現代思潮新社

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株式会社現代思潮新社
種類 株式会社
本社所在地 113-0021
東京都文京区本駒込3丁目4番1号
設立 1957年
業種 情報・通信業
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現代思潮新社(げんだいしちょうしんしゃ)は、日本出版社

概要[編集]

1957年昭和32年)に、石井恭二現代思潮社として創業した。「良俗や(戦後民主主義の、あるいは日本共産党などの周囲にいる「良心的知識人」のような)進歩派と逆行する『悪い』本を出す」をモットーに[1]、石井の親友である東京大学森本和夫をブレーンとし、東京大学文学部マルキ・ド・サド卒業論文としたことから、白眼視され、アカデミズムから疎外されていた澁澤龍彦を起用し、サドの『悲惨物語 ユージェニー・ド・フランヴァル』を最初の一冊目として刊行した[2]

その後も「既存左翼」や「芸術良民」が眉をひそめるような本を刊行し[3]、とりわけ当時の左翼にとってタブーだったレフ・トロツキーの全集を、対馬忠行編纂で1961年(昭和36年)から刊行した[4]。更にニコライ・ブハーリンローザ・ルクセンブルグらの著書を刊行。これら反スターリン主義の古典、埴谷雄高吉本隆明武井昭夫らの新左翼系の思想書籍を始め、澁澤龍彦、ドイツやフランスの哲学などの著作を刊行した。

1961年(昭和36年)には、清水幾太郎の責任編集で、清水が主宰する現代思想研究会の機関誌『現代思想』を刊行。研究会メンバーでブント香山健一北小路敏らや反安保の評論からが寄稿。翌1962年(昭和37年)には『白夜評論』を石井の編集で刊行している。これはモーリス・ブランショベルトルト・ブレヒトの翻訳など哲学、文芸色が濃いものだったが、元ブントで当時は政治結社「犯罪者同盟」の最高幹部だった平岡正明が数度寄稿し、最終号である第7号(12月号)では、サド裁判(悪徳の栄え事件)の報告と谷川雁大正鉱業闘争への連帯の表明が中心となるものだった[5]

古典文庫シリーズ[編集]

社主・石井の「岩波文化・講談社文化打倒」のモットーの下[6]1967年(昭和42年)より「古典文庫」のシリーズを創刊する。このシリーズは澁澤龍彦が作成したリストに則るもので、埋もれた古典・岩波のような、大手出版社が出すのを躊躇する古典が集められたものだった。

翻訳は、各地の学者が個人的に既に行っていたものも多く、彼らから歓迎を受け、スムーズに作業が進むかと思われたが、翻訳文学界の重鎮らの嫌・現代思潮社/澁澤感情から、若い学者に対して圧力をかけられ、翻訳の提供を妨害されるなどの苦労もあったという[7]

その後、日本古典の「新撰日本古典文庫」シリーズを刊行。古典のなかでも、『古事談』『陸奥話記』等の地味な作品の翻刻を刊行している。1970年(昭和45年)から、内村剛介を編集主幹に招き、ロシア文学を主要なテーマとする文芸誌『初原』(〜1971年)と「ロシア群書」シリーズを刊行[8]

美学校[編集]

1969年(昭和44年)に美学校を設立し、前衛芸術の拠点にもなった。この時期は、先鋭的で刺激的なイメージから、社員募集に何百人もの若者が応募してきたという[6]1975年(昭和50年)に、現代思潮社は学校経営から離れた。

現代思潮新社[編集]

1996年平成8年)に石井が経営を離れ、2000年(平成12年)に、現代思潮新社と名称を改めた。

サド裁判[編集]

1959年に澁澤の訳でマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え・続』を刊行。1960年4月、警視庁保安課によってわいせつ文書として押収され、1961年8月、石井と渋沢は起訴された。サド裁判は1969年10月まで9年間にわたって法廷で争われた[9]

東京行動戦線[編集]

1965年に石井の肝いりで、山口健二川仁宏、笹本雅敬、そして当時現代思潮社の編集者だった松田政男などが結成した無政府主義者組織。同名の機関紙も発行していた。日韓条約反対デモでアンモニア瓶を投げつけようとしたかどで松田、山口らが逮捕され[10]、雲集霧散した。 この「東京行動戦線」の名が一躍一般に有名になったのは約10年後の連続企業爆破事件の捜査が報道された際で、「東京行動戦線」から派生した「ベトナム反戦直接行動委員会」(笹本らが結成)と「レボルト社」(松田らが結成)の中から東アジア反日武装戦線斎藤和佐々木規夫が割り出されて、逮捕につながった、と報じられたことによる[11]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 6月15日東京・中日新聞が『「現代思潮社」という閃光』の著者・陶山氏を紹介現代思潮新社HP
  2. ^ 「現代思潮社」という閃光 陶山幾朗、現代思潮新社、2014年、p72 ISBN 9784329004901
  3. ^ 「現代思潮社」という〜 p76 「芸術良民」は川仁宏の弁
  4. ^ 「現代思潮社」という〜 p79
  5. ^ 現代思潮社」という〜 資料[全目次]
  6. ^ a b 『でもわたしには戦が待っている 斎藤和の軌跡』 風塵社、2004年、p71 ISBN 4776300060
  7. ^ 「現代思潮社」という〜 「古典文庫」回想 アカデミズムと鬼火 p105-116
  8. ^ 現代思潮社」という〜 p119
  9. ^ 澁澤龍彦 『サドは裁かれたのか サド裁判と六〇年代の精神分析』、「黄金時代」所収、薔薇十字社、1971年7月。
  10. ^ 「現代思潮社」という〜 社長が”雲隠れ”してー「東京行動戦線」事件
  11. ^ 『狼の牙を折れ』 門田隆将、小学館、2013年、p.131-137

外部リンク[編集]