藤村一人

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ふじむら かずひと
藤村 一人
生誕 (1967-04-09) 1967年4月9日(51歳)
日本の旗 東京都江戸川区
国籍 日本の旗 日本
出身校 関東第一高等学校中退
職業 フジムラ会長、フジムラ企画会長

藤村 一人(ふじむら かずひと、1967年4月9日 - )は、日本の実業家。株式会社フジムラ 代表取締役会長。株式会社フジムラ企画 代表取締役会長。東京都レスリング協会 理事[1]

経歴[編集]

東京都江戸川区出身。江戸川区立二之江第三小学校・二之江中学校卒業、関東第一高等学校中退後、1985-1989年まで陸上自衛隊 朝霞駐屯地所属。

  • 1989年、任期満了により陸上自衛隊退官後、父 藤村洋輔創業の解体業者 有限会社 藤村組入社。
  • 1999年、株式会社フジムラへ改組と同時に同社代表取締役社長に就任。[2]
  • 2009年、法人税法違反により東京国税局より東京地検特捜部へ告発され、翌年、株式会社フジムラ  代表取締役社長を退任。
  • 2016年、株式会社フジムラ・株式会社フジムラ企画 代表取締役会長に就任。[2]

人物像[編集]

  • 「幼い頃から、父親(故・藤村洋輔)の背中を見て育った。藤村組の創業者である父親は腕のいい職人だったが、経営は順調とは言えなかった。」と語っている[3]。父親から引き継いだ会社を組織化した[3]
  • 4人兄弟の長男である[3]。次男 藤村正人は株式会社フジムラ・M・プランナー 代表取締役社長、三男 藤村直人は株式会社フジムラ 代表取締役社長、妹の井澤洋美は同社 取締役である[3]。妻 藤村桂子は同社 常務取締役 経理部長に就いている[3]
  • 営業経験について、大口受注獲得のため「顔を売るために」「プライドを捨てて」営業をしたと語っている[3]
  • 他社との競合においては、「差がつくのは人」と語っている[3]
  • 「仕事の為に家族を犠牲にしてきた。家族に恩返しがしたい。」と語っている[3]
  • 2006年には、経営者の目標として「世界一の解体業者」を掲げていた[3]

旧正田邸解体工事[編集]

皇后さまの生家である旧正田邸が相続税支払いのために国庫に物納され、財務省 関東財務局は解体することとした。2002年(平成14年)株式会社フジムラはこの解体工事を一旦受注したが、「旧正田邸を守る会」(会長:住威久雄)による保存運動をテレビのワイドショーが連日取り上げることとなり[4]、辞退した。この際の記者会見において、「日本に生まれ、日本に育ち、日本を愛し、一日本人として、このような歴史的建造物を取り壊すというのは、非常に残念であり、かつ、複雑な心境でありました。」「機械でいきなり壊すのではなく、柱1つずつ、梁も1つずつ、丁寧にきれいに仕事をさせていただき、記念に残るものは美智子さまにご返上申し上げたいと考えて(解体工事の)入札に参加させていただいた。」「国民の皆様方の感情と私共の感情が重なり合うことに気付き辞退届を提出した。」と語っている。[5]

2003年(平成15年)、財務省 関東財務局は別の解体業者へ発注、建物は解体された。その後、品川区が公園用地として跡地を取得、2004年(平成16年)、区立公園「ねむの木の庭」として開園した。

不祥事[編集]

2009年(平成21年)12月15日、3年間に約1億8,000万円の所得を隠したとして、法人税法違反の疑いにより東京国税局から東京地検特捜部へ告発された。[6][7][8]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 一般社団法人 東京都レスリング協会 理事・監事各位連絡事項 PDF
  2. ^ a b 株式会社フジムラ:会社沿革”. www.kaitai-fujimura.co.jp. 2019年1月27日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 「解体業界を揺るがす日本男児 世界を望むフジムラの野望 株式会社フジムラ 藤村一人」 COMPANYTANK カンパニータンク 2006年7月号
  4. ^ 「旧正田邸 皇后さま保存望まず 宮内庁、意向伝える」中日新聞 社会面 2002年11月9日
  5. ^ 皇后陛下美智子さま御生家(旧・正田邸)取り壊しについて 敬天新聞 2005年
  6. ^ 「支払金水増し 脱税 解体業者を告発 東京国税局」産経新聞 社会面 2009年12月16日
  7. ^ 「大手解体業者 8000万脱税 国税告発」読売新聞 社会面 2009年12月16日
  8. ^ 「脱税の疑い 国税告発 東京の解体業者」朝日新聞 社会面 2009年12月16日

外部リンク[編集]