deja-vu (写真)

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deja-vu』(デジャ=ヴュ)は、フォト・プラネット社が刊行、河出書房新社が発売していた、写真に関する季刊雑誌。1990年に創刊された。編集長は写真評論家飯沢耕太郎

各号で一つのテーマを紹介する形をとっていた。特にNo.8では牛腸茂雄を特集し、彼の再評価につながった。20号まで160ページ前後の雑誌の形態であったが、以降規模が縮小しタブロイド版になり、「deja-vu bis」として発刊された。

deja-vuでの特集[編集]

No.1 「『デジャ=ヴュ』の眼」[編集]

No.2 「モードの劇場」[編集]

No.3 「旅の視線」[編集]

No.4 「荒木経惟[編集]

No.5 「南へ」[編集]

No.6 「ドキュメンタリーの現在」[編集]

No.7 「沈黙の風景」[編集]

No.8 「牛腸茂雄[編集]

No.9 「私生活」[編集]

No.10 「少女=コレクション」[編集]

No.11 「猪瀬光[編集]

No.12 「安井仲治と1930年代」[編集]

No.13 「ラリー・クラーク[編集]

No.14 「「プロヴォーク」の時代」[編集]

deja-vu bisでの特集[編集]

評価[編集]

  • 写真に関して、撮影機器や撮影技術の紹介を主たるを内容とせず、むしろ、写真評論や作品鑑賞を主とした雑誌は、そもそも数が少ないが、その中でも、用紙、印刷技術等も含めて、最高レベルの雑誌だったと言ってよい。
  • 短命に終わったことについては、最初の編集長である飯沢耕太郎の好みを前面に押し出しすぎたせいであるとの批判もある(例えば、荒木経惟の重視など)。これに対しては、他に同種の雑誌(写真評論を主たる内容とする写真雑誌)がほとんど刊行されないことから、単に、日本にそのような市場がない(写真作品の制作から離れて、写真評論や写真鑑賞に強い興味を持つ者がほとんどいない)という点が、短命の理由であるとの反論もある。
  • 12号の特集「安井仲治と1930年代」は、1993年にワタリウムで開催された安井仲治の回顧展の展覧会カタログの位置づけでもあるが、これに対しては、1)内容が不十分であり(展示作品を網羅的に紹介したものになっていない)、しかも独立した展覧会カタログの制作を妨げることとなった、2)独立した展覧会カタログが存在しないために、この回顧展自体を歴史に埋もれさせる結果を招いた、という批判がある。

外部リンク[編集]