赤肉 (栄養学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
100gの生の赤肉が調理され65グラムに。

栄養学疫学において赤肉(英:red meat)、赤身肉は、哺乳動物ので、牛豚羊馬ヤギの肉である[1]。単に食肉)のことである[2]家禽(鳥)や魚は含まない[1]。さらにハムベーコンソーセージといった加工肉 (Processed meat) を分類し、こうした分類から食生活指針の推奨が構成される。

世界保健機関 (WHO) / 国際がん研究機関 (IARC) は、2015年に主に結腸直腸癌のリスクから、赤肉をおそらく発がん性がある2Aに分類した[1]。加工肉は塩、塩漬け、発酵、燻製などの加工によって処理された肉であり、このグループ1(発がん性あり)に分類される[1]。2007年には、世界がん研究基金 (WCRF) が週に赤肉500g以下を個人の目標として、また公衆衛生上の目標を週に300g以下とし、加工肉についてはできるだけ食べないよう推奨している[2]。これらをうけての日本での検討では平均摂取量の少なさから諸外国より弱い関連性がみられたが、「日本人のためのがん予防法」の目標には採用されていない[3]。ハーバード大学医学部の見解では、赤身肉や加工肉は確かに体に悪く、赤身肉よりも白身肉が比較的推奨されるというエビデンスが蓄積されつつある[4][5][6]。しかし、動物性タンパク質を炭水化物から食事に切り替えた場合に、認知機能の改善が見られたということである[7]

[編集]

2016年の文献レビューでは、1日100グラム以上の肉が消費された時のリスク増加は、脳卒中と乳がんで11%、心血管疾患死亡率は15%、結腸直腸がん17%、前立腺がん19%であった[8]。また、別の研究は82グラムあたりのリスク増加を見出しており(右図)、1日42グラム以下とした場合、死亡リスクは7.6-9.3%低下する[9]

1日82グラムの摂取によるリスク増加[9]
赤肉 加工肉
死亡リスク 13%増加 20%増加
心血管 10%増加 18%増加
がん 16%増加 21%増加

肉に含まれるヘム鉄は無機鉄と同様に、発がん性物質のN-ニトロソ化合物ニトロソアミンなど)の生成を促進したり[1][10][注 1]、脂質過酸化生成物 (LPO) の形成を触媒したりする可能性がある[12]。また、特に火の上での高温調理は複素環式芳香族アミンのような発がん性物質を生成する[1]。メディア、特に畜産産業は健康的な食事の一環として肉の消費を奨励しているが、ハーバード公衆衛生大学院によれば、肉の摂取量が多い場合、結腸直腸がん、心臓疾患、糖尿病のリスクが高まることがこれまでの研究で示されているため、家禽(鳥)、魚、豆など他のタンパク質源に比べると、健康を保つために最適な食事ではない[1]ミオグロビンの量が肉の色を決めており、豚では鶏や魚より多いことから、赤肉に分類される[13]

地中海食では、特別な日にだけ肉を食べており、こうした食習慣は理想的である[1]

2015年のアメリカの食生活指針では、持続可能性(サステナビリティ)の概念が導入され、人間の健康と天然資源を維持するために赤肉と乳製品の消費を抑えることに言及している[14]

2002年の世界保健機関の報告書では、動物性タンパク質の摂取量が60gから20gに減少すると、カルシウム必要量が240mg減少するという推定がある[15]

加工肉[編集]

亜硝酸ナトリウム硝酸ナトリウムといった食品添加物(発色剤)や、燻製処理は、N-ニトロソ化合物ニトロソアミンなど)や多環芳香族炭化水素 (PAH) のような発がん性物質を生成する[1]。これらを使わない加工肉は「無塩せき」と呼ばれ、中小企業の商品に多い[16]。ハーバード公衆衛生大学院の解説では、硝酸塩が使われていないという加工肉は、しばしば天然の硝酸塩が豊富なセロリジュースで保存されており、安全性を判断するにはデータは不十分で、肉自体に他の発がん性物質の形成を促進する物質があるため、硝酸塩が使われていないとする加工肉でも、特別に扱わないということが最善であるとした[1]。塩分や脂肪分も多い傾向にある[17]

この分類は肉の加工肉となっているが、ここに含まれない鶏肉(チキン)七面鳥(ターキー)のホットドッグやベーコンよりは、そうでない未加工の鶏肉や七面鳥を食べた方が良い[1]

イギリスの保健省は、赤肉、加工肉の摂取量を1日あたり70グラムにまで減らすことを勧めている[17]

2002年の世界保健機関の報告書では、動物性タンパク質の摂取量が60gから20gに減少すると、カルシウム必要量が240mg減少し、同様にナトリウムが2.3mg減少するとカルシウム必要量も同じだけ減少するという推定がある[15]

[編集]

2007年には、世界がん研究基金 (WCRF) が週に赤肉500g以下を個人の目標として、また公衆衛生上の目標を週に300g以下とし、加工肉についてはできるだけ食べないよう推奨している[2]

2015年、世界保健機関 (WHO)の一機関である 国際がん研究機関 (IARC) は、主に結腸直腸癌のリスクから、赤肉をおそらく発がん性がある2Aに分類している。加工肉は塩、塩漬け、発酵、燻製などの加工によって処理された肉であり、グループ1に分類される[18]

これらの指定などに続いて、日本でも国立がん研究センターが19件の研究に基づいて、赤肉、加工肉と大腸がんとの関連は「可能性あり」としており、日本人の平均的な摂取量が諸外国より少ないため、弱い判定結果になったと考えられた。明確でないことから「日本人のためのがん予防法」の目標には採用されていない。[19]

IARCの発がん性物質の指定はリスクの大きさを考慮しておらず、ハーバード公衆衛生大学院の推定では、がんのみに限ると世界で喫煙による年間死亡者数は100万人である一方、加工肉1日50グラムの消費増加では3.4万人の死亡増加と少ないことが示されるが、これをさらに心血管疾患、糖尿病、結腸直腸がんとすると2013年のデータがあり[20]、加工肉の摂取量が多いことに起因する年間死亡者は64.4万人である[1]

2016年にアメリカがん研究協会 (WCRF) と世界がん研究基金は、加工肉の消費による胃がんリスクの増加を報告した[21]

がん研究機関のキャンサー・リサーチUK支援のもとでオックスフォード大学が実施した2019年の分析では、赤肉や加工肉を週に4回以上摂取している場合には、2回未満の人々より結腸癌のリスクが20%高いことが判明した[22]。2019年の43の研究からのメタアナリシスでは、赤肉を毎日100グラムごとに胃がんの相対危険度が1.26倍、加工肉の胃がんの相対危険度は毎日50グラムごとに1.72倍であった[23]

日本人の赤肉・加工肉の平均摂取量が一日あたり63g(赤肉50g、加工肉は13g)と低いため癌リスクに与える影響は無いか、あっても小さいと考えられるが、日本でも摂取量の多い男性上位10%は結腸がん発生率が1.37倍となるとの報告や[24][25]、牛肉の摂取量が一番低かったグループに比べ最も高いグループでは、男性で下行結腸がんのリスクが、女性では腸がんリスクが高くなる、また、豚肉摂取が最も多いグループでは女性の下行結腸がんリスクが高く、加工肉摂取頻度が最も多いグループの女性で結腸がんリスクは高い。鶏肉では顕著な癌リスク増加は認められなかった。これらの結果から赤肉の摂取により結腸がんリスクが上昇することが示唆されている[26]

メンタルヘルス[編集]

赤肉を殆ど食べない菜食主義者は抑うつや、不安症状の人が多いという横断研究の結果がある。推奨量以下または推奨量以上の赤肉を食べる人は推奨量内の赤肉を食べる人や女性に比べて抑うつや、不安症状の人が多いという横断研究や、赤肉を殆ど食べない菜食主義者は抑うつや、不安症状の人が多いという横断研究の結果がある。[27]

Critical Reviews in Food Science and Nutritionに掲載されたUrska Dobersekらはレビューで、肉食とメンタルヘルスに関するオンラインデータベース上の論文を検証し結果を発表した。肉食とメンタルヘルスに関する研究には信頼性に幅があるが、6840の論文を精査し、中から信頼性のある18件の論文が見つかった。それらの研究のうち11件は肉の摂取を控えることが心理的健康の悪化と関連していることを示し、3件は肉を摂取しない人の方が良い結果があることを示し、4件は曖昧であった。この結果に対しUrskaらは研究デザインおよび/または厳密性の欠如により、因果関係を推論することは不可能であり、推論されるべきではない。しかしながら、我々の研究は全体的な心理的健康効果のために肉の摂取を避けることを支持していない。としている[28]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 非ヘム鉄も体内で過剰になると、不安定鉄プール(labile ironpool、LIP、遊離鉄)が増加し、その結果、鉄毒性が増し、肝障害,糖尿病,内 分泌腺障害などが起き、DNAを損傷させ癌に関与する[11]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 国際がん研究機関 (2015年10月26日). IARC Monographs evaluate consumption of red meat and processed meat (PDF) (Report). WHO report says eating processed meat is carcinogenic: Understanding the findings”. ハーバード公衆衛生大学院 (2015年11月13日). 2017年5月6日閲覧。
  2. ^ a b c World Cancer Research Fund and American Institute for Cancer Research (2007). Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective. Amer. Inst. for Cancer Research. p. 370, 382. ISBN 978-0972252225. http://wcrf.org/int/research-we-fund/continuous-update-project-cup/second-expert-report  (推奨については英語版のみ)日本語要旨:食べもの、栄養、運動とがん予防世界がん研究基金米国がん研究機構
  3. ^ 赤肉・加工肉のがんリスクについて』(プレスリリース)国立研究開発法人国立がん研究センター、2015年10月29日https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2015/1029/index.html2020年12月24日閲覧 
  4. ^ What’s the beef with red meat?” (英語). Harvard Health (2020年2月1日). 2022年6月1日閲覧。
  5. ^ 肉類摂取と死亡リスクとの関連”. 国立がん研究センター. 2022年1月22日閲覧。
  6. ^ Eiko Saito、Xiaohe Tang、Sarah Krull Abe、Norie Sawada、Junko Ishihara、Ribeka Takachi、Hiroyasu Iso、Taichi Shimazu ほか「Association between meat intake and mortality due to all-cause and major causes of death in a Japanese population」『PLoS One』第15巻第12号、Public Library of Science (PLOS)、2020年、doi:10.1371/journal.pone.0244007 
  7. ^ Godman, Heidi (2022年6月1日). “Protein intake associated with less cognitive decline” (英語). Harvard Health. 2022年5月19日閲覧。
  8. ^ Wolk, A (6 September 2016). “Potential health hazards of eating red meat.”. Journal of Internal Medicine. doi:10.1111/joim.12543. PMID 27597529. オリジナルの8 November 2016時点におけるアーカイブ。. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joim.12543/full. 
  9. ^ a b Pan A, Sun Q, Bernstein AM, et al. (2012). “Red meat consumption and mortality: results from 2 prospective cohort studies”. Arch. Intern. Med. 172 (7): 555-563. doi:10.1001/archinternmed.2011.2287. PMC 3712342. PMID 22412075. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3712342/. 
  10. ^ 食品安全委員会清涼飲料水中の化学物質に係る食品健康影響評価のための情報収集・調査 分割版(B.鉄)』(レポート)、2015年1月30日。
  11. ^ 大竹孝明、生田克哉、高後裕「鉄代謝の臨床 鉄欠乏と鉄過剰:診断と治療の進歩 IV.最近の話題 2.鉄と発癌」『日本内科学会雑誌』第99巻第6号、日本内科学会、2010年、1277-1281頁、doi:10.2169/naika.99.1277ISSN 0021-5384 
  12. ^ Turesky RJ (October 2018). “Mechanistic Evidence for Red Meat and Processed Meat Intake and Cancer Risk: A Follow-up on the International Agency for Research on Cancer Evaluation of 2015”. Chimia (Aarau) 72 (10): 718-724. doi:10.2533/chimia.2018.718. PMID 30376922. 
  13. ^ USDA-Safety of Fresh Pork...from Farm to Table”. Fsis.usda.gov (2008年5月16日). 2013年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月16日閲覧。
  14. ^ The new focus on sustainability: The Dietary Guidelines for Americans and for our planet”. ハーバード公衆衛生大学院 (2015年6月16日). 2017年9月18日閲覧。
  15. ^ a b joint FAO/WHO expert consultation. "Chapter 11 Calcium", Human Vitamin and Mineral Requirements, 2002.
  16. ^ 垣田達哉「発がん性の指摘ある発色剤、日本ハムが「非使用」宣言の狙い」『Business Journal』、2017年12月11日。2019年4月10日閲覧。
  17. ^ a b Meat in your diet”. 2019年4月17日閲覧。
  18. ^ IARC Monographs evaluate consumption of red meat and processed meat』(プレスリリース)国際がん研究機関(IARC)、2015年10月26日https://www.iarc.who.int/wp-content/uploads/2018/07/pr240_E.pdf2021年12月24日閲覧 
  19. ^ 赤肉・加工肉のがんリスクについて”. 国立がん研究センター (2015年10月29日). 2019年5月26日閲覧。
  20. ^ Forouzanfar MH, Alexander L, Anderson HR, et al. (2015). “Global, regional, and national comparative risk assessment of 79 behavioural, environmental and occupational, and metabolic risks or clusters of risks in 188 countries, 1990-2013: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2013”. Lancet 386 (10010): 2287-2323. doi:10.1016/S0140-6736(15)00128-2. PMC 4685753. PMID 26364544. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(15)00128-2. 
  21. ^ Diet, nutrition, physical activity and stomach cancer”. アメリカがん研究協会 and 世界がん研究基金 (2016年4月21日). 2016年4月23日閲覧。
  22. ^ Kathryn E Bradbury, Neil Murphy, Timothy J Key (2019-04-17). “Diet and colorectal cancer in UK Biobank: a prospective study”. International Journal of Epidemiology: dyz064. doi:10.1093/ije/dyz064. https://doi.org/10.1093/ije/dyz064. 
  23. ^ Kim SR, Kim K, Lee SA, Kwon SO, Lee JK, Keum N, Park SM (April 2019). “Effect of Red, Processed, and White Meat Consumption on the Risk of Gastric Cancer: An Overall and Dose–Response Meta-Analysis”. Nutrients 11 (4). doi:10.3390/nu11040826. PMID 30979076. https://doi.org/10.3390/nu11040826. 
  24. ^ 赤肉・加工肉のがんリスクについて』(プレスリリース)国立研究開発法人 国立がん研究センター、2015年10月29日https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2015/1029/index.html2020年12月23日閲覧 
  25. ^ 赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについて”. 国立研究開発法人 国立がん研究センター. 2020年12月23日閲覧。
  26. ^ 日本人における肉類摂取と大腸がんリスク』(プレスリリース)国立研究開発法人 国立がん研究センター、2020年7月6日https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/8496.html2020年12月24日閲覧 
  27. ^ 松岡豊、浜崎景「食からメンタルヘルスを考える―栄養精神医学の役割と可能性―」『精神神経学雑誌』第118巻第12号、日本精神神経学会、2016年、880‐894、ISSN 0033-2658NAID 40021040436 
  28. ^ Dobersek U, Wy G, Adkins J, Altmeyer S, Krout K, Lavie CJ, Archer E (2021). “Meat and mental health: a systematic review of meat abstention and depression, anxiety, and related phenomena”. Crit Rev Food Sci Nutr 61 (4): 622-635. doi:10.1080/10408398.2020.1741505. PMID 32308009. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]