コスモス1
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機能 | 使い捨て型ロケット |
---|---|
製造 | ヤンゲリ |
開発国 | ソビエト連邦 |
大きさ | |
全高 | 26.3m |
直径 | 2.4m |
質量 | 107500kg |
段数 | 2 |
積載量 | |
LEOへの ペイロード |
1400kg |
打ち上げ実績 | |
状態 | 退役 |
射場 | バイコヌール宇宙基地 Site 41/15 |
総打ち上げ回数 | 8 |
成功 | 7 |
失敗 | 1 |
初打ち上げ | 1964-08-18 |
最終打ち上げ | 1965-12-28 |
1 段 - R-14 | |
エンジン | 1 RD-216 |
推力 | 1740kN |
比推力 | 292 sec |
燃焼時間 | 130 sec |
燃料 | HNO3/UDMH |
2 段 - S3 | |
エンジン | 1 11D49 |
推力 | 156kN |
比推力 | 303 sec |
燃焼時間 | 375 sec |
燃料 | HNO3/UDMH |
コスモス1(GRAU Index: 65S3[1])はソビエト連邦のロケット。R-14ミサイルから派生し、1964年と65年の2年間に、人工衛星の打上げに8度使用された。使用されたのは一時的で、すぐにコスモス3に置き換えられた。打上げは全てバイコヌール宇宙基地のサイト41/15から行われた。
初期開発は1961年10月に承認され[2]、1964年8月18日に処女飛行としてストレラ衛星3機を打ち上げた。8回の打上げ全てのペイロードがストレラ衛星で、最初の4回はストレラ1の3機同時打上げ、その次の3回はストレラ1の5機同時打上げだった。最後となる8回目の打上げではストレラ2単機を打ち上げた。2回目以外は全て打上げに成功した[1][2]。
打上げ記録
[編集]日時 (GMT)[2] | シリアル No | ペイロード[1] | コスモス ナンバー[3] |
成否 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1964-08-18, 09:15 | 02L | 3 x ストレラ1 | コスモス38号 コスモス39号 コスモス40号 |
成功 | |
1964-10-23 | 01L | 3 x ストレラ1 | N/A | 失敗 | 失敗の要因不明 |
1965-02-21, 11:00 | 03L | 3 x ストレラ1 | コスモス54号 コスモス55号 コスモス56号 |
成功 | |
1965-03-15, 11:00 | 04L | 3 x ストレラ1 | コスモス61号 コスモス62号 コスモス63号 |
成功 | |
1965-07-16, 03:31 | 05L | 5 x ストレラ1 | コスモス71号 コスモス72号 コスモス73号 コスモス74号 コスモス75号 |
成功 | |
1965-09-03, 14:00 | 07LS | 5 x ストレラ1 | コスモス80号 コスモス81号 コスモス82号 コスモス83号 コスモス84号 |
成功 | |
1965-09-18, 07:59 | 08LS | 5 x ストレラ1 | コスモス86号 コスモス87号 コスモス88号 コスモス89号 コスモス90号 |
成功 | |
1965-12-28, 12:30 | 09LP | 1 x ストレラ2 | コスモス103号[4] | 成功 |