青木一興

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青木一興
時代 江戸時代後期
生誕 文政5年(1822年
死没 嘉永2年8月10日1849年9月26日
戒名 玄了院殿俊徳義勇大居士
官位 従五位下美濃
幕府 江戸幕府
主君 徳川家慶
摂津麻田藩
氏族 青木氏
父母 父:青木一貞、養父:青木重龍
兄弟 重龍、谷衛昉、男子三人、一興
小出英明室(後石河光晃室)
養子:一咸奥平昌高十二男)

青木 一興(あおき かずおき)は、江戸時代後期の大名摂津国麻田藩12代藩主。

文政5年(1822年)、10代藩主・青木一貞の六男として誕生。弘化4年(1847年)11月23日、兄で11代藩主・重龍の養子となり家督を譲られた。同年12月16日、従五位・下美濃守に叙任する。しかし、藩主に就任してから僅か2年後の嘉永2年(1849年)、死去。享年28。

一興の死後、豊前国中津藩5代藩主・奥平昌高の十二男・一咸が養子に迎えられ、家督を継いだ。