申宜孫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
申宜孫 Football pictogram.svg
名前
愛称 神の手、蜘蛛の手[1]
カタカナ シン・ウィソン
ラテン文字 Shin Eui-Son
ハングル文字 신의손
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1960-01-12) 1960年1月12日(58歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
タジク・ソビエト社会主義共和国 タジク共和国 ドゥシャンベ
選手情報
ポジション GK
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1977-1981
1981-1982
1982-1991
1992-1998
2000-2004
パミール・ドゥシャンベ
CSKAモスクワ
トルペド・モスクワ
一和天馬 /天安一和天馬
安養LG / FCソウル
代表歴
1997  タジキスタン 1 (0)
監督歴
1999
2005
2006-2008
2008-
2009
安養LG
FCソウル
慶南FCGKコーチ
高陽大教WFC
韓国U-20GKコーチ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

申 宜孫(シン・ウィソン、朝鮮語: 신의손1960年1月12日 - )は、ソビエト連邦共和国タジク・ソビエト社会主義共和国出身のロシア韓国サッカー選手、サッカー指導者である。ポジションはゴールキーパー。帰化前の名前はヴァレリー・サリチェフロシア語: Валерий Сарычев )。

1992年から韓国のクラブでプレーし、2000年に韓国に帰化した。Kリーグ史上最高の外国籍選手の一人といわれる[2][3]

経歴[編集]

選手時代[編集]

1978年、ソビエト連邦2部リーグに所属する地元のクラブ、パミール・ドゥシャンベのテストに合格し、そのキャリアをスタートさせた[2]。1981年は兵役で1部リーグCSKAモスクワに所属したが、5試合の出場に留まった[2]。1982年からはトルペド・モスクワに在籍[2]。トルペドでは何年もリザーブチームでのプレーが続いたが、1987年のシーズン終盤、4年ぶりにトップチームに起用された試合で活躍し、チームも最終的にUEFAカップ出場権を獲得した[2]。1991年にはソビエト連邦リーグの最優秀GKに選ばれた[2]

1992年に韓国・Kリーグ一和天馬(後の天安一和天馬。現在の城南一和天馬)に移籍した。一和は1989年のKリーグ加盟初年度以来、毎年リーグ最多失点を喫していたチームだったが[2][4]、サリチェフが加入した1992年はリーグ最小の失点数(30試合21失点)で、優勝争いにも参加[2][4]、続く3シーズン(1993年、1994年、1995年)に一和はリーグを3連覇した。1995年にはアジアクラブ選手権に優勝した。サリチェフは1992年から4年連続でKリーグベストイレブンに選出された。

サリチェフの活躍の影響によって、Kリーグでは他のクラブもこぞって外国籍GKを獲得するようになったが、韓国人GKに出場機会を与えるために韓国プロサッカー連盟は外国籍GKに対する制限を1996年より設け始め、1999年には全面的に禁止された[5]

1999年、安養LGチータース(後のFCソウル)に選手兼コーチとして移籍した[5]。2000年に韓国に帰化し、名前を申宜孫(シン・ウィソン)とした。この名前は、彼のニックネームとしてファンに親しまれていた「神の手」を意味する韓国語と同じ発音である[5]。彼は韓国に帰化した最初の外国籍サッカー選手だった[5][3]。韓国人になったことで再び試合にも出場可能となると、申宜孫はそのブランクと40歳という年齢を物ともしない活躍を見せ、安養はリーグ最少失点で2000年のKリーグチャンピオンに輝いた[5]。2001年にもリーグ準優勝を収め、2000年と2001年は再びベストイレブンに選出された。2004年8月31日の浦項スティーラース戦で引退した[5]

タジキスタン代表[編集]

1997年8月24日に韓国で行われた韓国タジキスタンの親善試合で、タジキスタン代表として1試合に出場した[6]。タジキスタンはパスポートの不備によりメンバーが足りず、急遽、韓国国内でプレーしていたサリチェフとビタリー・パラクヘネビッチの2人のソビエト連邦出身者が招集された[6]。試合は4-1で韓国が勝利した[6]

指導者時代[編集]

引退後はFCソウル慶南FCのコーチを歴任。女子サッカークラブの高陽大教WFCを指導する傍ら、2009年にはFIFA U-20ワールドカップで準々決勝に進んだ韓国U-20代表のGKコーチを務めた[1]

タイトル[編集]

チームタイトル[編集]

個人タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b [U-20 WC 개막 ② 한국 코치진, 4강 신화 재현할 'F4'가 뜬다]” (韓国語). 스포츠서울닷컴 (2009年9月24日). 2011年9月2日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 김정현 (2009年2月26日). “K리그 역사의 한 페이지 장식 - 신의손 ①” (韓国語). KBS NEWS. 2011年9月2日閲覧。
  3. ^ a b 귀화 축구선수 '신의손' 그라운드를 떠나며...” (韓国語). NAVER News (2005年5月9日). 2011年9月2日閲覧。
  4. ^ a b http://www.rsssf.com/tabless/skorhist.html
  5. ^ a b c d e f 김정현 (2009年2月26日). “K리그 역사의 한 페이지 장식 - 신의손 ②” (韓国語). KBS NEWS. 2011年9月2日閲覧。
  6. ^ a b c http://www.rsssf.com/tabless/skor-intres1995.html