HP200LX

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
HP200LX

HP200LXヒューレット・パッカード(HP)が1994年11月に発売した、PC/XT互換機アーキテクチャの携帯型パーソナルコンピュータである。

概要[編集]

当時IBM ThinkPad 220などの小型軽量な機種の登場によってモバイルコンピューティングの可能性が示されたが、中でも本機は特に小型軽量で、かつ汎用電池で長時間駆動できるという点で注目された。閉じた状態でおよそ16×9×2.5cm、重さ320gほど。単3形アルカリ乾電池2本で連続20時間以上動作した。

CPUは80C186(クロック周波数7.91MHz)、画面はCGA互換のモノクロ640×200ドット/2階調の反射型液晶で、バックライトは無い。画面の縦サイズが小さい為、縦方向にほぼ1/2に圧縮された形になるものの、80桁×25行の表示ができた。赤外線ポートとPCカード(JEIDA4.1/PCMCIA2.0)スロットを1基、RS-232Cポート(独自コネクタ)を1基備える。3MBの内蔵ROMにMS-DOS 5.0(英語版)の他、PIMLotus 1-2-3などの各種アプリケーションを搭載している。内蔵RAMは1~4MBで、このうち640KBがシステムエリアとなり、残りはRAMディスクとして用いられる。なお、ニッカド電池も使用でき、充電回路を内蔵していた。他にメモリバックアップのために、ボタン電池CR2032を1個用いた。

外部ストレージには、サンディスクとの共同開発によるPCカード型のフラッシュディスクATAインタフェース)が採用された。しかし、PCカードスロットが1基しかないため、カード型モデムを用いるときはストレージを取外さねばならないので、モデムとフラッシュディスクを一体化したPCカードがサードパーティによって開発された。

前モデルのHP100LXがマニアの手で日本語化(通称「DOS/C」化)されてパソコン通信で広まり、1994年には「HP 100LX徹底活用ブック」(BNN社)が発売されるに至ったが、導入手順はかなり繁雑であった。しかし、HP200LXの登場に伴ってオカヤ・システムウェアから日本語化キットが発売され、作業が容易になった。これによってパソコン通信PPP接続によるインターネットメールの利用も可能になったが、CPUパワーが十分とはいえず、モノクロ液晶ということもあって、ブラウザLynxベースのテキスト主体のものが多く使われており、実用性には乏しかった。また、小型化・軽量化に重きを置きすぎたためか、開閉部のヒンジ周辺が割れやすく、液晶回路のコネクタが接触不良を起こしやすいなどの弱点を抱えており、ハードウェアの信頼性は必ずしも十分とはいえなかった。

HPが1999年11月を以ってHP200LXの生産を終了すると発表[1]した際には、ユーザーの間で反対運動が起きた[2]。同社が後継機とみなしていたJornadaシリーズはWindows CE機であり、MS-DOS搭載のHP200LXとは似て非なるものだったからである。しかし、寸法・重量・消費電力を大きく変えることなくWindowsに対応することは困難であり、HP200LX上位互換の後継機はついに登場しなかった。因みに、1996年には既に東芝Libretto 20型が発売されており、当時世界最小・最軽量のWindows 95搭載機であったが、HP200LXに比べるとはるかに大きく重く、乾電池による駆動もできなかった。

シリーズ機種[編集]

  • HP95LX - CPU:8088、クロック周波数:5.4MHz、画面:240×128ドット/2階調。1991年5月発売。
  • HP100LX - CPU:80C186、クロック周波数:7.91MHz、画面:640×200ドット/2階調。1993年5月発売。
  • HP1000CX - 内蔵PIM無し。
  • OmniGo100 - OSとしてGeosを搭載し手書き機能を持たせた物。
  • OmniGo700LX - NokiaのGSM携帯を200LXに合体させた物。

脚注[編集]

  1. ^ 米HP、HP 200LXシリーズの生産を中止”. PC Watch (1999年7月7日). 2012年9月3日閲覧。
  2. ^ HP200LXユーザーが生産中止反対運動を開始”. PC Watch (1999年7月13日). 2012年9月3日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]