミニアルバム『キャスバル』をリリース[1][2]。同年、石野田奈津代、同じ100sのメンバー山口寛雄と玉田豊夢と共にバンド・kiccaを結成。

2004年、中村一義らとともに本格的に100sとして活動を始める[2]2009年までに3枚のアルバムを発表しているが、2012年の20121221 -博愛博 2012-への出演を最後に、活動休止状態となっている。

2007年、「町田昌弘」名義でソロアルバム『here, there』をリリース[1][2]

2013年より中村一義とのトーク&弾き語りツアー『まちなかオンリー!』を開催[3]

2014年より中村一義の結成したバンド「海賊」に参加[4]。メンバーは中村一義(Vo)、町田昌弘(Gt)、岡本洋平(Gt, Cho / Hermann H.&The Pacemakers)、平床政治(Gt / Hermann H.&The Pacemakers)、TOMOTOMO club、マシータ(Dr)、ヨースケ@HOMEMC, Cho)[4]

ディスコグラフィー

[編集]

ソロ作品

[編集]
  発売日 タイトル 規格 規格品番
キャスバル名義
1st 2003年09月18日 キャスバル CD HRR-003
町田昌弘名義
1st 2007年06月13日 here, there CD HRR-015

100s

[編集]
  • 100sの項目を参照。

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i BIOGRAPHY”. CDJournal WEB. 町田昌弘 Official web ダルマヤミュージック. 2019年6月13日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j 町田昌弘プロフィール”. 音楽出版社. TOWER RECORDS ONLINE (2014年6月27日). 2019年6月13日閲覧。
  3. ^ 中村一義のトーク&弾き語りツアー『まちなかオンリー!』、全国8都市で開催”. CINRA.NET (2013年6月10日). 2019年6月13日閲覧。
  4. ^ a b 中村一義の新バンド「海賊」による東名阪ツアー、特設サイト開設”. CINRA.NET (2015年8月26日). 2019年6月13日閲覧。

外部リンク

[編集]