阿豆佐味天神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
阿豆佐味天神社
阿豆佐味天神社(瑞穂町)拝殿.jpg
拝殿
所在地 東京都西多摩郡瑞穂町殿ヶ谷1008
位置 北緯35度46分0.52秒
東経139度21分53.65秒
主祭神

少彦名命
(すくなひこなのみこと)
素戔嗚命
(すさのおのみこと)

大己貴命
(おおなむちのみこと)
社格 式内社(小社)・旧郷社
創建 寛平4年(892年
本殿の様式 流造
例祭 3月4日
テンプレートを表示

阿豆佐味天神社(あずさみてんじんじゃ)は、東京都西多摩郡瑞穂町にある神社であり、他の阿豆佐味天神社の総本宮である。

概要[編集]

瑞穂町と武蔵村山市のほぼ境界上の狭山丘陵南麓部に位置する古社で、『延喜式神名帳』には武蔵国多摩郡八座[1]の一座に数えられている。

歴史[編集]

社伝によれば、寛平4年(892年桓武平氏の祖・高望王が創建したという。

村山郷の総鎮守で、武蔵七党の一、村山党(高望王の子孫で秩父平氏の流れを汲む)の氏神として崇敬を受けた。阿豆佐味という社名については、梓弓によるという説、(きささげ、古名あずさ)によるという説、湧水(阿豆=甘い、佐=の接頭語、味=で、甘い水の意)によるという説など諸説ある。

天正12年(1584年)、慶長3年(1598年)の修復を経て、享保年間(1716年-1736年)村山土佐守により社殿の修復が行われ、その後も後北条氏社領15徳川幕府朱印地12を寄進するなど、歴代領主から厚く遇されている。明治6年(1873年郷社に列格した。因みに殿ヶ谷の地名は、村山党の居館があったことに由来するという。

社頭前には文久3年(1863年)の社号標がある。

また、立川市砂川町に鎮座する阿豆佐味天神社は、江戸時代の初め、当社を勧請したものである。砂川の新田開発を行った岸村(現在の武蔵村山市)の村野氏(後の砂川氏)は村山党の後裔を称する。また、小平市小川町小平神明宮[2]、同市仲町熊野宮[3]は、同じく小川新田の開発を行った岸村の小川氏と、当社の社家、宮崎氏が、岸村に鎮座していた当社の摂社神明社と熊野宮を勧請したものである。 「猫返し神社」としても知られており、飼い猫の無事や健康を祈る参拝客が多く訪れる。境内の蚕影神社がその社であり、の天敵がねずみであることから、ネコが守り神となっている。「猫返し神社」として知られるようになったのは、ジャズピアニスト山下洋輔の影響とされている。[4]

例大祭[編集]

境内社[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 阿伎留神社(あきる野市)・小野神社(多摩市小野神社府中市小野神社論社)・布多天神社調布市)・御嶽神社青梅市)・阿豆佐味天神社・穴澤天神社稲城市)・虎柏神社(青梅市)・青渭神社(調布市・青梅市・稲城市)
  2. ^ 小平神明宮
  3. ^ 熊野宮
  4. ^ 立川 阿豆佐味天神社・公式サイト

外部リンク[編集]