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熱伝達率(ねつでんたつりつ、英: heat transfer coefficient)または熱伝達係数とは、伝熱において、壁と空気、壁と水といった2種類の物質間での熱エネルギーの伝え易さを表す値で、単位面積、単位時間、単位温度差あたりの伝熱量(すなわち単位温度差あたりの熱流束密度)である。アイザック・ニュートンが1701年[要出典]に発表したニュートンの冷却法則を根拠としている。単位はW/(m2 K)、記号にはh の他、αが使われることも多い。熱伝達率は流体の速度によっても大きく異なる。
熱伝達率は、対流熱伝達、沸騰熱伝達、凝縮熱伝達など、流体と物体間の熱移動を扱うための係数である。まれに流体温度の代わりに環境温度などを用い、熱伝達率表現によって物体表面の温度上昇が小さい熱放射を近似的に扱うこともある。
一般に、熱伝達率は物体表面で一様ではなく、流れの様相により時間的にも一定ではないが、平均値として熱の移動を扱うことが多く、工学的な係数である。また、空間的には局所熱伝達率であっても、時間平均とすることがほとんどである。これは流れの時間変化に相応する速さでの物体の温度変化が問題になることが少ないためで、流体力学で乱流を扱う時間スケールと、伝熱工学での乱流の扱いには大きな隔たりがある。
熱伝達率h は次で定義される:
ここで
- Q :熱移動量 (W)
- J :熱流束密度 (W/m2)
- A :伝熱面積 (m2)
- Tw :物体表面の温度 (K)
- Ta :流体の温度 (K)、ただしTw > Taとする。
である。
ヌセルト数 Nu は無次元化された熱伝達率であり、次の式で定義される:
ここで、
- k :流体の熱伝導率 (W/(m K))
- L :代表長さ (m)
である。強制対流の場合にはヌセルト数を無次元流速のレイノルズ数と流体の運動と温度を結びつける物性値であるプラントル数で整理し、自然対流の場合には浮力と粘性力の比であるグラスホフ数とプラントル数で整理するのが一般的である。
ヌセルト数は熱伝導率を用いて無次元化したが、代わりに比熱あるいは熱容量を用いることもでき、これをスタントン数 St という。
ここで
- cp :流体の比熱 (J/(kg K))
- ρ:流体の密度 (kg/m3)
- U :流速 (m/s)
である。
さまざまな場合に対する熱伝達率について実験的、あるいは理論的な式が導出されている。以下ではそれらの式を、ヌセルト数や以下の無次元数を用いた式で紹介する[1]。
- 層流の場合
温度が均一な板の強制対流のヌセルト数は下記の式で求めることができる。レイノルズ数Re を求めるとき、代表長さには流れ方向の長さをとる。
- 乱流の場合
- 層流の場合
管の長さをl 、管入口からの距離をx とする。また代表長さには円管直径d をとる。速度場、温度場は十分に発達しているとする。
- 乱流の場合(壁温一定)
- コルバーンの式(Colburn's equation)
- ディタス・ベルター(Dittus-Boelter)の式
- 上式の指数n は、流体を加熱するときn = 0.4、冷却するときn = 0.3とする。また、物性値は出入口における温度の平均値を用いる。
- 摩擦係数f が既知であれば、スタントン数St を用いて
- jH はコルバーンのj因子と呼ばれる。この式は平板についてもよく成り立つ。
- 物性値は膜温度における値を用いる。
- ただし、f は摩擦係数で次式である:
- 物性値は膜温度における値を用いる。
厳密解としては
これは次で近似できる:
実験式として次がある。Gr Pr が低い場合は層流、高い場合は乱流支配である。
または
これらの実験式を用いる場合、物性値は膜温度(壁面温度と無限遠の流体温度の平均)を用いる。
水平な円柱が加熱されている場合は、直径d を代表長さにとり、次の実験式がある:
これは鉛直平板の式において、l = πd / 2 とおいた場合に非常に近い。
- 加熱上向き面あるいは冷却下向き面の場合
- 加熱下向き面あるいは冷却下向き面で、層流の場合
縦に長い密閉空間の左右の壁面を高温および低温に保持した場合は、アスペクト比やレイリー数の範囲に応じて次のような実験式がある。ただし、物性値は壁面の温度の平均値を取る。
または
流体の種類による熱伝達率の値は次の程度にみつもる。ただし熱伝達率は流れの形態や、固体の物性などによっても変化するため、以下はおおよその値である。また、単位が kcal/(m2・h・℃) であることに注意。国際単位系との関係は 1 kcal/(m2・h・℃) = 1.16279 W/(m2 K) である。
- 静止した空気(無風) 4 kcal/(m2・h・℃)
- 流れている空気 10~250 kcal/(m2・h・℃)
- 流れている油 50~1500 kcal/(m2・h・℃)
- 流れている水 250~5000 kcal/(m2・h・℃)
- 甲藤好郎『伝熱概論』養賢堂、1964年。
- 一色尚次; 北山直方『伝熱工学(改訂・SI併記)』森北出版、1984年。
- 日本機械学会編『伝熱工学資料第4版』1986年。
- 白倉昌明; 大橋秀雄『流体力学(2)』コロナ社、1969年。
- ^ 望月貞成、村田章『伝熱工学の基礎』日新出版、1994年。ISBN 4-8173-0166-X。
- ^ 相原利雄『エスプレッソ伝熱工学』裳華房、2009年、76頁。ISBN 978-4-7853-6023-8。