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テレゴニー

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テレゴニーtelegony)とは、あるが以前あると交わり、その後その雌と別の雄との間に生んだ子に、前の雄の特徴が遺伝する、という説や理論のことであり、人においては未亡人再婚した女性の子は先の夫の性質を帯びる、という説である。

人間におけるテレゴニーは古来、広く信じられており、男性が交際相手に処女性を求める根拠の一つとして挙げられることもあった。近代以降の研究ではテレゴニーは一旦否定されたが、近年分子生物学などの発展に伴って、後述するようにテレゴニーを説明できるいくつかの分子メカニズムが提案されている[1][2]。 人間以外の動物ではハエの研究でテレゴニーが実際に確認されている[3]

日本語では先夫遺伝(せんぷいでん)、または感応遺伝(かんのういでん)と呼ばれる[4]

概要

アリストテレスが説明したこの理論は古代広く受け入れられ、中世ヨーロッパの学者たちがアリストテレスを再評価するにつれてこの理論も復活した。アルトゥル・ショーペンハウアーハーバート・スペンサーは共にテレゴニーを信憑性のある理論だと思っていた[5]

ギリシャ神話にはテレゴニー的な妊娠という考え方はあった。同神話に登場する英雄たちでは、父親が二人いて一人は不死の存在(神)でもうひとりは死すべき者(人間)、というのはよくある話だったのである。例えばテーセウスは、人間および神を父として、一夜で二重に宿される形となった。古代当時の性の理解では、精液がまざることでテーセウスは神の性質と人間の性質を同時に受け継ぐ、と考えられたのである。このようにして英雄が人間を超えた性質を示すことを説明したのである。

1361年エドワード黒太子は父エドワード3世の従妹ジョーン・オブ・ケントと結婚したが、既に2度の結婚をしているジョーンとの結婚には反対が多かった。テレゴニーはこの反対理由の一部であった。

ウァレンティヌス英語版に追従するグノーシス主義者らは生理学的分野の概念を、その影響範囲を女性の思考にまで広げることによって、心的あるいは霊的な分野にまで取り入れた。フィリポによる福音書には以下のような記述がある。

女が誰を愛そうとも、生まれてくる子はその相手に似る。仮に相手が夫ならば子も夫に似、姦夫ならば姦夫に似る。ある女が夫と共に寝ているとき、その女の心は常習的に交わっている姦夫のところにあるというのはたびたびある。女は愛する男の子を生むのだから、子は姦夫に似るのだ[6]

19世紀には最も広く信じられたテレゴニーの例、モートン卿の牝馬英語版が登場し、これは一流の外科医エヴェラード・ホーム卿(Sir Everard Home)によって報告され、チャールズ・ダーウィンも引用した[7]モートン卿は白い牝馬と野生のクアッガ種牡馬を飼育していた[8]。そして後に同じ牝馬と別の白い種牡馬を飼育したところ、奇妙なことに子の足にはクアッガのような縞模様があった[9]アウグスト・ヴァイスマンは以前からこの理論に対し疑念を表明していたが、1890年代まで科学的な反論は出来ずにいた。スコットランドJames Cossar Ewart、およびドイツブラジルの研究者らによる一連の実験ではこの現象の如何なる証拠も発見できなかった。現在この事例については対立遺伝子を用いて遺伝学的に説明できる。

分子生物学の発展以前の遺伝学では、「哺乳類においては受精卵染色体の半分は精子、つまり父親から受け継がれるもので、もう半分は卵子、つまり母親から受け継がれる」とされており、テレゴニーは当時の遺伝学および生殖過程に関する知識と根本的に合致しなかった。

それにもかかわらず、テレゴニーは19世紀後半の人種差別主義者の会話にも影響を与えていた。例えば、「非アーリア人との子供を一度でも持てば、二度と純粋なアーリア人の子を持つことは出来ない」といった具合である。このアイディアはナチズムに採用された[5]

最近の進展

ニューサウスウェールズ大学[10]のグループはテレゴニーに類似の現象を初めてハエで発見した。その結果は2013年リスボン[3]で行われた第14回ヨーロッパ進化生物学会で発表された。

スタンフォード大学のレオナルド・ハーゼンバーグ教授は1979年胎児DNAが妊娠によって母親の胎内に残る事を最初に証明した[11]フレッド・ハッチンソン研究センターは2012年[12]に胎児のDNAが脳関門を通過し、母親の内に残る事が珍しくない事を明らかにした[13]。同じ年にレイデン大学医療センターは以前の妊娠で母親の体に入った胎児のDNAが年下の兄弟の中にも入る事を指摘した[14]

上記の事実から一部の科学者はテレゴニーを説明できる分子生物学的メカニズムを提唱している[1][2]。 そのメカニズムとは精子による女性生殖器内の体細胞へ精子が侵入すること、妊娠による胎児の細胞を経由したDNAの結合、無細胞胎児DNA、精子から放出されたDNAの母体体細胞への取り込み、母体血中に存在する胎児のDNAによる影響、体細胞への外来性DNAの編入、精子や胎児に含まれるRNAによるエピジェネティクスな非メンデル遺伝などである。

テレゴニーを扱った小説

脚注

  1. ^ a b Liu, Y (Jul 2013). “Fetal genes in mother's blood: A novel mechanism for telegony?”. Gene 524 (2): 414–6. doi:10.1016/j.gene.2013.03.061. PMID 23618818. 
  2. ^ a b Liu, Yongsheng (2018) (英語). Advances in Genetics. 102. Elsevier. pp. 93–120. doi:10.1016/bs.adgen.2018.05.009. ISBN 9780128151297. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0065266018300099 
  3. ^ a b Like father like son? Nongenetic paternal effects reinvigorate the possibility of telegony”. XIV Congress of the European Society for Evolutionary Biology. 2013年12月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。28 December 2013閲覧。
  4. ^ ブリタニカ国際大百科事典 Windows対応小項目版
  5. ^ a b Bondeson, Jan. (1999, ©1997). A cabinet of medical curiosities. New York: W.W. Norton. p. 159. ISBN 0393318923. OCLC 41362495. https://www.worldcat.org/oclc/41362495 
  6. ^ Gospel of Philip, p112. Noted in Robert M. Grant, "The Mystery of Marriage in the Gospel of Philip" Vigiliae Christianae 15.3 (September 1961:129-140) p. 135.
  7. ^ Darwin, Charles. (2010). The Variation of Animals and Plants under Domestication. Volume 2. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 9780511709517. OCLC 889946324. https://www.worldcat.org/oclc/889946324 
  8. ^ クアッガはシマウマ類で現在は絶滅している
  9. ^ "Lord Morton's Mare"
  10. ^ Evolutionary Biology Lab People”. 28 December 2013閲覧。
  11. ^ Leonard, Herzenberg. “Fetal cells in the blood of pregnant women: detection and enrichment by fluorescence-activated cell sorting.”. Proc Natl Acad Sci U S A.. 26 December 2013閲覧。
  12. ^ Men on the mind: Study finds male DNA in women’s brains”. Fred Hutchinson Cancer Research Center. 26 December 2013閲覧。
  13. ^ Many female brains contain male DNA”. FoxNews. 26 December 2013閲覧。
  14. ^ Dierselhuis, Miranda. “Transmaternal cell flow leads to antigen-experienced cord blood”. Blood:American Society of Hematology. 26 December 2013閲覧。

参考文献

関連項目