班彪

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班 彪(はん ひょう、3年 - 54年)は、後漢の歴史家。字は叔皮。祖父の班况中国語版成帝の時代に越騎校尉に任じられ、父の班稚中国語版哀帝の時代に広平太守に任じられた。また子に班固班超班昭が、孫に班勇中国語版班超の三男)がいる。

班彪は扶風安陵(現在の陝西省咸陽市)に儒家の子として生まれ、前漢末に戦火を避け竇融の庇護を受けた。その後、光武帝による後漢政権建設に功績があったことから徐県令に任じられた。しかし間もなく病気を理由に官を辞し、その後は『史記』の補充を行い『史記後伝』65編を編集、後に子である班固による『漢書』成立の基礎を築いた。

後漢書』に列伝が掲載されている。