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'''母音'''(ぼいん、{{lang-en-short|vowel}})は、ことばを発音するときの[[音声]]の一種類。[[声帯]]のふるえを伴う[[有声音]]であり、ある程度の時間、[[声]]を保持する[[持続音]]である。[[舌]]、[[歯]]、[[唇]]または[[声門]]で息の通り道を、完全にも部分的にも、瞬間的にも閉鎖はせず、また息の通り道を狭くすることによる息の[[摩擦音]]を伴うこともない
'''母音'''(ぼいん、{{lang-en-short|vowel}})は、ことばを発音するときの[[音声]]の一種類。


普通の母音は、[[声帯]]のふるえを伴う[[有声音]]であり、ある程度の時間、[[声]]を保持する[[持続音]]である。[[舌]]、[[歯]]、[[唇]]または[[声門]]で息の通り道を、完全にも部分的にも、瞬間的にも閉鎖はせず、また息の通り道を狭くすることによる息の[[摩擦音]]を伴うこともない。
[[子音]]対立概念であり、英語の vowel <!--(ヴァウェル)-->から '''V''' と略して表されることもある。


[[子音]]({{lang-en-short|consonant}}、'''C''')とは対立概念であり、英語の vowel <!--(ヴァウェル)-->から '''V''' と略して表されることもある。
== 分類・定義 ==
母音の音色を決定するのは[[舌]]の形と[[唇]]の形、[[顎]]の開閉度である。そこで[[調音音声学]]では、母音を分類する基準として、唇の丸み加減、舌の最上部の前後と舌の最上部の高低の位置が使われる。これらの状態により[[国際音声記号|IPA]]によって[[基本母音]]が定められている。ただし、これは物理的に舌の位置をはかったものではなく、聴覚印象上の音の距離によって決められたものである。


母音は、単独で、あるいはその前後に1個または複数の[[子音]]を伴って、一つの[[音節]]を構成する。すなわち音節主音としての機能を持つ
* 唇の丸みを伴ったものを[[円唇母音]]、そうでないものを[[非円唇母音]](または平唇母音)と呼ぶ。
* 舌の盛り上がりの頂上の位置が前舌であるものを[[前舌母音]]、後舌であるものを[[後舌母音]]、その中間であるものを[[中舌母音]]と呼ぶ。
* 舌の頂上の位置を高低により4つに分類し、最も高いものから[[狭母音]](高母音)・[[半狭母音]](半高母音)・[[半広母音]](半低母音)・[[広母音]](低母音)と呼ぶ。

== 音 ==
母音は、単独で、あるいはその前後に1個または複数の[[子音]]を伴って、一つの[[音節]]を構成する。

== 二重母音 ==
一つの母音の発声中に調音を変えるものを[[二重母音]]と呼ぶ。三種類の調音があるなら三重母音と呼ぶ。二重母音・三重母音はあくまで一つの母音であり一[[音節]]であるが、単なる母音の連続は複数の音節となる。

== 母音 ==
母音はその持続時間の長さの違いによって[[長母音]]と短母音に分けられる。言語のなかには長母音と短母音の区別により意味の弁別を行うものがある。[[日本語]]もその代表であり、長母音を含む音節を[[長音]]と呼んでいる。

なお、[[英語]]の {{IPA|i}} と {{IPA|ɪ}} (''bead'' {{IPA|ˈbid}}, ''bid'' {{IPA|ˈbɪd}}) は習慣的に長母音・短母音と呼ばれることがあるが、実際には長さは弁別的ではない。英語では ''bead'' {{IPA|ˈbiːd}}, ''beat'' {{IPA|ˈbiˑtˑ}} のように音節末の子音の有声・無声の区別に長さを利用している。


== 鼻母音 ==
== 弁別特徴 ==
鼻からも息を出す母音を[[鼻母音]]と呼ぶ。標準的な日本語ではこの音は[[音素]]としては存在しないが、実際の音では「雰囲気」、「陰影」など撥音(「ん」の音)の次に母音、半母音、摩擦音が続く場合、撥音が鼻母音化して、それぞれ {{IPA|ɸɯɯ̃iki}} または {{IPA|ɸɯĩiki}}, {{IPA|iĩeː}} と発音される。{{IPA|ĩ}}, {{IPA|ɯ̃}} は {{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}} に対応する鼻母音である。

== 緊張 ==
調音器官の筋肉の緊張を伴うと考えられるか否かで母音を弁別することがある。前者を[[緊張音]](tense vowel)、後者を弛緩音(lax vowel)と呼ぶ。
必ずしも筋肉の緊張があると証明されてはいないので、純粋な音声学的な研究ではあまり扱われないが、個々の言語の音韻論では、伝統や母語話者の感覚に基づきこの用語が使用されることがある。例えば英語音韻論では、特に一般米国英語発音の母音の分類で伝統的にこの術語が使用されることが多い。この場合、英語音韻論上の短母音/æ, ɛ, ɪ, ʌ, ʊ/を弛緩母音、英語音韻論上の長母音と二重母音/i, u, ɑ, ɔ, eɪ, aɪ, oʊ, aʊ, oɪ/を緊張母音に分類する。この分類は、英語の開音節が必ず緊張母音で終わることなど、英語の音節構造の特徴を説明する際には非常に利便性が高い。また子音の内、有声音を軟子音(fortis consonant)として弛緩音、無声音を硬子音(lenis consonant)として緊張音に分類する。そもそも英語の発音では、文末の有声子音が無声化する場合や、音節境界上の本来は無声子音の/t/が母音に挟まれると有声化する現象などを考慮すると、英語の子音音素を有声音と無声音で対比させることは、必ずしも正確だとは言えない。

== r音化 ==
母音を調音する際に[[舌尖]]を反らせたり、舌を盛り上げたりすると、[[咽頭]]に狭めができてr音のような音色を備える。これを[[r音化]]といい、r音性の母音ができる。

== 母音に類似した子音 ==
舌、歯、唇または声門で口からの息の通り道を完全に、部分的にあるいは瞬間的に閉鎖せず、かつ、口腔内の上下の調音器官の間隔が狭い無摩擦の有声音を[[接近音]]といい、接近音は持続音として発する場合は[[狭母音]]として母音に含めるが、持続せずその構えからすぐに続けて別の母音を発する場合は、一般にその接近音を[[半母音]]として[[子音]]に含める。また、[[鼻音]]の{{IPA|m}}、{{IPA|n}}、{{IPA|ŋ}}や[[流音]]の{{IPA|l}}、{{IPA|ɹ}}などが[[音節性]]を持って母音のように用いられる言語もある。{{IPA|h}} を無声の母音とすることがある。

== 日本語の母音 ==
標準日本語の母音には、{{ipa|a}}, {{ipa|i}}, {{ipa|u}}, {{ipa|e}}, {{ipa|o}} の5つが存在する。それぞれの一般に {{IPA|a}}, {{IPA|i}}, {{IPA|ɯᵝ }}<ref>正確にはこの記号は朝鮮語のi並みの平唇で舌の位置はuと同じ後舌の母音をあらわすのに使われるため、日本語の「う」の発音とは違う。またこの種の母音は、舌と唇の連動から外れるため、母音数5以上の言語でない限り生じるのは稀である。日本語の「う」は、首都圏方言(共通語)では、中舌よりもやや後ろよりだがuよりはやや前よりの舌の位置(軟口蓋よりやや前より)で、中舌母音において自然な平唇でも円唇でもないニュートラルな唇の形か、それよりほんのわずかに唇を前に突き出す唇の形で発音される、半後舌微円唇母音である。「日本語の音声」窪園晴夫、p35-p37</ref>, {{IPA|e}}, {{IPA|o}} と発音される。[[五十音]]では、同じ母音を持つ仮名が、ひとつの段を構成する。しかし、[[方言]]においては、母音が5つとは限らない。

標準日本語のは、[[無声音]]として実現することがある。これを'''母音の無声化'''とう。無声子音に挟まれた狭母音{{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}}(「北」{{IPA|k'''i̥'''ta}}、「房」{{IPA|ɸ'''ɯ̥'''sa}})や、無声子音の後で文節末でピッチの低い狭母音{{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}}(「秋」{{IPA|ak'''i̥'''}}、「〜です」{{IPA|des'''ɯ̥'''}})などの場合がある。但し、[[中部地方]]から[[中国地方]]にかけての方言においては、母音の無声化の起こらないものも少なくない。

== 母音の種類 ==
{{母音}}[[国際音声記号|国際音声記号(IPA)]]では、母音の音を決める以下の3つの主要なファクターにしたがって母音を分類している。その形から母音三角形とも呼ばれる。
{{母音}}[[国際音声記号|国際音声記号(IPA)]]では、母音の音を決める以下の3つの主要なファクターにしたがって母音を分類している。その形から母音三角形とも呼ばれる。
* [[舌]]を盛り上げる場所の前後(横軸)
* [[舌]]を盛り上げる場所の前後(横軸)
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[[File:FormantPlotSchematic.JPG|thumb|IPAの母音チャートと[[フォルマント]]の関係。縦軸と横軸はそれぞれF1とF2の[[振動数]]を表している。]]
[[File:FormantPlotSchematic.JPG|thumb|IPAの母音チャートと[[フォルマント]]の関係。縦軸と横軸はそれぞれF1とF2の[[振動数]]を表している。]]

母音の音色を決定するのは[[舌]]の形と[[唇]]の形、[[顎]]の開閉度である。そこで[[調音音声学]]では、母音を分類する基準として、唇の丸み加減、舌の最上部の前後と舌の最上部の高低の位置が使われる。これらの状態により[[国際音声記号|IPA]]によって[[基本母音]]が定められている。ただし、これは物理的に舌の位置をはかったものではなく、聴覚印象上の音の距離によって決められたものである。


=== 前後 ===
=== 前後 ===
舌の頂上の位置を前後によって分類される。
* [[前舌母音]]
* [[前舌母音]]
* [[中舌母音]]
* [[中舌母音]]
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=== 広さ ===
=== 広さ ===
舌の頂上の位置を高低によって分類される。
* [[狭母音]]
* [[狭母音]](高母音)
* [[広めの狭母音]]
* [[広めの狭母音]]
* [[半狭母音]]
* [[半狭母音]](半高母音)
* [[半広母音]]
* [[半広母音]](半低母音)
* [[狭めの広母音]]
* [[狭めの広母音]]
* [[広母音]]
* [[広母音]](低母音)


=== 円唇性 ===
=== 円唇性 ===
唇の丸みを伴ったものを[[円唇母音]]、そうでないものを[[非円唇母音]](または平唇母音)と呼ぶ。
* [[非円唇母音]]

* [[円唇母音]]
=== 緊張 ===
調音器官の筋肉の緊張を伴うと考えられるか否かで母音を弁別することがある。前者を[[緊張音]](tense vowel)、後者を弛緩音(lax vowel)と呼ぶ。
必ずしも筋肉の緊張があると証明されてはいないので、純粋な音声学的な研究ではあまり扱われないが、個々の言語の音韻論では、伝統や母語話者の感覚に基づきこの用語が使用されることがある。例えば英語音韻論では、特に一般米国英語発音の母音の分類で伝統的にこの術語が使用されることが多い。この場合、英語音韻論上の短母音/æ, ɛ, ɪ, ʌ, ʊ/を弛緩母音、英語音韻論上の長母音と二重母音/i, u, ɑ, ɔ, eɪ, aɪ, oʊ, aʊ, oɪ/を緊張母音に分類する。この分類は、英語の開音節が必ず緊張母音で終わることなど、英語の音節構造の特徴を説明する際には非常に利便性が高い。また子音の内、有声音を軟子音(fortis consonant)として弛緩音、無声音を硬子音(lenis consonant)として緊張音に分類する。そもそも英語の発音では、文末の有声子音が無声化する場合や、音節境界上の本来は無声子音の/t/が母音に挟まれると有声化する現象などを考慮すると、英語の子音音素を有声音と無声音で対比させることは、必ずしも正確だとは言えない。

=== 長短 ===
母音はその持続時間の長さの違いによって[[長母音]]と'''短母音'''に分けられる。言語のなかには長母音と短母音の区別により意味の弁別を行うものがある。[[日本語]]もその代表であり、長母音を含む音節を[[長音]]と呼んでいる。

なお、[[英語]]の {{IPA|i}} と {{IPA|ɪ}} (''bead'' {{IPA|ˈbid}}, ''bid'' {{IPA|ˈbɪd}}) は習慣的に長母音・短母音と呼ばれることがあるが、実際には長さは弁別的ではない。英語では ''bead'' {{IPA|ˈbiːd}}, ''beat'' {{IPA|ˈbiˑtˑ}} のように音節末の子音の有声・無声の区別に長さを利用している。

== 二重母音 ==
一つの母音の発声中に調音を変えるものを[[二重母音]]と呼ぶ。三種類の調音があるなら三重母音と呼ぶ。二重母音・三重母音はあくまで一つの母音であり一[[音節]]であるが、単なる母音の連続は複数の音節となる。

== 特別な母音 ==
=== 鼻母===
鼻からも息を出す母音を[[鼻母音]]と呼ぶ。標準的な日本語ではこの音は[[音素]]としては存在しないが、実際の音では「雰囲気」、「陰影」など撥音(「ん」の音)の次に母音、半母音、摩擦音が続く場合、撥音が鼻母音化して、それぞれ {{IPA|ɸɯɯ̃iki}} または {{IPA|ɸɯĩiki}}, {{IPA|iĩeː}} と発音される。{{IPA|ĩ}}, {{IPA|ɯ̃}} は {{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}} に対応する鼻母音である。

=== R音性母音 ===
母音を調音する際に[[舌尖]]を反らせたり、舌を盛り上げたりすると、[[咽頭]]に狭めができてr音のような音色を備える。これを[[r音化]]といい、r音性の母音ができる。

=== 無声化母音 ===
母音は言語によってはしばしば[[無声音]]として実現されることもある。この現象を'''母音の無声化'''(ぼいんのむせいか)という。

例えば、[[日本語の音韻|日本語の韻体系]]におて、無声子音に挟まれた狭母音{{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}}(「北」{{IPA|k'''i̥'''ta}}、「房」{{IPA|ɸ'''ɯ̥'''sa}})や、無声子音の後で文節末でピッチの低い狭母音{{IPA|i}}, {{IPA|ɯ}}(「秋」{{IPA|ak'''i̥'''}}、「〜です」{{IPA|des'''ɯ̥'''}})などの場合がある。但し、[[中部地方]]から[[中国地方]]にかけての方言においては、母音の無声化の起こらないものも少なくない。


=== 舌先母音 ===
=== 舌先母音 ===
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| [[宮古語]] || 右 || {{IPA|/m.gɿ/ [m̩.ɡᶻɿ]}}<ref>{{cite book |author1=狩俣 繁久 |title=琉球宮古諸方言の音韻:琉球宮古方言の音声資料の収集・研究 |date=1999.3 |location=西原町 |pages=61-62 |url=http://hdl.handle.net/20.500.12000/8908 |language=jpn}}</ref>
| [[宮古語]] || 右 || {{IPA|/m.gɿ/ [m̩.ɡᶻɿ]}}<ref>{{cite book |author1=狩俣 繁久 |title=琉球宮古諸方言の音韻:琉球宮古方言の音声資料の収集・研究 |date=1999.3 |location=西原町 |pages=61-62 |url=http://hdl.handle.net/20.500.12000/8908 |language=jpn}}</ref>
|}
|}

== 母音に類似した子音 ==
舌、歯、唇または声門で口からの息の通り道を完全に、部分的にあるいは瞬間的に閉鎖せず、かつ、口腔内の上下の調音器官の間隔が狭い無摩擦の有声音を[[接近音]]といい、接近音は持続音として発する場合は[[狭母音]]として母音に含めるが、持続せずその構えからすぐに続けて別の母音を発する場合は、一般にその接近音を[[半母音]]として[[子音]]に含める。また、[[鼻音]]の{{IPA|m}}、{{IPA|n}}、{{IPA|ŋ}}や[[流音]]の{{IPA|l}}、{{IPA|ɹ}}などが[[音節性]]を持って母音のように用いられる言語もある。{{IPA|h}} を無声の母音とすることがある。


==注記==
==注記==

2020年10月1日 (木) 10:05時点における版

母音(ぼいん、: vowel)は、ことばを発音するときの音声の一種類。

普通の母音は、声帯のふるえを伴う有声音であり、ある程度の時間、を保持する持続音である。または声門で息の通り道を、完全にも部分的にも、瞬間的にも閉鎖はせず、また息の通り道を狭くすることによる息の摩擦音を伴うこともない。

子音: consonantC)とは対立概念であり、英語の vowel から V と略して表されることもある。

母音は、単独で、あるいはその前後に1個または複数の子音を伴って、一つの音節を構成する。すなわち音節主音としての機能を持つ。

弁別特徴

母音
前舌 前舌め 中舌 後舌め 後舌
i • y
ɨ • ʉ
ɯ • u
ɪ • ʏ
ɪ̈ • ʊ̈
ɯ̽ • ʊ
e • ø
ɘ • ɵ
ɤ • o
 • ø̞
ə • ɵ̞
ɤ̞ • 
ɛ • œ
ɜ • ɞ
ʌ • ɔ
æ • 
ɐ • ɞ̞
a • ɶ
ɑ • ɒ
広めの狭
半狭
中央
半広
狭めの広
記号が二つ並んでいるものは、左が非円唇、右が円唇
国際音声記号 - 母音

国際音声記号(IPA)では、母音の音を決める以下の3つの主要なファクターにしたがって母音を分類している。その形から母音三角形とも呼ばれる。

  • を盛り上げる場所の前後(横軸)
  • 舌の盛り上がった位置と上顎との間隔の広さ(縦軸)
  • を丸める(右側)かそうでない(左側)か
IPAの母音チャートの見方。左を向いている人の口の大きさと舌を盛り上げる位置にチャートは対応している。
IPAの母音チャートとフォルマントの関係。縦軸と横軸はそれぞれF1とF2の振動数を表している。

母音の音色を決定するのはの形との形、の開閉度である。そこで調音音声学では、母音を分類する基準として、唇の丸み加減、舌の最上部の前後と舌の最上部の高低の位置が使われる。これらの状態によりIPAによって基本母音が定められている。ただし、これは物理的に舌の位置をはかったものではなく、聴覚印象上の音の距離によって決められたものである。

前後

舌の頂上の位置を前後によって分類される。

広さ

舌の頂上の位置を高低によって分類される。

円唇性

唇の丸みを伴ったものを円唇母音、そうでないものを非円唇母音(または平唇母音)と呼ぶ。

緊張

調音器官の筋肉の緊張を伴うと考えられるか否かで母音を弁別することがある。前者を緊張音(tense vowel)、後者を弛緩音(lax vowel)と呼ぶ。 必ずしも筋肉の緊張があると証明されてはいないので、純粋な音声学的な研究ではあまり扱われないが、個々の言語の音韻論では、伝統や母語話者の感覚に基づきこの用語が使用されることがある。例えば英語音韻論では、特に一般米国英語発音の母音の分類で伝統的にこの術語が使用されることが多い。この場合、英語音韻論上の短母音/æ, ɛ, ɪ, ʌ, ʊ/を弛緩母音、英語音韻論上の長母音と二重母音/i, u, ɑ, ɔ, eɪ, aɪ, oʊ, aʊ, oɪ/を緊張母音に分類する。この分類は、英語の開音節が必ず緊張母音で終わることなど、英語の音節構造の特徴を説明する際には非常に利便性が高い。また子音の内、有声音を軟子音(fortis consonant)として弛緩音、無声音を硬子音(lenis consonant)として緊張音に分類する。そもそも英語の発音では、文末の有声子音が無声化する場合や、音節境界上の本来は無声子音の/t/が母音に挟まれると有声化する現象などを考慮すると、英語の子音音素を有声音と無声音で対比させることは、必ずしも正確だとは言えない。

長短

母音はその持続時間の長さの違いによって長母音短母音に分けられる。言語のなかには長母音と短母音の区別により意味の弁別を行うものがある。日本語もその代表であり、長母音を含む音節を長音と呼んでいる。

なお、英語[i][ɪ] (bead [ˈbid], bid [ˈbɪd]) は習慣的に長母音・短母音と呼ばれることがあるが、実際には長さは弁別的ではない。英語では bead [ˈbiːd], beat [ˈbiˑtˑ] のように音節末の子音の有声・無声の区別に長さを利用している。

二重母音

一つの母音の発声中に調音を変えるものを二重母音と呼ぶ。三種類の調音があるなら三重母音と呼ぶ。二重母音・三重母音はあくまで一つの母音であり一音節であるが、単なる母音の連続は複数の音節となる。

特別な母音

鼻母音

鼻からも息を出す母音を鼻母音と呼ぶ。標準的な日本語ではこの音は音素としては存在しないが、実際の音では「雰囲気」、「陰影」など撥音(「ん」の音)の次に母音、半母音、摩擦音が続く場合、撥音が鼻母音化して、それぞれ [ɸɯɯ̃iki] または [ɸɯĩiki], [iĩeː] と発音される。[ĩ], [ɯ̃][i], [ɯ] に対応する鼻母音である。

R音性母音

母音を調音する際に舌尖を反らせたり、舌を盛り上げたりすると、咽頭に狭めができてr音のような音色を備える。これをr音化といい、r音性の母音ができる。

無声化母音

母音は言語によってはしばしば無声音として実現されることもある。この現象を母音の無声化(ぼいんのむせいか)という。

例えば、日本語の音韻体系において、無声子音に挟まれた狭母音[i], [ɯ](「北」[kta]、「房」ɯ̥sa])や、無声子音の後で文節末でピッチの低い狭母音[i], [ɯ](「秋」[ak]、「〜です」[desɯ̥])などの場合がある。但し、中部地方から中国地方にかけての方言においては、母音の無声化の起こらないものも少なくない。

舌先母音

中国語や琉球の宮古方言などの言語には、舌先母音(したさきぼいん)または舌先的母音(したさきてきぼいん)[1]と呼ばれている特別な母音がある。

舌先母音は、普通の母音(舌面母音、ぜつめんぼいん)のように主に舌面を用いて発音されるのに対し、舌の先端(舌尖ではなく舌端も含めた部分)を口蓋に近づいて発音されるため、しばしば[z][s]に類似する摩擦噪音を伴う。成節的子音と解釈される立場もある。

表記

習慣上、舌先母音を普通の母音と区別するため、中国語諸方言や南琉球諸方言の文献では、以下のような国際音声記号(IPA)にはない記号が使われている。

非円唇 円唇
普通 [ɿ] [ʮ]
そり舌 [ʅ] [ʯ]

研究者によっては、[ɿ] のような母音を [ɨ] [ï] [s̩] [z̩] [ɹ̩] などのように記述する場合もある。

例 

言語 音声表記
標準中国語 子 zǐ [t̪͡s̪ɿ˨˩˦]
標準中国語 死 sǐ [s̪ɿ˨˩˦]
標準中国語 赤 chì [ʈ͡ʂʰʅ˥˩]
標準中国語 世 shì [ʂʰʅ˥˩]
呉語常熟方言 [ʈʂʯ˦˦]
西南官話鄂北片鄖縣方言 [sʮ]
宮古語 /m.gɿ/ [m̩.ɡᶻɿ][2]

母音に類似した子音

舌、歯、唇または声門で口からの息の通り道を完全に、部分的にあるいは瞬間的に閉鎖せず、かつ、口腔内の上下の調音器官の間隔が狭い無摩擦の有声音を接近音といい、接近音は持続音として発する場合は狭母音として母音に含めるが、持続せずその構えからすぐに続けて別の母音を発する場合は、一般にその接近音を半母音として子音に含める。また、鼻音[m][n][ŋ]流音[l][ɹ]などが音節性を持って母音のように用いられる言語もある。[h] を無声の母音とすることがある。

注記

  1. ^ “南琉球方言における「舌先的母音」の調音的特徴: 宮古多良間方言を対象としたパラトグラフィー調査の初期報告”. 音声研究 14 (2): 16–24. (2010). doi:10.24467/onseikenkyu.14.2_16. 
  2. ^ 狩俣 繁久 (1999.3) (日本語). 琉球宮古諸方言の音韻:琉球宮古方言の音声資料の収集・研究. 西原町. pp. 61-62. http://hdl.handle.net/20.500.12000/8908 

関連項目