野庭関城

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野庭関城
神奈川県
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 和田義盛?
築城年 13世紀初頭?
主な改修者 不明
主な城主 不明
廃城年 不明
遺構 ほぼ消失
指定文化財 未指定
埋蔵文化財
包蔵地番号
市:港南区№67
再建造物 なし
位置
地図
野庭関城の位置(神奈川県内)
野庭関城
野庭関城

野庭関城(のばのせきじょう、のばのせきしろ)は、神奈川県横浜市港南区野庭町に存在した中世城郭である。

概要[編集]

平戸永谷川上流の丘陵地帯にあり、現在の「野庭中央公園」付近が本曲輪であったとされている[1][2]

築城者は鎌倉幕府初代侍所別当の和田義盛とされ、1213年建暦3年)の和田合戦の際に、和田義盛に与する人々が泉親衡と共に立て籠ったと言う[3]

脚注[編集]

  1. ^ 児玉・坪井監修 1980
  2. ^ 「野庭の「関城」と周辺 上大岡・野庭」横浜市公式HP
  3. ^ 「野庭の関城跡」横浜市公式HP

参考文献[編集]

外部リンク[編集]