ロジャー・チャップマン
ロジャー・チャップマン Roger Chapman | |
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ロジャー・チャップマン(2018年) | |
基本情報 | |
出生名 | Roger Maxwell Chapman |
別名 | チャッポ(Chappo) |
生誕 | 1942年4月8日(82歳) |
出身地 | イングランド・レスター |
ジャンル | ロック、ブルースロック、アート・ロック、プログレッシブ・ロック |
職業 | ミュージシャン、歌手、ギタリスト |
担当楽器 | ボーカル、ギター、ハーモニカ、サクソフォーン |
レーベル | Liberty、ヴァーティゴ、リプリーズ・レコード、Windsong、Mystic Records (UK)、Castle |
共同作業者 |
ファミリー ストリートウォーカーズ チャーリー・ホイットニー ボビー・テンチ ジム・クリーガン |
ロジャー・チャップマン(Roger Chapman、1942年4月8日 - )は、「チャッポ」の愛称でも知られる、イングランド・レスター生まれのロック・ボーカリストである[1]。
1966年にチャーリー・ホイットニーと一緒に加わったプログレッシブ・ロック・バンド、ファミリーのメンバーとしてよく知られており、1974年にはロックとR&Bのバンド、ストリートウォーカーズを結成している。演奏時のショーマンシップとボーカル・ビブラートという一風変わった才能が、彼をブリティッシュ・ロック・シーンのカルトな存在へと導いた。チャップマンは、リトル・リチャードや、彼のアイドルであるレイ・チャールズのように歌おうとしていると言ったとされている。1980年代初頭以来、ドイツで多くの時間を過ごし、時折、ドイツや他の地域で演奏している。
ドイツでは、1980年代にアーティスト・オブ・ザ・イヤー賞を受賞し、2004年には生涯功労賞を受賞した[2]。
略歴
[編集]チャップマンはもともと1964年8月にシングル「You'd Better Stop」 (裏面「I Like It Like That」)をリリースしたファリナス (Farinas)のボーカリストであった(しかし、そのシングルのリード・ボーカルはジム・キングによって歌われた)。彼はロアリング・シックスティーズ (The Roaring Sixties)に参加し、その後、1966年にバンドはファミリーと改名された。1967年にサイケデリックでクラシックのようなファースト・シングル「Scene Through The Eye of a Lens」がリリースされた。チャップマンはチャーリー・ホイットニーと一緒にファミリーの歌のほとんどを書き上げ、彼らのデビュー・アルバムとなる『ミュージック・イン・ア・ドールズハウス』が1968年にリリースされた。彼らのブルージーで実験的なロック・ミュージックは、プログレッシブなアンダーグラウンド・バンドとしての評判へとつながっていった。
『エンタテインメント』(1969年)、『ア・ソング・フォー・ミー』(1970年)、『エニイウェイ』(1970年)という各アルバムのリリースにより、ファミリーは、当時の英国アンダーグラウンド・ミュージック・シーンにおいて、最も強烈なアコースティック・ミュージックを制作することもできる、高速で騒々しいロック・バンドとしての地位が確立されていった。アルバム『エンタテインメント』からのシングル「The Weaver's Answer」は1969年にヒット曲となった。1970年8月28日には、第3回ワイト島フェスティバルに出演している。バンドはイギリスとヨーロッパでは人気があったが、アメリカでの成功を得ることができず、1973年に解散した[3]。
チャップマンは1973年後半にホイットニーと「チャップマン=ホイットニー」を結成した。彼らはヴァーティゴ・レーベルと契約し、アルバム『ストリートウォーカーズ』(1974年)をレコーディングした。ラインナップには、ファミリーの他のメンバーや元キング・クリムゾンの在籍メンバー、そして今はアイアン・メイデンで活躍するニコ・マクブレインらが含まれた。チャップマンとホイットニーは彼らのバンドを、アルバム名を冠したストリートウォーカーズへと昇華させた。彼らは、ファミリーよりもホワイト・ソウルに寄せて洗練されたAORバンドであった。アルバム『ダウンタウン・フライヤーズ』(1975年)をリリースした後、1976年にイギリスでリリースされることとなる、音楽ファンや音楽プレスからリスペクトを受け続けている、グルーヴの重さが魅力のアルバム『Red Card』(1976年)[4]をレコーディングするために動き続けた[5]。1977年にバンドが解散するまでに、さらに2枚のアルバムが続いたが、ホイットニーとチャップマンの音楽におけるパートナーシップの11年は終焉を迎えた。
1979年、チャップマンはソロ活動を開始し、最初のソロ・アルバム『Chappo』を録音した[6]。彼のバッキング・バンドはこの時点でザ・ショートリスト (The Shortlist)として知られるようになり、ヨーロッパを広範囲にわたってツアーした。マイク・オールドフィールドのアルバム『クライシス』(1983年)の収録曲「Shadow on the Wall」は、ボーカルにチャップマンをフィーチャーして大ヒットした[7]。また、ボックス・オブ・フロッグスのセカンド・アルバム『ストレンジ・ランド』(1986年)に、2曲でリード・ボーカルを歌うゲスト・アーティストとして参加している。チャップマンは、アルバム『Walking the Cat』(1989年)と『Hybrid and Low Down』(1990年)をレコーディングした。
それ以来、チャップマンは新作やライブ・レコーディングのアルバムを11枚リリースしてきている。彼のアルバム『Hide Go Seek』(2009年)は、元ファミリーのベーシストであったジム・クリーガンによってプロデュースされ、2009年5月にリリースされた。2010年8月21日土曜日に行われたリズム・フェスティバルへの出演は、「ロジャー・チャップマン & ザ・ショートリストからのフェアウェル公演」としてチケット販売された[8]。
ディスコグラフィ
[編集]ファミリー
[編集]ストリートウォーカーズ
[編集]アルバム
[編集]- 『ストリートウォーカーズ』 - Streetwalkers (1974年) ※チャップマン=ホイットニー名義。『First Cut』として再発あり
- 『ダウンタウン・フライヤーズ』 - Downtown Flyers (1975年)
- Red Card (1976年)
- Vicious But Fair (1977年)
- Streetwalkers Live (1977年) ※ライブ
- Best of Streetwalkers (1990年) ※コンピレーション
- BBC Radio One Live (1995年) ※ライブ
シングル
[編集]- "Roxianna" b/w "The Crack" (1974年) ※Chapman Whitney Streetwalkers名義
- "Raingame" b/w "Miller" (1975年)
- "Daddy Rolling Stone" b/w "Hole in Your Pocket" (1976年)
- "Chilli Con Carne" b/w "But You're Beautiful" (1977年)
ソロ
[編集]アルバム
[編集]- Chappo (1979年)
- 『ライヴ・イン・ハンブルク』 - Live in Hamburg (1979年) ※ライブ
- Mail Order Magic (1980年)
- Hyenas Only Laugh For Fun (1981年)
- The Riffburglar Album (Funny Cider Sessions) (1982年)
- He Was... She Was... You Was... We Was... (1982年) ※ライブ
- Swag (1983年) ※The Riffburglars名義
- Mango Crazy (1983年)
- The Shadow Knows (1984年)
- Zipper (1986年)
- Techno Prisoners (1987年)
- Live in Berlin (1989年) ※ライブ
- Walking The Cat (1989年)
- Strong Songs – The Best Of ... (1990年) ※コンピレーション
- Hybrid and Lowdown (1990年)
- Kick It Back (1990年) ※UKコンピレーション
- Under No Obligation (1992年)
- King of the Shouters (1994年)
- Kiss My Soul (1996年)
- 『ア・ターン・アンストーンド?』 - A Turn Unstoned? (1998年)
- Anthology 1979–98 (1998年) ※コンピレーション
- In My Own Time (1999年) ※ライブ
- Rollin' & Tumblin (2001年) ※ライブ
- Chappo-The Loft Tapes, Volume 1: Manchester University 10.3.1979 (2006年)
- Chappo-The Loft Tapes, Volume 2: Rostock 1983 (2006年)
- Chappo-The Loft Tapes, Volume 3: London Dingwalls (2006年)
- Chappo-The Loft Tapes, Volume 4: Live at Unca Po's Hamburg 5.3.1982 (2006年)
- One More Time For Peace (2007年)
- Hide Go Seek (2009年)
- Maybe the last time (2012年) ※ライブ
シングル
[編集]- "Imbecile" (1979年) ※マイク・バット with ロジャー・チャップマン。アルバム『Tarot Suite』から
- "Shadow on the Wall" (1983年) ※マイク・オールドフィールド with ロジャー・チャップマン
- "How How How" (1984年)
DVD
[編集]- At Rockpalast (2004年、Wienerworld)
- Family & Friends (2003年、Angel Air)
脚注
[編集]- ^ Roger Chapman at Allmusic
- ^ “Roger Chapman. rock Stars interview”. www.getreadytorock.com. 24 April 2015閲覧。
- ^ Dougan, John. “Family, biography”. allmusic.com. 2 October 2009閲覧。
- ^ Red Card John Dougan at Allmusic
- ^ British Hit Singles & Albums ISBN 1-904994-10-5
- ^ “Roger Chapman discography”. allmusic.com. 2 November 2010閲覧。
- ^ “Mike Oldfield, Crises album”. allmusic.com. 2 November 2010閲覧。
- ^ “Rhythm Festival 2010”. efestivals.co.uk. 10 April 2010閲覧。
- Roger Chapman NME 2009年
外部リンク
[編集]- Roger Chapman Official Appreciation Society
- Interview on the Leicester Bands website
- Roger Chapman discography with tracks
- “Albums by Roger Chapman – Rate Your Music”. rateyourmusic.com. 19 April 2009閲覧。
- ロジャー・チャップマン - Discogs