金蔵寺 (船橋市)

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御滝山金蔵寺
不動堂
所在地 千葉県船橋市金杉6-25-1
位置 北緯35度44分23.8秒
東経140度1分7秒
山号 御滝山
宗派 真言宗豊山派
創建年 1423年応永30年)
正式名 御滝山 金蔵寺
別称 御滝不動尊
札所等 吉橋大師八十八ヶ所58番
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地理院地図 Googleマップ 御滝不動尊金蔵寺

御滝山金蔵寺(おたきさん こんぞうじ)は千葉県船橋市金杉にある真言宗豊山派の寺院で、御滝不動尊(おたきふどうそん)と呼ばれている。吉橋大師八十八ヶ所巡りの第58番目札所でもある。

由緒[編集]

御滝不動尊の起源については、今日まで諸説伝えられているが、一般的に広まっている話によると、創建は、1423年応永30年)。現在の境内付近は夜も明るくなるほど輝き付近の村人を恐れさせていたと言われ、応永13年(1423年)正月に、越後国から常陸国守護大名佐竹義仁に招かれ、通りかかった能勝阿闍梨がこれをあやしく思い、二十一日間の護摩を修すると、ある夜、夢に円仁平安時代初期の天台宗の僧、最澄の弟子)があらわれ、自身が心をこめて刻んだ不動尊がこの地に埋まっているとのお告げから、早速、金杉の村人の協力を得てその場所を掘ると円仁作を記した木造があらわれ、その掘った跡から水が湧き出し、滝となったという。そのことがきっかけとなり、御滝信仰が起こり、小堂をたて木像が安置され、金蔵を置いたことから金蔵寺と呼ばれるようになったとされる。一方、寺に残されている社伝では、金蔵寺は江戸時代以前は現在の位置にあったが、江戸時代になると社寺の敷地が江戸幕府直轄の小金牧の範囲になったため移転し、明治時代になって、牧馬がなくなったことから元の敷地に戻ったとされていることから、両者の話を比べてみても不動尊の成立は江戸時代から二百年ほど前と推測される[誰によって?]

歴代住職[編集]

  • 第1代 善光祐定門
  • 第2代 清光祐覚禅定門
  • 第3代 法印賢栄
  • 第4代 専慶法
  • 第5代 権大僧法印祐誓
  • 第6代 法印淳慶
  • 第7代 弁応法師
  • 第8代 法印円鏡
  • 第9代 権大僧都法印照円
  • 第10代 西念法師
  • 第11代 円隨法師
  • 第12代 法印宥豊
  • 第13代 権大僧都法印良慶
  • 第14代 慶彗
  • 第15代 権大僧都法印祐応
  • 第16代 法印尭寛
  • 第17代 宗善法師
  • 第18代 権大僧都法印幸照
  • 第19代 浄円法師
  • 第20代 権大僧都法印隆善
  • 第21代 円滝
  • 第22代 権大僧都法印本善
  • 第23代 伝燈大阿闇梨法印頼澄
  • 第24代 権大僧都法印竜胸
  • 第25代 権大僧都藤井栄教
  • 第26代 森真教
  • 第27代 内藤賢照
  • 第28代 石橋敬泰道
  • 第29代 橋本泰敬
  • 第30代 清水宥信
  • 第31代 橋本諦彗
  • 第32代 石橋伝澄
  • 第33代 宮本亮澄
  • 第34代 大僧正梨本宥栄
  • 第35代 梨本俊弘
  • 第36代 権大僧都法印祐宝
  • 第37代 法印宥彗
  • 第38代 楽念法師
  • 第39代 西山法師位
  • 第40代 佐々木大円信海居士

施設[編集]

  • 不動堂・手水台
嘉永4年(1851年)に落成。
弘化4年(1847年)に作られた。現在の滝は昭和54年(1979年)に改築された新しい滝である。

画像[編集]

ギャラリー[編集]

御滝信仰[編集]

「下総国金椙御滝山不動堂之図」という滝不動の四季を描いた4枚組である。作年不明。幕末から明治には、滝にうたれて修業する行者もいたといわれる。

交通[編集]

新京成電鉄新京成線

船橋新京成バス

周辺の施設[編集]

関連項目[編集]