瑞浪市立日吉第一小学校
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瑞浪市立日吉第一小学校 | |
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国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 瑞浪市 |
設立年月日 | 1873年 |
閉校年月日 | 1983年 |
共学・別学 | 男女共学 |
所在地 | 〒509-6107 |
岐阜県瑞浪市日吉町4093-2 | |
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瑞浪市立日吉第一小学校 (みずなみしりつ ひよしだいいちしょうがっこう)は、かつて岐阜県瑞浪市に存在した公立小学校。
概要
[編集]- 瑞浪市日吉町(旧・土岐郡日吉村)の南部の小学校であり、中山道の中街道[注釈 1]沿いの集落(本郷・宿・南垣外・白倉・半原など)が校区であった。1983年に日吉第二小学校と統合。日吉小学校の新設により廃校。
- 跡地は日吉コミュニティセンターとなっている。
沿革
[編集]- 1873年(明治6年) -
- 厳倫義校が開校。校区は本郷村。
- 新政義校が開校。校区は南垣外村、宿村。
- 志道学校が開校。校区は白倉村。
- 1875年(明治8年) -
- 1876年(明治9年) - 新政義校が日吉学校に改称する。
- 1881年(明治14年) - 浩々学校が白倉学校に改称する。
- 1886年(明治19年) - 日吉学校が日吉尋常小学校、白倉学校が白倉簡易科小学校、それぞれ改称する。
- 1894年(明治27年) - 日吉尋常小学校が日吉尋常高等小学校に改称する。
- 1909年(明治42年) - 日吉尋常高等小学校が白倉尋常小学校、半原尋常小学校、深沢尋常小学校を統合する。半原分教場、細久手分教場[注釈 3]を設置。
- 1913年(大正2年) - 細久手分教場が日吉第二尋常小学校として独立。
- 1931年(昭和6年)1月27日 - 新校舎(木造2階建。設計は洋画家宮地志行)が完成。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 日吉第一国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 日吉村立日吉第一小学校に改称する。半原分教場は半原分校となる。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 瑞浪土岐町、稲津村、釜戸村、大湫村、明世村(山野内、月吉、戸狩)、日吉村、恵那郡陶町が合併し、瑞浪市が発足。同時に瑞浪市立日吉第一小学校に改称する。
- 1976年(昭和51年) - 半原分校を廃止。
- 1983年(昭和58年)
- 3月20日 - 閉校式。
- 3月31日 - 廃校。
その他
[編集]- 廃校まで使用された木造校舎(1931年完成)の設計は、日吉村半原出身の洋画家宮地志行によるものである。また、彼の父の宮地文一は1986年から1988年、及び1909年から1920年まで日吉尋常小学校(日吉尋常高等小学校)の校長を務めている。
参考文献
[編集]- 瑞浪市の歴史 (瑞浪市 1971年) P.339 - 352
- 瑞浪市史 歴史編 (瑞浪市 1974年) P.1205 - 1218
脚注
[編集]関連項目
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