荻窪ラーメン

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荻窪ラーメン

荻窪ラーメン(おぎくぼラーメン)は、東京ラーメンの一種で、JR中央線荻窪駅周辺のラーメン店で提供されているラーメンである。

特徴[ソースを編集]

蕎麦屋からの転業が多かったため、スープは、鰹節煮干しといった魚介系スープが基本の和風で、濃口醤油を使用した濃い色のスープが特徴である。鶏ガラ豚骨といった動物系スープを合わせる店もある。麺は、中細麺を使う店が多い。

歴史[ソースを編集]

春木屋。荻窪ラーメンの代表的な存在の店のひとつ。

戦後、荻窪駅北口には闇市ができ、駅近くに数軒のラーメン屋が並んだ。後にこれらの店は青梅街道沿いに店舗を出すようになっていく。

荻窪を中心とする中央線沿線には、昭和初期から作家文人が多く住み、彼らのいきつけの店などがたびたび随筆に書かれて知られていた。これらのラーメン店にも文化人のファンが多く、すでに1960-70年代には「春木屋」が映画監督の山本嘉次郎のグルメ本で紹介される等、荻窪ラーメンは比較的早くから一部では有名な存在であった。1985年に公開された伊丹十三監督の映画「タンポポ」は、「佐久信」をモデルに制作された。

荻窪ラーメンが全国的に知られるようになったのは、バブル期のグルメブームの裾野に巻き起こった全国的なラーメンブームで、テレビや雑誌等のメディアを通じてたびたび紹介されたことが大きい。

1987年に、東洋水産(マルちゃん)が「荻窪ラーメン」という商品を発売し、CMに吉幾三を起用して宣伝したことも、荻窪ラーメンの全国的な知名度向上につながった。また、カネボウフーズも、ラーメン食べある記「荻窪ラーメン」を発売していた。 なお、荻窪駅以外でも、西荻窪駅阿佐ヶ谷駅高円寺駅等の荻窪駅付近の中央線沿線駅には、古くから醤油ラーメンを出す店が多く見られる。

荻窪ラーメンの派生系[ソースを編集]

最近東京のラーメン屋ではつけ麺を出す店や、つけ麺専門店までできているが、中太麺をドンブリに盛るというつけ麺のスタイルを確立したのは「東池袋大勝軒」の主人山岸一雄である(同店では「もりそば」という)。

この店のルーツを辿っていくと、荻窪駅南口にある1948年に創業した「丸長」というラーメン屋になる。この「丸長」から「丸信」、「栄龍軒」、「大勝軒」(大勝軒といっても、中野や代々木上原などからまた派生)などがのれん分けしていく。そういった店が「丸長」をトップに「丸長のれん会」を結成する[1]。なお、「丸長」の「長」は長野県から取られており、もともとは日本蕎麦の店である。

脚注[ソースを編集]

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関連項目[ソースを編集]