羽生田城

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羽生田城
栃木県
城郭構造 平城
築城主 壬生綱重
築城年 1501年 - 1503年(文亀年間)
主な城主 壬生綱房壬生義雄
廃城年 1590年(天正18年)
遺構 土塁・堀・曲輪・切通し
再建造物 壬生町立羽生田小学校
位置
地図
羽生田城の位置(栃木県内)
羽生田城
羽生田城

羽生田城(はにゅうだじょう)は、栃木県下都賀郡壬生町にあった日本の城

概要[編集]

文亀年間(1501年 - 1503年)に宇都宮氏家臣壬生綱重が、北隣の鹿沼氏を攻略し壬生城を守る支城として築城された[1]

宇都宮忠綱が鹿沼氏を滅ぼした際、壬生綱房は主導的役割を果たして鹿沼城を与えられた。以降、壬生氏は本拠を壬生城から鹿沼城へ遷し、羽生田城は中間拠点として機能した。

壬生義雄の代には宇都宮氏から離反し、北条氏に従う。この時、この城には藤倉勘斎が居城していたといわれる[1]

豊臣秀吉による小田原征伐で壬生氏は滅び、羽生田城も廃城となった。

遺構[編集]

現在、本丸跡には小学校がある。校舎周辺の神社や林の中には土塁曲輪、切通しが現存している。

脚注[編集]

  1. ^ a b 児玉幸多 監修坪井清足 監修平井聖 編修村井益男 編修 『日本城郭大系 第四巻 茨城 栃木 群馬』 新人物往来社、1979年、274-275頁。ISBN 4404010117

関連項目[編集]