安藤直則

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安藤直則
時代 江戸時代後期
生誕 安永9年9月24日1780年10月21日
死没 文政6年10月19日1823年11月21日
改名 岩三郎、直則
官位 帯刀、伊賀守
主君 徳川治宝
紀伊田辺藩主(御三家紀州藩附家老
氏族 安藤氏
父母 安藤直之
兄弟 直温保之直則武藤安存直與
斎藤利道室、酒井忠徹
三浦為積長女郁勧修寺経逸娘在
直裕ら、直馨
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安藤 直則(あんどう みちのり)は、江戸時代後期の紀伊国田辺藩14代藩主。官位は帯刀、伊賀守

略歴[編集]

分家の大身旗本安藤直之の三男として誕生。幼名は岩三郎。

文化7年(1810年)2月29日、実弟で先代当主・直與が死去したため、末期養子として家督を継ぐ。同年12月16日、従五位下に叙任し、帯刀を称する。文政6年(1823年)没し、跡を養子・直馨松平資承の五男)が継いだ。

系譜[編集]