Alto

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Xerox Altoのモニターは縦長だった

Alto(アルト)は、現代まで続くマウスによるウインドウ操作 (GUI) を導入した最初のコンピュータ。試作機。1973年9月にゼロックスパロアルト研究所 (PARC)内において、安価で高速なミニコンを欲していたバトラー・ランプソンと、ダイナブックの暫定マシンを欲していたアラン・ケイチャック・サッカーに依頼[注釈 1][1]、1973年に最初の1台が完成後、1970年代終わりまでに約1500台が製作され同所内で活用されたほか、多くの研究機関に配布・使用された。

概要[編集]

Altoは、主にアラン・ケイの要望により、将来(およそ10年程度のちの)パーソナル・コンピューターの性能や、そのとき求められるグラフィカルな操作環境の開発を見越して、ビットマップディスプレイマウスを当初から標準で装備していた。また、マイクロコードが利用可能な16ビット・ビットスライスプロセッサーを備え、128キロバイトのメモリ(512キロバイトまで拡張可能)、2.5メガバイトのリムーバブルハードディスクを補助記憶装置として搭載。ロバート・メトカーフらによるEthernet接続ユニットを介したAlto相互およびミニコンサーバーやプリンターとのLAN接続機能も有していた[2]

後にXerox Starにそのハードウエア技術が転用されて製品化・販売されたため「ワークステーションの原型」と紹介されることが多いが、マシンパワーやメモリ等リソース面では1984年のApple Macintosh程度の性能に止まる[注釈 2]1973年春頃にプロトタイプ“Bilbo”[1]が稼動をはじめ、その後メモリ増強などの拡張を伴ったAlto-II、販売を目的にしたAlto-IIIまで作られ、のべ2000台弱製造されたが、結局、特に安価に販売することについてゼロックス上層部の理解が得られず[1]市販はされなかった[注釈 3]ため、仕様の定まり方や生産された台数の多さにそぐわない“試作機”と称される場合が多い。

メインフレームミニコンピュータ(ミニコン)に代表される専門技術者が業務に使用することを目的としたコンピュータが中心のこの時代にあって、Altoは個人が情報ツールとして使用することを想定したパーソナルコンピューティングの方向性を強く打ち出した。これは現在のパーソナルコンピュータにも直接つながる考え方である。

暫定ダイナブックのプラットフォームとして[編集]

AltoやNoteTakerで動作したアラン・ケイ達の暫定Dynabook環境(Smalltalk-76、同-78の頃)

アラン・ケイらによってAlto上で開発された世界初のGUIベースのオペレーティングシステム (OS) 的存在であるSmalltalkは、パーソナルコンピューティングの方向性をエンドユーザーに示すだけでなく、オブジェクト指向の概念を本格的に取り入れた設計で開発者にもアピールし、このときのオブジェクト指向によるOS(APIフレームワーク)設計は、現在最先端と言われるOSにも今なお色濃い影響を与え続けている。

1970年代半ばにはすでに、ウインドウシステム、メニュー操作、アイコン付きパレット、WYSIWYGエディタなど、現在のパソコンに匹敵する特徴も備えていた。出資受容の条件に要求してこれを見た、アップルコンピュータスティーブ・ジョブズに大きな影響を与え、LisaMacintoshを開発させるきっかけとなった。

暫定ダイナブック以外のプラットフォームとして[編集]

Altoは同所内外で並行して動いていたいくつかのプロジェクトのプラットフォームとしても活用された。多くはGUIベースのサブシステム(アプリケーションソフト)が構築され、「試作機」でありながら後世に名を残す存在となる。

プログラミング言語[編集]

  • BCPL
  • Mesa, Cedar
  • Alto Lisp, Interlisp
  • Smalltalk

ネットワーク[編集]

  • Ethernet
  • Xerox IFS protocol
  • PARC Universal Packet
  • File Transfer Program (FTP)
  • Chat

プリントシステム[編集]

  • Orbit

ドキュメント作成支援システム[編集]

  • Bravo, Bravo X
  • Gypsy
  • Press

描画システム[編集]

  • Markup
  • Sil
  • Draw

ディスク、ファイル管理システム[編集]

  • Executive, NetExec
  • Neptune
  • CopyDisk

対戦型ネットワークゲーム[編集]

後継機[編集]

Altoのハードウエア技術を転用してのちに開発されたDorphinやDoradoといった“Dマシン”にはPARCとは別機関で開発されたMesaベースの統合環境が搭載され、そのひとつDandelionは1981年Xerox Star 8010として発売された。StarではイーサネットによるLANを通じた情報共有がセールスポイントとされた。


外部リンク[編集]

1977年当時、暫定Dynabookとして動作するAltoのスクリーンショットを挿絵に見ることができる。また同システムを実際に操作している様子は、Altoの特に暫定DynabookでのGUIの変遷を収めたYouTube: PARC Moviesの16分50秒以降に記録として残されている。

日本のTV番組から。アラン・ケイスティーブ・ウォズニアックへのインタビューもある。

VCF West 2017 で披露されたリストアされたAlto実機のデモ。

注釈[編集]

  1. ^ 余談だが、サッカーはエンジニアの一人と3ヶ月でこれを成し遂げるという賭けもしていた。
  2. ^ BitBltがマイクロコード化されたことを除けば、QuickDrawの逸話で取りざたされるような描画のためのハードウエア支援機構(グラフィックアクセラレータ等)もない。
  3. ^ ただしAltoの後継機である“Dマシン”はワークステーションのXerox Starや、SmalltalkやLisp専用機として製品化・販売されている。

出典[編集]

  1. ^ a b c Kay, Alan (March 1993). “The early history of Smalltalk” (PDF). HOPL-II The second ACM SIGPLAN conference on History of programming languages (ACM) 28 (3): 69-95. http://www.vpri.org/pdf/hc_smalltalk_history.pdf 2017年9月4日閲覧。. 
  2. ^ (PDF) Alto Hardware Manual. http://bitsavers.org/pdf/xerox/alto/Alto_Hardware_Manual_Aug76.pdf 2017年9月4日閲覧。.