田辺憲一

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田辺 憲一(たなべ けんいち、1946年 - )は、日本の元雑誌編集者自動車評論家赤坂自動車研究所代表。

来歴・人物[編集]

  • 神戸生まれ。6歳の頃東京に移る。
  • 1969年旧ソ連経由でヨーロッパに渡り、欧州各国を車で走破。旧ユーゴスラビアアフガニスタン旧西パキスタン経由で帰路に着く。
  • 1970年株式会社二玄社入社。当初は広告部に在籍し、後にCAR GRAPHIC(CG誌)編集部に異動する。
  • 世界ラリー選手権(WRC)リポートの他、主に外国車のテストを手掛け、初めて実測300km/hを超えたフェラーリ・F40の性能計測も担当する。
  • 1980年代前半は富士フレッシュマンをはじめ様々なレース参戦もする。
  • 1984年からは「カーグラフィックTV(CGTV)」の立ち上げから参加し、現在も松任谷正隆とともにMCとして出演している。
  • 2006年に二玄社を退職。退職までにテスト走行した車は1万台以上、総走行距離は約170万キロになる。退職直後、赤坂自動車研究所を立ち上げ代表に就任、CGTVではスーパーバイザーになっている。また、前述の日本大学在学中のユーラシア大陸横断旅行のエッセイを「にせヒッピー西遊記」としてCG誌に連載中。CGTV出演の他、講演活動も行っている。
  • 物腰が柔らかく、まろやかな当たりの人柄で「~だよね」「~だからね」などの口癖もある。CGTV第二期当たりから白髪が目立つようになって来ており、現在は総白髪状態である。(本項出典:[1][2]

略式起訴不服裁判[編集]

2004年8月16日夜、東京都港区の交差点を直進中、対向車線から右折してきたオートバイを避けきれずに接触。乗っていた男性(当時37歳)がけがをした。「青信号だった」と主張する田辺に警察官は「ビデオに信号無視の状況が映っている」と説明。「後の裁判でビデオを見ればはっきりすると思いとりあえず警察官に言われた通り調書に署名、押印してしまった」(田辺談)。ところが、同年11月に略式起訴され罰金40万円の支払いを命令された。

車にかかわる仕事をプライドを持ってやってきたので納得がいかない、と正式裁判を求め、公判に証人出廷した警察官はビデオの内容を「上書きして消してしまった」などと証言。 東京簡裁は「被告証言には信用性が認められるが、警察官証言には認められない」と無罪を言い渡し検察側も控訴せず確定した。(本項出典:[3]

関連人物・項目[編集]