インパクトファクター

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ジャーナルインパクトファクター (journal impact factor) は、自然科学社会科学分野の学術雑誌を対象として、その雑誌の影響度、引用された頻度を測る指標である[1]。大学教員や研究者の人事評価において近年頻用されているが、批判も多い。

概要

ユージン・ガーフィールド英語版が考案したもので、現在は毎年クラリベイト ・アナリティクス(旧:トムソン・ロイター IP & Science 部門、トムソンサイエンティフィック、Institute for Scientific Information (ISI))の引用文献データベースWeb of Scienceに収録されるデータを元に算出している。対象となる雑誌は、自然科学、社会科学分野の約11000誌(2017年現在)である。その数値はJournal Citation Reports (JCR) のデータのひとつとして収録される。

研究者研究機関、および雑誌を評価する目的で参照される場面も多々見られるが、あくまでインパクトファクターはWeb of Science Core Collection(以下Web of Science)に収録された特定のジャーナルの「平均的な論文」の被引用回数にすぎない。

求め方

インパクトファクターはWeb of Scienceの収録雑誌の3年分のデータを用いて計算される。たとえばある雑誌の2004年のインパクトファクターは2002年2003年の論文数、2004年のその雑誌の被引用回数から次のように求める。

A=対象の雑誌が2002年に掲載した論文数
B=対象の雑誌が2003年に掲載した論文数
C=対象の雑誌が2002年,2003年に掲載した論文が、2004年に引用された延べ回数

∴C÷(A+B)=2004年のインパクトファクター

例えば、この2年間合計で1,000報記事を掲載した雑誌があったとして、それら1,000報の記事が2004年に延べ500回引用されたとしたら、この雑誌の2004年版のインパクトファクターは0.5になる。

インパクトファクターは「平均的な論文」の被引用回数を示すものであるため、クラリベイト ・アナリティクス社はある種の記事(ニュースや投書、訂正記事など)は分母から差し引いている。一方、分子となる被引用のデータには全てのドキュメントタイプが含まれる。インパクトファクターの計算根拠はWeb of Scienceの引用データであるが、これらの引用情報は各著者が論文の末尾に記載した参照文献件目録(renferenceやbibliography)がソースとなっている。引用文献のドキュメントタイプをデータ作成者側のクラリベイト ・アナリティクス社は把握することができない。分子と分母のドキュメントタイプが一致しないのはこうした理由による。

インパクトファクターはWeb of Scienceに収録される雑誌の3年間のデータを元に算出するものなので、新しく採録雑誌となったものについては最初の3年間はインパクトファクターは付与されず、JCRにも収録されない。[要出典]

長所

異なる雑誌の重要度を比較する場合にインパクトファクターを用いるのは有効である。元々インパクトファクターはWeb of Scienceに収録する雑誌を選定する際の社内指標として開発され、図書館の雑誌の選定や、研究者の論文投稿先、出版社の編集方針を決める指針などに用いてもらうことを意図して発表された。したがって自分の書いた論文がより多くの人の目に触れて欲しいと思ったときに、同じ分野の複数の雑誌で各雑誌のインパクトファクターを比較し投稿先を決定することには意味がある。ただし比較を行う場合には同じ分野の中で雑誌同士を比較し、インパクトファクターを分野を超えた絶対的な数値としては用いない、などの注意が必要である。

誤解

ガーフィールドはインパクトファクターに対する誤解に対して、次のように述べている。

「私は1955年に最初に雑誌「Science」においてインパクトファクターのアイデアについて言及した。〔中略〕1955年時点では「インパクト」というものがいつの日か大きな論議を巻き起こすものになるとは思い及ばなかった。インパクトファクターは原子力のように有難いようなありがたくないような存在となっている。 誤った方法で乱用されるかもしれないという認識はあったが、その一方で私はインパクトファクターが建設的に用いられることを期待したのである。」[2]

インパクトファクターは「学術雑誌」の評価指標であって、学術雑誌論文はもとより研究者の評価に用いるものではない。しかし、実際には多くの研究者がインパクトファクターに対する誤解を持っている。「この〔論文〕のインパクトファクターを知りたい」「〔私の〕インパクトファクターはいくつか」といった問いは典型的なインパクトファクターへの無理解を示している。自分の投稿した雑誌のインパクトファクターが、あたかも株価のように上昇することを期待するのもインパクトファクターへの無理解から来るものである。自分の投稿した論文掲載誌のインパクトファクターを足し合わせ業績評価とするのも無意味である。

しかしこのような著者個人や個々の論文の影響度の評価に対する需要は高い。例えば科学研究に資金を出している人は、研究の生産性を査定するために成果の比較をしたがるだろうが、これらを客観的かつ定量的な指標を使って比較する場合には、インパクトファクターではなく、インパクトファクターの元になっているWeb of Science収録論文の個々の被引用回数と、その被引用回数が所属の分野の中でどういった位置にいるのかというベンチマークとの突合せが必要である(このベンチマーク指標はInCites InCites Benchmarking という別のクラリベイト ・アナリティクス社データベースに収録されている)。また、2010年代になってからは論文レベル・著者レベルの定量化が可能な代替指標としてAltmetricsが提唱されるようになった。

インパクトファクターは英文誌にのみ付与され、和文誌にはつかないというのも誤りである。Web of Scienceは言語の種類にかかわらず国際的に優れた一流誌を収録することをポリシーとしており、収録の基準を満たすものであれば和文誌も収録されているから、当然そうした質の高い和文誌にはインパクトファクターが付与されている。ただし数として英文誌が圧倒的に多いのは事実である。

普及と批判

現在、研究者や大学教員の人生および生計維持において、発表した論文のインパクトファクターの数字が決定的かつ絶対的な意味を持つケースは数多くある。例えば2016年に行われた東京女子医科大学の消化器外科講座の教授公募では、2015年に出版した論文のインパクトファクターの合計が15以上であることが公募要件として明記されている[3]。2011年に行われた福井大学の助教の公募では、採用後にインパクトファクターが約10以上の雑誌に論文を出す等の条件を満たせなければ雇用を4年で打ち切ることが明記されている[4]九州大学医学部の中山敬一教授は「評価を単純にすることができ、それほど実体と大きなズレがないと思っていますので、基本的に賛成[5]」「(インパクトファクターが高い)CellNatureScience以外は論文ではない[6]」「(インパクトファクターって気にする必要がありますか? という質問に対して)あるに決まってんだろ![7]」という言葉を九州大学のウェブサイトに10年以上記載している。

一方、このような人事評価への利用についての批判も存在する。教授選考の指標として適切かどうかが問題となったこともある[8]。まず、ある雑誌の平均的な論文の被引用回数が高いということが、本当にその雑誌の価値を示しているかどうかは分からない。引用がどういった文脈で行われているか(批判的な引用かそうでないか等)は、データ作成者は判断できない。また、前述の定義の通り、インパクトファクターは学術誌全体の評価を示すものであって個々の論文の評価を示すものではない。ごく一部のスター的な論文が被引用回数を稼ぐことによって雑誌のインパクトファクター値を引き上げることもよく起こりうる。またインパクトファクターはその性質上レビュー専門雑誌あるいはそれを多く掲載する雑誌で高くなる傾向にある。

さらに計算対象についても、直近2年の論文データしか用いないのは短すぎるとの批判がある[9]。インパクトファクターの計算に直近2年の論文データを用いるのは、どの分野においても平均的な論文は出版後2年目3年目に最も多く引用され、徐々に引用されなくなっていく傾向があるためである。しかし実際には分野によってはなだらかな山を描きながら息長く引用され続けるものもあり、この場合には直近2年のデータを用いたインパクトファクターでその論文の掲載誌の影響度をはかることは難しい。(この批判に対する回答として、トムソン・ロイター社は2009年、JCRに5年インパクトファクターを新たな指標として追加した。またJCRに10年間の各雑誌の引用データを掲載しており、各人が自由に目的に応じた計算 / 分析を行えるようにした。)

インパクトファクターを重視しすぎるあまり、重要な研究成果については、より高いインパクトファクターを求めて国外の著名な論文誌に投稿する研究者もいる。このようなインパクトファクター偏重の姿勢は、その国の論文誌には重要な成果は掲載されないことになり、その国の論文雑誌を衰退させる可能性があるという指摘もある[9]

2015年11月30日に、秋篠宮文仁親王は、50歳の誕生日に際して行われた記者とのやり取りにおいて、インパクトファクターに関して次のように述べた[10]

一方、今年もノーベル賞の受賞という大変うれしい知らせが先月ありました。もちろん、ノーベル賞の領域に入らない分野ですばらしい業績を挙げている人も多々おられますので、一つだけ取り上げるのはよくないのかもしれませんけれども、それでもやはり、私たちにとって誠にうれしいニュースでありました。しかも、地道な研究が評価されているということを感じました。ただ、その一方で、今学術の世界でだんだん短期的な成果を求められるようになってきています。例えば論文数ですとか、インパクトファクターの高いところに掲載されるかどうかなどですね。それは非常に大事なことではあっても、それのみで学術・学問が判断されることになると、地道に長い年月かけて行われて、良い成果が出るということがだんだんに無くなってくるのではないかなと、気にかかるときもあります。

2016年のノーベル賞受賞者である大隅良典は、論文不正問題の原因としてインパクトファクターを取り上げたNHKスペシャル『追跡 東大研究不正~ゆらぐ科学立国ニッポン~(2017年12月10日)』[11]のインタビューで次のように述べた。

今の大学院生の気分からいったら「自分が何やりたいです」じゃない。

何をやったらいい論文が書けるかで選んだり(している)。

研究不正する人って研究を実際には楽しめていないと思う。

今、大変大きな問題は、若者も研究の楽しさをなかなか知れない。

私、今の時代だったら早々とキックアウト(追い出し)されてたろうなと。それは実感として思います。

科学の世界は変なやつもやっぱり内包しながら、面白いことを考えている人たちを大事にする、そういう多様性を認めないといけない。

(一億円の私財を投じて作った研究支援財団に関して)研究者の目線でこの人サポートしたらいいねという人たちがサポートできるような財団にしたい。

2017年の日刊工業新聞のインタビュー[12]では次のように述べた。

若手は論文の数や、雑誌のインパクトファクターで研究テーマを選ぶようになってしまった。自分の好奇心ではなく、次のポジションを確保するための研究だ。自分の軸を持てないと研究者が客観指標に依存することになる。だが論文数などで新しい研究を評価できる訳ではない。

例えば一流とされる科学雑誌もつまる所、週刊誌の一つだ。センセーショナルな記事を好み、結果として間違った論文も多く掲載される。彼らにとって我々がオートファジーやその関連遺伝子『ATG』のメカニズムを研究していることは当たり前だ。その機構を一つ一つ解明するよりも、ATGが他の生命現象に関与していたり、ATGの関与しないオートファジーがあるという研究の方が驚きをもって紹介される。研究者にとってインパクトファクターの高い雑誌に論文を掲載することが研究の目的になってしまえばそれはもう科学ではないだろう。

視野の狭い研究者ほど客観指標に依存する。日本の研究者は日々忙しく異分野の論文を読み込む余裕を失っている面もある。だが異分野の研究を評価する能力が低くては、他の研究を追い掛けることはできても、新しい分野を拓いていけるだろうか。研究者は科学全体を見渡す能力を培わないとダメになる。

本来、一人の研究者が年間に10本も論文を書くことはおかしなことだ。3年に1本良い論文を出していれば十分良い研究ができている。また科学者は楽しい職業だと示せる人が増えないといけない。

2018年のノーベル賞受賞者である本庶佑は、2018年12月26日に京都大学で行われた記者会見において次のように述べた[13]

インパクトファクターなるものを作った某社がありまして、これは極めて良くない

トムソンロイター社には直接申し上げたこともあります

論文の中身が分からない人が使うんですね

未だにそれを使われているということは、ほとんどの人が論文の価値を分かっていないということを意味している

こういう習慣をやめなければいけない

2003年に、日本数学会は、「数学の研究業績評価について」という理事会声明を決定した[14]。その声明の中で、異なる分野の論文を引用数を元に評価することについて次のように述べた。

サッカーの選手と野球の選手の価値をその選手が取った得点で比較するようなものであり、ほとんど意味がない

脚注

  1. ^ インパクトファクター・引用情報の調べ方”. 慶應義塾大学信濃町メディアセンター (2013年10月1日). 2013年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月21日閲覧。
  2. ^ Garfield, E., "The Agony and the Ecstasy - The History and the Meaning of the Journal Impact Factor"(PDF), presented at the International Congress on Peer Review and Biomedical Publication, Chicago, U.S.A., September 16, 2005, p.1.
  3. ^ 消化器外科学講座(消化管分野)教授 候補者の公募について 東女医大医教第16240号”. 東京女子医科大学 学長 吉岡俊正. 2019年3月5日閲覧。
  4. ^ 福井大学 テニュアトラック教員 公募要項”. 国立大学法人福井大学. 2019年3月5日閲覧。
  5. ^ 教授からのメッセージ よくある質問3 - 臨床と基礎研究のそれぞれの良さとは”. www.bioreg.kyushu-u.ac.jp. 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野. 2019年3月5日閲覧。
  6. ^ 教授からのメッセージ よくある質問5 - 科学は競争か?”. www.bioreg.kyushu-u.ac.jp. 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野. 2019年3月5日閲覧。
  7. ^ 教授からのメッセージ 「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』”. www.bioreg.kyushu-u.ac.jp. 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野. 2019年3月5日閲覧。
  8. ^ 高田和彰、内田隆 (1998). “歯学部教授選考をめぐって”. 広大フォーラム (広島大学) 29 (7). http://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/29-7/senkou.html 2015年4月11日閲覧。. 
  9. ^ a b 下山宏 (2009). “インパクトファクターはどこへ行く?”. 顕微鏡 (日本顕微鏡学会) 44 (4): 239. ISSN 1349-0958. 
  10. ^ 秋篠宮さま、50歳誕生日で質問とご回答<1> 読売新聞 2015年11月30日
  11. ^ NHKスペシャル 追跡 東大研究不正 ~ゆらぐ科学立国ニッポン~ NHK 2017年12月10日
  12. ^ “ノーベル生理学・医学賞受賞の大隅氏「視野の狭い研究者ほど客観指標に依存する」”. ニュースイッチ (日刊工業新聞社). (2017年12月29日). https://newswitch.jp/p/11497 2019年3月5日閲覧。 
  13. ^ 本庶佑さんが京大で会見 SankeiNews 2018年12月26日 - YouTube
  14. ^ 数学の研究業績評価について”. 「数学通信」第8巻 第3号. 社団法人 日本数学会 理事会 (2003年). 2019年11月28日閲覧。

関連項目

外部リンク