矢萩邦彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
矢萩 邦彦
(やはぎ くにひこ)
生誕 ????1月4日
日本の旗 日本横須賀市
職業 ジャーナリスト教育者アーティストアルスコンビネーター
公式サイト http://bylines.news.yahoo.co.jp/yahagikunihiko/

矢萩 邦彦(やはぎ くにひこ)は、日本のジャーナリスト教育者俳諧師シンガーソングライター社会学研究者である。

神奈川県横須賀市出身。現在、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO、鏡明塾塾長、NPO法人 其角座理事。 肩書きとして名乗っている“アルスコンビネーター(ArsCombinator)”は松岡正剛から授与された称号。ロンドンパラリンピックソチパラリンピックには公式ジャーナリストとして派遣されている。2014年10月 横浜に、日本を担う人材を育てる為、小学生から社会人までを対象にした知窓学舎を設立。

複数の現場で活動を続ける「パラレルキャリア」を実践している[1]

人物[編集]

「伝える」ためならば手段は選ばない活動家である。十代から予備校講師業とバンド活動、ジャーナリズム活動を並行。編集工学の提唱者である松岡正剛に師事した後、江戸的私塾を復活させる活動として流浪の私塾「鏡明塾」を立ち上げて横浜を拠点に全国で講義講演を行っている。現在は多様な視点や倫理観を学生のうちから教えたいという想いから、「知窓学舎」塾長を務めている[2]

ネットメディアとの関わりも深く、2001年から生放送を続けるネットラジオ番組『BETWEEN THE SHEETS』は日本屈指の歴史を持ち、インターネットブロードキャスティングの草分け的存在である[3]。2002年に生放送ネットラジオ局である『LIVEonWIRE』を立ち上げるが、放送開始当時はネット上での生放送の価値を理解されず自腹で運営をしていた[要出典]。NTTが展開していたVポータルサービスに非企業として初めてコンテンツを提供し、自らナレーションを担当した[4]

現在は、「塾講師ステーション」、「Yahoo!ニュース」でオーサーをつとめている。

エピソード[編集]

  • 私立浅野中学校・高等学校出身だが、「あまり真面目に行っていなかったので出身を語る資格がない」として学歴に関する話はほとんどしない[5]。シュリーマンの仕事への憧れから遺跡研究部に所属していた[6]
  • モノトーンを好む。特に黒にはこだわりがあり、"思考がニュートラルになる"という理由で服や文房具も黒で統一している[7]
  • 教育者としての活動の動機は1995年の阪神淡路大震災の翌日、大学の同級生が死者数で賭けをしているのを目の当たりにし、義務教育に解決すべき問題があると感じたため[8]
  • 松岡正剛からは「矢萩邦彦を二文字で表した」という「道俠」の号も授与されており、主に俳号として使用している。また師範代を務めるイシス編集学校では、最も活躍した学衆に特別に与えられる最高栄誉賞「典離」に認定されている[9]

メディア[編集]

テレビ
  • Break Out(テレビ朝日,ミュージシャンとして)
  • 本格報道INsideOUT(BS11,ジャーナリスト・アルスコンビネーターとして)
  • 佐藤しのぶ出逢いのハーモニー(tvk,教育者として)
ラジオ
  • Music Revolution(FMかしま,ゲスト)
  • ヤハギの合法ヘヴンズドア(FMかしま,パーソナリティー)
  • SOUND BRANDING RADIO(SHIBUYA-FM,レギュラーゲスト)
新聞
  • 若手ジャーナリストと新聞(新聞通信,2015年1月1日)
  • 青春スクロール 母校群像記・浅野高校編(朝日新聞金曜版朝刊,2015年2月6日)
WEB
  • BETWEEN THE SHEETS(LIVEonWIRE,パーソナリティー)

著作[編集]

  • 『僕らが見えなくなるまえに』太陽書房 2006

関連人物[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 新聞通信,2015年1月1日
  2. ^ 朝日新聞 2015年2月6日
  3. ^ ネブキャス電網生放送百科事典
  4. ^ 日経エンタテイメント!2004
  5. ^ 『BETWEEN THE SHEETS』(LIVEonWIRE)
  6. ^ 朝日新聞 2015年2月6日
  7. ^ 『文具自慢』(扶桑社)
  8. ^ 佐藤しのぶ出逢いのハーモニーIII(tvk 2013年4月22日)
  9. ^ http://es.isis.ne.jp/course_ri/riport_4th/riport04.html